シティポップを象徴する都会の風景

なぜシティポップは世界で売れるのか|AIが絶対に生み出せない「時代の空気感」

2017年7月、YouTubeに一本の動画がアップロードされました。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」です。1984年に発表されたこの曲の非公式動画は、みるみるうちに世界中に広がり、2,400万回を超える再生回数を記録しました。コメント欄は英語で埋め尽くされ、日本語の歌詞の意味もわからない海外の若者たちが熱狂していました。以来「プラスティック・ラブ」の総再生回数は1億回を突破し、40年前の楽曲が今も世界中で聴き続けられています。

この熱狂はいったいどこからきているのか──。

「洗練されたコード進行」「グルーヴ感のあるサウンド」──技術的な分析はすでに多数存在します。しかし本質はそこではありません。シティポップが世界を席巻している理由は、「時代の空気感」という、どんな技術でも再現できないものを持っているからです。

そしてその「時代の空気感」こそ、AIが絶対に生み出せないものでもあります。AIが大量の「平均点の音楽」を生成する時代に、シティポップのブームは音楽の未来を指し示しています。

シティポップとは何か|80年代の日本が生んだ「豊かさの音楽」

高度経済成長の果実が生んだ「大人の都市文化」

シティポップは1970年代後半から1980年代にかけて日本で生まれた音楽ジャンルです。日本が高度経済成長期を経て成熟した都市文化を築き上げた時代と重なります。自家用車の普及により「ドライブミュージック」が求められ、湘南や逗子マリーナといったリゾート地がブームとなり、海や夜景をテーマにした楽曲が人々の憧れを象徴していました。さらにカフェやバーなどのナイトライフ文化が広がり、海外の音楽やファッションも積極的に取り入れられました。

つまりシティポップは、豊かさを手に入れた日本人が「大人のライフスタイル」を謳歌した時代の音楽という側面を持ちます。「仕事終わりに夜景の見えるバーで過ごす」「週末は湘南へドライブに行く」──そんな生活への憧れと実際にそれを手に入れた実感が、音楽ににじみ出ているのです。

山下達郎・竹内まりや・大貫妙子が体に刻んだ「時代の空気感」

シティポップを語る上で欠かせない名前があります。山下達郎・竹内まりや・大貫妙子・角松敏生・杉山清貴──。彼らに共通するのは1980年代の東京という特定の時代・場所を全身で生きた経験を音楽に刻み込んでいることです。

山下達郎が「プラスティック・ラブ」のコーラスをレコーディングしたとき、彼の体の中には「あの時代の東京の夜の空気」が宿っていました。それは楽譜には書けない。データには変換できない。40年後に聴いても「あの時代の何か」が伝わるのは、音楽がその時代を生きた人間の「経験知の結晶」だからです。

なぜ今、世界の若者がシティポップに熱狂するのか|5つの社会的要因

まずデータでブームの全体像を確認します。Google トレンドで「city pop」と「plastic love」の世界検索数を調べると、興味深い事実が浮かび上がります。

「city pop」と「plastic love」の世界検索数推移(2015年〜2025年)

「city pop」と「plastic love」の世界検索数推移(2015年〜2025年)
(出所)Google Trendsより作成

「plastic love」は2017年にYouTubeへの非公式動画アップロードをきっかけに最初のスパイクを記録しました。一方「city pop」は2020年以降から本格的に増加し始め、2024年に一気に跳ね上がっています。「plastic love」が火をつけ「city pop」というジャンル全体への関心へと広がっていった流れが、このグラフから読み取れます。

ではなぜシティポップが「世界中の若者」を魅了しているのか。そしてなぜ2020年以降にブームが加速したのか。そこには5つの社会的要因が隠されています。

①「経験したことがないのに、なぜか懐かしい」

興味深いのは、同じ1980年代の音楽でも米国の商業ロックはシティポップほど世界的なセンセーションになっていない点です。マイケル・ジャクソン・ボン・ジョヴィ・マドンナはリアルタイムで世界中に輸出された「すでに知っている音楽」です。一方シティポップは日本国内でしか流通しておらず、世界の若者にとっては「存在すら知らなかった隠れた宝」でした。

