囲い込みの終わり

ポイント経済圏はなぜ囲い込みをやめたのか|セブンが自前のIDを捨てた日

2026年7月31日、セブン&アイ・ホールディングス(HD)がソフトバンクグループ(SBG)傘下のソフトバンク、PayPayと資本提携すると発表しました。これに三井住友フィナンシャルグループ(FG)傘下の三井住友カードも加わります。セブン&アイの共通会員基盤「7iD」はPayPay IDへ統合、店頭で貯まるポイントは「セブンマイル」に代えて、PayPayポイントとVポイントが導入されます。

コンビニ最大手が自前の会員基盤とポイントを手放し、他社のIDに乗り換えるという事態──。私はかなり大きな出来事だと重く受け止めました。それはポイント経済圏の競争原理が「閉じる」から「開く」に変わったことを象徴する出来事だからです。同じことがこの一年のあいだに各所で起きています。閉じることで勝ってきた各陣営が、一斉に開き始めた。背景に何が起きているのかを解説します。

ポイント経済圏の歴史|「閉じる」ことで勝ってきた20年

出発は自社ポイント

日本は世界有数のポイント大国と言われます。2024年度に民間企業が発行したポイント・マイレージの総額は1兆3,695億円(野村総合研究所推計)。還元率1%で換算するとポイントは約137兆円の消費と結びついている計算になります。

ポイントの始まりは企業・店舗が独自に展開する「自社ポイント」です。60年代頃から百貨店やスーパーで独自のポイントカードが発行され、80年代には家電量販店がポイントを活用した値引き合戦が行われ、90年代は航空会社もマイレージ・ポイントで差別化戦略が展開されました。

自社ポイントが大量発行されたことで消費者の財布はカードで膨れ上がります。カードの束を1枚にすべく誕生したのが、業種やチェーンの壁を越えてポイントが貯められる今日の「共通ポイント」です。

共通ポイント20年の歴史

共通ポイント競争の歴史は4つのフェーズに分けられます(下図)。

共通ポイント20年の歴史

共通ポイント20年の歴史
筆者作成

日本で共通ポイントが誕生したのは2003年10月、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブが立ち上げたTポイントです。各業種の最大手を加盟店として囲い込む「1業種1社ルール」を設けることで、他のポイント事業者と差別化を図る。「閉じる」ことを制度として設計したのがこの時期です。2010年、ローソンがTポイントから離脱してPontaを立ち上げたのも、閉じた陣営の外に出るという選択でした。

第二の局面は2013年から。ヤフーのポイントがTポイントに統合され、翌年に楽天ポイント、2015年にdポイントが登場します。ポイント経済圏の舞台が「リアル+ネット」に広がり、主要プレイヤーが出そろった頃です。

第三の局面は2016年から。2016年10月の楽天ペイに続き、2018年にd払いとPayPayが登場します。そこでPayPayは大規模な高還元キャンペーンでシェアを一気に取りました。この時期、「閉じる」原則に大きな変化が訪れます。2019年11月、それまでTポイント単独だったファミリーマートが、Tポイント・楽天ポイント・dポイントの3つを扱う「マルチポイント」を導入したからです。これによって一つの店で複数陣営のポイントが貯まる「1業種1社ルール」の時代は終わりました。

第四の局面が2024年からの金融経済圏です。金融勢がポイント事業に本格参入することで、ポイント経済圏はより多層的な様相を呈していきます。いち早く名乗りを上げたのが 三井住友フィナンシャルグループです。Tポイントを取り込んで新生Vポイントとし、総合金融アプリ「Olive」と結びつけました。続いて三菱UFJフィナンシャル・グループも金融サービスブランド「エムット」を立ち上げます。

ポイント同士の交換は行われていた

ここで一つ、「閉じる」の意味について留意が必要です。「閉じる」といっても、ポイント同士の交換は、以前から行われてきたからです。TポイントとイオンのWAON POINTは1ポイント単位で相互に交換でき、この関係は2024年4月にTポイントがVポイントへ統合された後も引き継がれています。エムアイポイントとWAON POINTのような組み合わせもあり、ドットマネーのようにポイントを集約して他社ポイントへ振り替えるハブも存在します。

つまり、ポイントを他陣営へ持ち出すこと自体は、20年間ずっと可能だった。それでも各陣営の経済圏が「閉じていた」と言えるのはなぜでしょう。それは、ポイント同士の交換と、顧客データの交換・共有はまったく別物だからです。前者が開放されても、後者は一切動いていません。ポイント同士の交換は壁に小窓が開いた程度で、壁そのものが開かれたわけではないのです。

