株価は最高値を更新し、地方では企業倒産が止まらない──。格差拡大の根本にあるのは「つながりの喪失」です。地域を蝕むグローバル金融資本主義という巨大なOSに対抗するには、地域版の経済循環を取り戻すしかありません。その鍵を握るのが、スマホの中に地域をよみがえらせる「地域アプリ」です。
拡大する地域間格差
「日経平均終値 初の5万3000円超え」「NISA、地方で伸び悩む」「企業倒産 2年連続で1万件超え」──年始に私の目に飛び込んできた3つのニュースです。
1つめはグローバル金融資本主義のリアル、2つめと3つめは地方経済のリアルです。株価が上がるほど、その恩恵は投資に回す余力のある東京圏に集まり、地方との差は開いていきます(下図)。
地域間貯蓄格差の推移

地方の金融資産格差がなぜ拡大し、新NISAが広がってもなぜ縮まらないのかについては、金融資産格差が地方で拡大中|格差に囚われない生き方とはで詳しく論じました。ここで考えたいのはその先です。大企業を誘致しても、かつてのようなトリクルダウンはもう起きません。グローバル金融資本主義というOS(仕組み)の枠内にいる限り、地方経済の元気な姿は一向に見えてこないことは明らかです。
「つながり」を奪ったデジタル空間で「つながり」を取り戻す
地方経済には地域版OSが必要です。地域版OSとは、ヒト・モノ・カネが地域内で回る「地域の、地域による、地域のための」循環経済です。
循環経済という考えは以前からありますが、うまくいっている地域はほとんどありません。理由は「つながり不足」にあります。循環経済の要は「人」であり、そこでは住民同士の「つながり」があってはじめて実現するものです。つながり不足を放置したまま地域内で経済を回そうとしても、水が高いところから低いところに流れるように、品質・価格・利便性に優れた全国チェーンの商品サービスへと流れてしまいます。「物」を中心とする資本主義の論理に押し切られてしまうのです。
「つながり」を取り戻さない限り「人」を中心とする循環型経済は実現しない──。とはいえ、地域の「つながり」を取り戻すのは簡単ではありません。核家族化・単身世帯の増加、ライフスタイルや価値観の多様化、デジタル化の進展等を背景に、近所付き合いの減少、町内会の不参加といった地域活動の機能低下が深刻な問題となっています。
ではバラバラになった地域住民を再接続するにはどうしたらよいのでしょう。地域活動への参加を呼びかけても徒労に終わるように、元の場所から呼びかけても一度離れた人には届きません。離れた人の行き先を起点にして考える必要があります。行き先はデジタル空間「スマホ」です。今や地方の人も約4割がスマホを1日6時間以上使用しています。
デジタル空間に奪われた地域のつながりは、デジタル空間で取り戻すしかないのです。
【参考記事】スマホ依存で「現実感」を失う現代人
「地域アプリ」でつながりを取り戻す
脳内を地域モードに変える
地域の人々をデジタル空間でつなぎ、つながりを再び取り戻すにはどうすればいいのか。入り口として有効なのが「地域アプリ」の活用です。
近年は地域情報の発信や地域限定クーポン券の提供など、暮らしや観光に役立つ情報サービスを提供する地域アプリが登場しています。地元情報盛りだくさんの地域アプリを開く機会が増えれば、SNSのタイムラインで埋め尽くされた脳内を地域モードに変化させることができます。
地元飲食店と農家の深い関係、祭りの参加者の声、熊の目撃情報、観光客と住民の交わり──。地域アプリに流れるコンテンツはすべて地域純度100%、その地域でしか手に入らない体験・経験で溢れた空間となります。
例として「釣りキチで有名なAさんがその日釣り上げた大物を馴染みの居酒屋に持ち込み、お刺身にしてお客さんに振舞った」という記事が流れたとします。記事を読んだ住民の多くは漁師や居酒屋の顔を思い出して共感するでしょう。「いかにもAさんらしい・・」とAさんとの思い出を振り返ったり、「この居酒屋の店主どうしてるかな~」と店主の顔を見に飲みに行く人もいるでしょう。
住民だけが持つ共通記憶
地域純度100%の記事を読んで心が動くのは地元住民だからです。同じ地域に住むことでしか得られない共通の記憶がなければ、Aさんとの思い出に浸ったり、居酒屋の店主の顔を思い浮かべられないからです。住民以外の人がこの記事を読んでも共通記憶を持たないので、なんの感情も湧き上がってこないはずです。
ベルクソンは時間を1分2分と時計で測るような分割可能な「量的な時間」と、心や意識が捉える「質的な時間」に分け、後者を真の時間「純粋持続」と名づけました。音楽のメロディのように、一音一音を切り離すのではなく、音を連なった状態で記憶し、次の一音が過去の音の連続に溶け込むことで別世界が創造されていくイメージです。