Apple Musicのシティポッププレイリストには「I’ve never experienced anything like it, but somehow I miss it(経験したことがないのに、なぜか懐かしい)」という言葉が添えられています。これは米国の音楽には決して生まれない感覚ではないでしょうか。グローバルに最適化されていなかったからこそ、シティポップは世界を席巻したのです。

「経験したことがないのに、なぜか懐かしい」という感覚は、このブログで繰り返し論じてきた「連続性×非連続性」の力です。1980年代の日本の時代の空気感という「連続性(懐かしさの源泉)」と、日本国内にしか流通しなかったがゆえの「非連続性(経験したことがないという新鮮さ)」が交差したとき、「経験したことがないのに、なぜか懐かしい」という唯一無二の感覚が生まれます。グローバルに最適化されていなかったからこそ、シティポップは世界を席巻したのです。

②加速社会・デジタル疲れへの反動としてのノスタルジア

シティポップが描く世界観は、現代と正反対です。夜のドライブ、海辺のリゾート、余裕のある大人の時間──。スマホの通知に追われ、SNSの承認欲求に疲弊し、タイパ・コスパで全てを効率化しようとする世界中の若者にとって、シティポップが描く「目的のない豊かな時間」は、失われた理想の時間です。

このブログで繰り返し論じてきた「加速社会への反動」「倍速消費疲れ」「手触り感への回帰」という現象が、音楽の世界でも同じように起きています。楽器ブームが「デジタル音楽への反動としての手触り感の回帰」であったように、シティポップブームは「加速社会への反動としてのスロー・ノスタルジアの回帰」というグローバルな現象なのです。

③後追い世代だから「バブルの恥ずかしさ」を知らずに楽しめる

バブル期の浮ついた感覚を外側から相対化することができる後追い世代、すなわち国内外のミレニアル世代以降の感覚と、80年代サウンドの広範なリバイバルが共振したことによって、シティポップ自体が発見されたと考えることができます。

バブル期をリアルタイムで経験した日本人には「バブルの虚しさ・恥ずかしさ」という記憶があります。しかし海外の若者や日本の若い世代にはその「恥ずかしさ」がありません。ただ純粋に「洗練された音楽」として楽しめる。これはヘタウマ記事で論じた「素人目線が価値を生む」という構造と同じです。上勝町の葉っぱビジネスが「農家には気づけない素朴な価値」を発見したように、後追い世代は「当事者には見えなかった価値」をシティポップに見出しています。

④「日本ロス」の音楽版

このブログの「日本ロス・日本丸出し戦略」記事で論じたように、コロナ禍で日本に来られなくなった海外の消費者が「日本そのものへの憧れ」を深めました。蔦屋書店・ドンキの「日本丸出し戦略」が刺さったのは「日本の空気感そのもの」が価値になったからです。

シティポップのブームも同じ構造を持っています。ただし「場所のロス(日本に行けない)」ではなく「時代のロス(あの豊かな時代には戻れない)」です。1980年代の日本という「二度と戻らない黄金時代」への切実な憧れが、シティポップという音楽に投影されています。

⑤YouTubeのアルゴリズムが「眠れる名曲」を世界に届けた

「プラスティック・ラブ」人気のきっかけは2017年7月、YouTubeにて非公式にアップロードされた同曲の動画が2,400万回以上の再生回数を記録したことで、この動画のコメント欄に英語のコメントが集まり、海外のリスナーの多さがうかがえました。その後ワーナーミュージックジャパンが2019年に公式動画を公開し、現在では総再生回数が1億回を超えています。

40年間眠っていた名曲が、デジタルの力で突然世界中の若者の耳に届いた。これは「連続性(40年間の楽曲の価値)×非連続性(アルゴリズムという予期しない接点)」という不二家シリーズで論じた構造とまったく同じです。

ただしアルゴリズムはきっかけに過ぎません。アルゴリズムがいくら「プラスティック・ラブ」を世界中に届けても、楽曲そのものに「時代の空気感」がなければ1回聴いて終わりです。1億回再生の裏には①〜④の社会的要因が土台として存在しています。

