ピアノを弾く人

なぜ今「楽器ブーム」なのか -音楽に手触り感を求める人が急増中

コロナ禍以降、楽器の売れ行きが伸びています。巣ごもり生活で自宅時間が長くなったことが一因ですが、それだけでは「コロナ禍限定の一時現象」となってしまいます。今の楽器ブームは一時現象ではなく今後も継続するものなのかどうか、データをみながら考えてみます。

コロナ禍の楽器ブーム

21年の楽器支出額はコロナ禍前の1.5倍

私はギターを数本所有しています。コロナ禍の巣ごもり生活で明らかにギターを弾く時間が増えましたので、いつもより多めに弦やピックなどをネットで購入しました。周りのギター仲間も同じような行動を取っていたようです。

家計調査(総務省)で家計の楽器支出額をみると、下のグラフにあるように2021年に急激に伸びており、コロナ禍前2019年の水準と比べて最大1.5倍に達しています。2020年に支出が落ち込んでいるのは、感染拡大による供給不足、楽器販売店・音楽教室の休業等による影響によるものです。2022年以降、支出額は鈍化していますが、これは2021年の反動減とみられます。反動減が一巡し、2023年以降に再び増加に向かうかが注目点です。

家計の楽器支出額の推移(月平均支出額)

家計の楽器支出額の推移(月平均支出額)
(出所)総務省「家計調査」

けん引役は中高年層

コロナ禍以降(20~22年)の楽器支出額の変化を年齢別にみると、中高年層で大きく増加しているのがわかります。40歳代が最も高く、60歳代がこれに続く格好です。

40~50歳代はリモートワークで在宅時間が増えたこともあり、隙間時間で楽器を手にする人が増えたのだと推察されます。60歳代は外出自粛で大好きな旅行やスポーツを楽しめなくなったことで「久々に楽器でも」となった人も多かったのではないでしょうか。

コロナ禍以降の年齢別楽器支出額の変化(2019年=100)

コロナ禍以降の年齢別楽器支出額の変化(2019年=100)
(出所)総務省「家計調査」

人気はギターとピアノ

コロナ禍の楽器ブーム、売れたのはどんな楽器でしょうか。下のグラフは楽器の20年以降の国内販売数量を楽器別に指数化したものです。コロナ禍後に急増したのが自宅で手軽に演奏できる巣ごもり楽器の定番「ギター」です。

電子キーボードも伸びましたが、21年後半から急に落ち込んでいます。代わりに伸びているのが電子ピアノや電子サックスなどの「電子楽器」。電子楽器だけでなくアコースティックも堅調です。河合楽器製作所のグランドピアノ「シゲルカワイ」は21年のショパンコンクールで使われたことも手伝って人気を集めたようです。電子キーボードと入れ替わるように、電子ピアノやアコースティックピアノが伸びている。手軽さだけでなく、より本格的に楽器に取り組もうとする人が増えた証左ではないでしょうか。

「楽器」販売数量の推移

「楽器」販売数量の推移
(出所)経済産業省「生産動態統計」

楽器メーカーの業績も好調です。業界最大手ヤマハの楽器部門の21年度(21年4月-22年3月)の売上収益は前期比15.6%の増収、19年度と比較しても+2.5%とコロナ禍以前の水準を上回りました。

ローランドの21年度(21年1-12月)売上収益は前期比25.0%(19年度比+26.5%)、河合楽器製作所も21年度(21年4月-22年3月)の売上収益は前期比+26.9%(19年度比+20.2%)と好調です。

今の楽器ブームが一時現象でない理由

冒頭のグラフにあるように、21年に急増した楽器支出額は22年に入るとコロナ禍以前(19年)の水準まで低下しています。耐久消費財である楽器には消費サイクルがありますので、支出額の増加が一巡したこと自体は珍しいことではありません。

問題は楽器ブームが今後も継続するのかどうか。私はその可能性はかなり高いと感じています。理由を見ていきましょう。

【理由1】楽器ブームは世界現象

楽器ブームが今後も継続すると考える根拠の1つは、今の楽器ブームが世界的な現象となっていることにあります。下のグラフにあるように、日本から世界に向けた楽器輸出額は21年から急増しており、22年以降も勢いは一向に落ちていません。