2026年、壁が開く

ところが直近一年で起きたことは、この延長線上から外れています。小窓が開く程度ではなく、壁そのものが取り払われていく──。そのような劇的な変化です。

壁は3層

ポイント経済圏の壁は、浅い順から三つの層になっています。

第1層は「ポイント交換の壁」です。 互いのポイントを換算して行き来させる。前述のとおり、ポイント同士の交換は20年前から行われてきました。

第2層は「顧客接点の壁」です。 他社のアプリの中で、自社の決済手段や残高が使える状態を指します。2026年3月24日に始まったVポイントとPayPayポイントの等価相互交換は第一層の話ですが、これに続いて三井住友銀行アプリやVpassアプリでPayPay残高の確認やチャージが順次利用できるようになっています。ここまで来ると、顧客がどのアプリを開くかという経済圏の入口そのものを分け合うことになります。PayPayが2026年2月にVisaと結んだ戦略的パートナーシップも、決済の土台を他社ネットワークと共有するという意味でこの層に属します。

第2層は「顧客IDとデータの壁」です。 会員基盤そのものを相手に預ける。冒頭のセブン&アイの件がこれに当たります。7iDはPayPay IDへ統合されて消滅し、ストアポイントはセブンマイルに代わってPayPayポイントとVポイントが導入される。セブン-イレブンアプリの開発自体もPayPayが受託します。3社による資本提携を伴う点も、この層の深さを物語っています。

なぜ深い層の壁が開いたのか

機能価値から関係価値を競うフェーズに

第1層をいくら開いても消費者は喜びますが、ポイント事業者が得るものはほとんどありません。ポイントが他社へ流出するだけで、顧客が誰で、何をしているかは見えないままだからです。第2層、第3層と深い層まで開き始めた理由は、ポイント経済圏の競争原理が大きく変わったことにあります。

ここでポイント経済圏を2つの軸で整理します。一つ目は、おトクと便利さを提供する「機能価値」です。ポイントの還元率アップ、加盟店数の多さなどが相当します。二つ目は、顧客との接点が及ぶ生活場面の広がりを表す「関係価値」です。コンビニや飲食店だけでなく、通信料金、給与、住宅ローン、資産形成など生活のあらゆる場面にポイントが入り込むことで様々な生活場面にアクセスできます。

この2軸でポイント経済圏を表現したのが下の図です。過去20年の歩みは、おトクで便利を巡る機能価値を右へ進む行進として描けます。やがて機能価値を巡る競争は飽和状態となります。各社は加盟店を増やし、還元率を競い、キャンペーンを打ち続けてきましたが、ポイント事業者のシェアに大きな変化は起きなかった。MMD研究所の調査(2025年12月)では、最も意識している経済圏は楽天42.9%、PayPay17.8%、ドコモ16.4%と、前年からほぼ動いていません。機能価値の軸で戦っている限り、これ以上の差はつかないことがわかったわけです。

飽和状態を打開するには、ポイント事業者は買い物以外の場面へ出ていくしかない──既存の壁を開くしかない。生活のあらゆる場面で顧客との接点を広げる関係価値の競争にシフトしたのが直近1年で起きたことです(図の右上)。給与の受取や住宅ローンや資産運用は、既存のポイント事業者が自前で持っている機能ではない。銀行が要り、証券会社が要り、そのための免許が要る。ドコモが住信SBIネット銀行とマネックス証券を外から買ってきたのも、三井住友とソフトバンクが手を結んだのも、セブン-イレブンがPayPayにアプリと会員基盤を委ねたのも、自前では埋められない場面を他社から調達したからです。

ポイント経済圏の競争マトリクス

ポイント経済圏の競争マトリクス
筆者作成

AIが高める関係価値

関係価値を高めるには、生活場面を広げるだけでは十分ではありません。顧客一人一人に刺さるサービスが伴わなければ意味がありません。それを可能にするのがデータです。

機能価値から関係価値を巡る競争シフトを促したのがAIです。AIの実装によって関係価値を高めることが可能になったのです。

ポイント事業の本質は、購買データの取得にあります。データ活用の狙いは、自陣内で集めた履歴をもとに、次に何を勧めるかを決めるというもの。この用途なら、データは自陣内で完結していればよく、むしろ外に出さないほうが有利です。

しかしAIがこの前提を崩します。顧客一人一人の価値観に沿ったポイントサービスを提供するには、一つの場面を深く観測したデータではなく、同じ人物を生活のあらゆる場面にまたがって観測したデータが必要です。ある人が何を買ったかというデータの価値は、その人がどこに住み、いくら稼ぎ、何にお金を借り、どう移動しているかというデータと接続されて初めて跳ね上がります。AIはこうした多層的なデータから、顧客が何を大切にしているかを取り出すことを可能にします。