AIが均質化する音楽市場で、シティポップが輝く本当の理由

AIは「平均点の音楽」は作れても「時代の空気感」は作れない

生成AIの進化によって、今や誰でもプロ品質の楽曲を瞬時に生成できるようになりました。メロディ・コード・リズム・歌声──シティポップの「技術的な要素」はすべてAIが再現できます。実際に「AI版シティポップ」は大量に生成され、一部はストリーミングサービスに溢れています。

しかしどれほど精巧なAIシティポップも、「プラスティック・ラブ」の前では色褪せます。なぜか。AIは過去のデータを学習して「平均点の音楽」を生成しますが、「1984年の東京の夜の空気感」を生成することはできません。それは竹内まりやがその時代を全身で生き、体に刻み込んだ「経験知の結晶」だからです。

「AIが作れる音楽」と「作れない音楽」

「AIが作れる音楽」と「作れない音楽」
筆者作成

上図が示す通り、AIは音楽の「技術的な要素」においては人間を凌駕しつつあります。しかしコード・メロディ・リズムといった技術的要素がAIに代替されるほど、「時代の空気感・経験知・手触り感・物語」という人間的要素の希少価値が高まっていきます。

手触り感・物語・場所の記憶|音楽における「ヘタウマ」の価値

楽器ブーム記事で「デジタルでは得られない思い通りにいかない摩擦こそが楽器演奏の魅力の正体」と論じました。シティポップにも同じ「手触り感」があります。

アナログレコードで録音されたシティポップには「ノイズ・揺らぎ・息づかい」が記録されています。デジタルで完璧に補正された現代の音楽にはない「人間の不完全さ」がそこにあります。これはまさに「ヘタウマ」の価値です。完璧ではないのに惹かれる。計算されていないのに心が動く。AIが最適化するほど、この「人間の不完全さ」が希少価値になっていきます。

シティポップのブームが音楽市場の未来に示すもの

「作られた音楽」より「生きられた音楽」が評価される時代へ

AIが大量の音楽を生成し、ストリーミングサービスが無限のコンテンツを提供する時代に、消費者は逆説的に「特定の時代・場所・人間が生きた痕跡のある音楽」を求めるようになっています。生成AIが職場の会話を減らし非言語情報を奪うという問題と同じ構造が、音楽市場でも起きているのです。

「作られた音楽(AIが最適化した平均点の楽曲)」より「生きられた音楽(時代の空気感が宿った人間の経験知の結晶)」が評価される──。これはこのシリーズで論じてきた「倍速消費からスロー消費へ」「手触り感への回帰」「応援消費」という消費行動の変化と完全に一致しています。音楽市場でも同じ「意味的価値への回帰」が起きているのです。

日本の音楽が持つ「連続性×非連続性」の可能性

不二家シリーズで論じた「連続性×非連続性」という概念は日本の音楽市場にも応用できます。

シティポップという「40年以上の連続性(時代の空気感・経験知)」に、YouTubeアルゴリズム・TikTok・サンプリングという「非連続性(予期しない接点・新しい文脈)」が掛け合わさることで、世界的ブームが生まれました。

日本の音楽が持つ「豊かな時代の空気感という連続性」は世界でも類を見ない資産です。それをどのような「非連続性」と組み合わせるかが、これからの日本の音楽市場の鍵を握っています。

まとめ|「時代の空気感」はAIには絶対に生み出せない

シティポップの世界的ブームは音楽の技術論では説明できません。「経験したことがないのに、なぜか懐かしい」「加速社会への反動」「後追い世代の純粋な眼差し」「日本ロスの音楽版」「アルゴリズムという非連続な接点」──5つの社会的要因が重なったとき、40年前の楽曲が1億回再生される奇跡が生まれました。

そしてその奇跡の核心にあるのは、竹内まりやや山下達郎が80年代の東京を全身で生き、体に刻み込んだ「時代の空気感」という経験知です。AIがどれほど進化しても、この「生きられた時間の積み重ね」だけは絶対に生み出せません。

AIが音楽市場を均質化するほど、「時代の空気感を持つ音楽」は希少価値を増していきます。シティポップのブームは音楽の未来に向けた重要なメッセージを発信しています。「人間が生きた痕跡のある音楽こそが、AIの時代を生き残る」と──。

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