住民は地域に流れるメロディを共通の記憶として持っています。そこにAさんの記事のような一音が加わって衝動的に行動が促される。記事を読んだ住民は純粋持続を体験したことになります。
ばらの匂いを嗅ぐと、たちまち幼い頃の漠然とした思いでが私の記憶によみがえる。実を言うと、これらの思い出は、ばらの香りによって喚起されたのではない。私は匂いそのもののなかに、それらの思い出を嗅ぐ──
ベルクソン「時間と自由」より
プラットフォーマーに相応しいのは地域金融機関
では地域アプリの運営主体となるプラットフォーマーはだれが担うべきなのか。地域アプリは地域の情報を知り尽くしていなければ務まりません。
- 住民と顔なじみの間柄
- 地元企業・生産者と密につながっている
- 行政・商店街・交通事業者等との連携
──このような地域の生活圏・商圏・金融・行政について深く理解している主体といえば、地域に深く根差した地銀や信金「地域金融機関」ではないでしょうか。
ここ数年、地域金融機関はデジタル化を推し進めています。西中国信用金庫は地元情報を発信するYouTubeチャンネル「にししんチャンねる」を立ち上げ、取引先企業の事業PRや観光スポット、祭りなど地元情報を積極配信しています。中小企業の多くは自社のPRに手が回らないため、西中国信金が動画制作を行って事業拡大や人材採用につなげています。
九州フィナンシャルグループが21年にリリースした「ハグメグ」では、銀行の口座開設や残高照会が利用できる金融機能に加え、地元の人でも見落としそうな南九州のイベント情報に関する経験データが盛り込まれています。
2つのデジタル経済圏
立ち上がる「地域デジタル経済圏」
地元経済を知り尽くした地域金融機関が地域アプリを運営する。地域アプリでつながったヒト・モノ・カネが以下のような経済活動を地域内にもたらします。デジタル空間から生まれた地域独自の経済圏──「地域デジタル経済圏」の誕生です。
- 近所付き合いが復活(ヒト)
- お裾分け・贈与が増える(モノ)
- 地元の商品・サービスの需要が増加(モノ)
- 地域通貨・地域ポイントの循環(カネ)
このうち地域通貨・地域ポイントの循環は、地域アプリと組み合わせることで初めて本来の力を発揮します。デジタル地域通貨がなぜ「お得さ」に頼って失速しやすいのか。その特徴と課題については、地域の価値を引き出す「デジタル地域通貨」の特徴と課題で論じています。
巨大デジタル経済圏との違い
地域デジタル経済圏はデジタル経済圏としては新参者です。デジタル経済圏の主役はGAFAMを中心とする巨大プラットフォーマーです。日本のプラットフォーマーは、ポイント経済圏を牛耳る楽天、ヤフー、PayPay、ドコモなどです。
GAFAMを中心とする巨大デジタル経済圏と地域デジタル経済圏、両者は明確に異なります。1つは「価値」の違いです。GAFAMや楽天のデジタル経済圏が提供するのは、商品・サービスの性能、品質、価格、利便性といった「機能価値」です。一方、地域デジタル経済圏が目指すのは、その地域でしか手に入らない「体験・経験価値」です。
2つめは情報の質。地域デジタル経済圏では「主観」、巨大デジタル経済圏は「客観」を重視します。例えば「熊の目撃情報」に関する記事の場合、地域アプリでは実際に熊を目撃したAさんの恐怖の声をそのまま伝えます。これをデジタル経済圏のヤフーニュースなどが扱うと、Aさんの声は「近年の熊の行動パターン」を解説する事例の一つとしてかき消されるでしょう。
巨大デジタル経済圏と地域デジタル経済圏の特徴

地域デジタル経済圏は地域間格差を緩和させる
冒頭の主題「地域間格差は緩和されるか」についての答えは、地域デジタル経済圏が地域に根付くことによって地域間格差は緩和される、です。地域アプリが住民のスマホ時間を地域とのつながり時間に変える。再生したつながりを通じて以下のような多様な経済活動──地域デジタル経済圏が地域内に自然発生的に立ち上がる。こうして地域の中でヒト・モノ・カネが回る循環経済が実現します。
- スーパーで購入していた野菜を地元農家からお裾分けでいただく
- 地域アプリで紹介された地元職人の工芸品を購入する
- 地域限定クーポンを利用して地元の飲食店で食事する
- 天候悪化で歩いて買い物に行けないAさんを地域アプリで知り、Aさんをスーパーに送迎する
経済の語源は「経世済民」──「世を治め、民を救う」という意味です。人々の暮らしを支えて助けることが経済が目指すべき姿です。贈与や助け合いというお金以外の活動まで包含した地域デジタル経済圏は「経世済民」そのものではないでしょうか。
このシリーズの関連論考をまとめた記事もあります。
⇒ なぜ地域からお金もつながりも消えるのか|「ザル経済」から「共助の循環」へ向かう10の論考