開いていない二つの陣営

ここで注意しておきたいのは、すべての陣営が開いているわけではないことです。

一つは楽天経済圏です。楽天は他の経済圏と交わることなく、EC、カード、銀行、証券、旅行、通信を、時間をかけてすべて自前で揃えてきた。複数の生活場面にまたがるデータを、すでに自前で、しかも同一のIDで保有している。複数場面のデータを同一IDで持っているので壁を開く動機が乏しいわけです。

もう一つはイオン経済圏です。イオンの店舗ではPayPayが使えず、WAON POINTとAEON Payで自己完結しています。自社に巨大な実店舗網という強みがある中で、他社決済を入れれば手数料と顧客データが外に流出する。こうした流通業側の事情が大きいとみられます。第1層では開いているが、第2層以下は閉じているという構造です。

広げた先に何があるのか

「閉じる」から「開く」へ変化したポイント経済圏の先行きはどうなるのでしょう。浮かび上がるのは対照的な2つの姿です。

ポイントがフロー経済とストック経済を循環する

生活場面を広げるとは、買い物以外の場面でポイントが使われるようになるということです。そして、その広がりの先で最も大きな受け皿となったのが金融でした。買い物の次に頻度が高く、しかも金額が大きい接点は、給与の受取であり、住宅ローンであり、資産形成です。各陣営が申し合わせたように銀行と証券を抱え込んだのは、囲い込みたいからというより、生活場面を広げようとすれば必然的にそこへ行き着くからです。

ここで、ポイントの流れ方そのものが変わり始めます。整理すると、三つの経路があります。

  1. 買い物でポイントを取得し、商品購入に使う。
    買い物という一つの場面のなかでポイントが完結する経路。20年間の共通ポイントのパターン。フロー経済の内側で回っている状態。
  2. 買い物で取得したポイントを、積立投資など資産形成に充てる。
    フローからストックへの経路。クレジットカード積立の還元、ポイントで買える投資信託、NISAの利用に応じた付与。これによって生活場面が金融まで広がる。
  3. 投資で増えたポイントで商品を購入する。
    ストックからフローへ戻る経路。各陣営のポイント運用サービスは、ポイントのまま値動きに連動させ、任意のタイミングでポイントとして引き出して店頭の支払いに使える。資産として置いておいたポイントが、値上がりぶんを含めて再び消費に向かう。

従来のポイントが①だけだったのに対し、これからは②と③を通じて、ポイントがフロー経済とストック経済のあいだを循環するようになります。買い物で得た小さな還元が資産に変わり、資産として育ったものが再び買い物に戻る。

生活場面を広げた各陣営が、決済・銀行・証券・通信を一つのIDの下に束ねたことは、この循環を技術的に可能にしました。買い物で得たポイントが同じアプリの中で資産に変わり、また同じアプリの中で支払いに戻る。経済圏が壁を開いて場面をつなげた結果として、ポイントの循環路が初めて一本につながったと言えます。

地域ポイントで多様なポイント経済圏が立ち上がる

最後に忘れてはいけない領域があります。地域ポイント経済圏です。おトクさでは劣るが、生活場面の広がりでは高い領域──先のマトリクス図の左上の領域です。地域の内側で循環するポイントは、まさにここに入ります。

還元率で大手と競うことはできません。しかし地域のなかでなら、買い物だけでなく、交通も、健康づくりも、地域活動への参加も、生活の広い場面に届きうる。地理的には狭くても、生活場面という尺度では広いのです。市場では値のつきにくい活動を可視化する仕組みとしても設計できます。

さらに、地域ポイントには大手が採れない選択肢があります。共通ポイントを期限付きの減価通貨(腐る通貨)として設計すれば、貯め込むほど価値が減るため、ポイントは地域内を回り続けます。

これは前の議論の裏返しです。大手経済圏がフローからストックへの経路を開き、ポイントを資産に変えようとしているのに対し、地域ポイントはあえてストックをつくらせない。滞留させず、流速を上げることで、地域内でお金(ポイント)を好循環させる設計です。同じ「生活場面の広がり」という縦軸を上がりながら、目指す方向はまったく逆になります。

おトクで便利という機能価値の競争は、そろそろ行きつくところまで行きました。大手が縦軸を上がりきって金融に到達したいま、同じ縦軸を別のやり方で上がる設計を試すには、悪くない時期だと思います。多様な価値を提供するポイント経済圏が立ち上がることを期待したいところです。