世界の楽器需要の大半を担っているのは日本の楽器メーカーです。楽器売上高の世界シェアナンバー1は「ヤマハ」。2位「ローランド」、3位「河合楽器製作所」と、日本勢が上位3社を占めています。つまり、

日本からの楽器輸出 ≒ 世界の楽器需要

とみなせますので、日本でいったん楽器ブームが落ち着いたとしても、世界では楽器ブームが継続しているということなのです。

日本の楽器輸出額の推移

楽器輸出額の推移
(出所)財務省「貿易統計」

【理由2】音楽に手触り感を求める人が増えている

楽器ブームが継続する2つめの理由は消費者の内面にあります。

  • 朝起きてSNSをチェック
  • 上司の指示に従って資料を作成

こうした日常行動の大半は「ああすれば、こうなる」という「意識」を使ったものです。一方、

  • 公園で散歩する
  • 絵を観る
  • 友人とカラオケで絶唱する

これらの行動は「感覚」を使ったものです。現代社会は圧倒的に「意識」を使った行動が多く、その流れに拍車をかけたのがコロナ禍です。

コロナ禍で感覚に飢えた消費者が求めたのが「手触り感」をもたらす商品・サービスです。その点、音楽は感覚そのものであり、アナログレコードや楽器は音楽に手触り感を与えてます。アナログレコードの場合、

  • ストリーミングサービスで音楽のシャワーを浴びる
  • 忘れかけていたアーティストや大好きだった曲に再会する
  • 聴くだけでは物足りずアナログレコードを購入

という購買経路をたどりますが、これと同じ原理が楽器でも起きます。

  • 大好きなアーティストをもっと身近に感じたい
  • そのアーティストの曲を自分でも弾いてみたい

こうして楽器を手にするようになります。「聴く」のと「弾く」のとでは音楽に対する手触り感がまったく違います。弾くことでその曲の別の良さが発見でき、大好きなアーティストをより身近に感じられる。弾くことによる手触り感はアナログレコードのそれをはるかに超えるのではないでしょうか。

【理由3】楽器を弾く人を見る機会が増えた

楽器を弾く人を目にする機会が増えた」ことも楽器ブームが続く要因の1つです。駅や公園におもむろに置かれたピアノを通りがかりの人が弾く「街角ピアノ」が世界中で流行っています。街角ピアノでピアノを弾く人の姿はYouTubeなどのオンライン動画で誰でも目にすることができます。プロの演奏はもとより、楽器を始めたばかりの初心者でも楽しそうに演奏している姿をみることができます。

楽器を心から楽しむ人の姿を見続けるうちに「自分も弾いてみたい」となるのも不思議ではありません。しばらく楽器を触ってなかった人がこうした動画をみたことで再び楽器の練習を始めた人が多いと聞きます。

【理由4】演奏サポートサービスが充実

「楽器を手に入れても長く弾き続けられる人は多くない」

楽器業界が抱える長年の課題です。そこでここ数年各社が力を入れているのが「演奏サポートサービス」です。米フェンダーは17年にサブスクリプション型オンラインレッスンサービス「Fender Play」を開始、日本では22年から本格展開を始めました。同サービスはギターやベースの初心者にオンライン動画で弾き方を教えます。パソコンやスマホでFender Playの動画を開くと、講師の動画とタブ譜(押さえるフレットを示した譜面)が表示され、指の使い方や弦の弾き方を丁寧に説明してくれるのです。13~34才の若年層が7割を占めているそうで、初心者のニーズをうまく捉えています。

日本の楽器メーカーも演奏サポートサービスを積極展開しています。ヤマハは自動伴奏追従機能付きピアノ「だれでもピアノ」を15年に導入。音楽教室の活用がメインですが、今後は一般販売を視野に入れているようです。ローランドが17年から始めた「ローランドクラウド」は様々な音源や演奏サポート用のソフトが利用できるクラウドサービスです。クラウド上でコミュニティーをつくり、同じ楽器を演奏する人どうしがつながり教え合ったりもできます。

私がギターを弾き始めた頃はこのようなサービスは当然ありませんでしたので、自分で楽器店に行って楽譜を手に入れて弾き方を学ぶしかありませんでした。動画もありませんので弾く姿勢から弦の押さえ方まで手探り状態です。今のような演奏サポートサービスがあったらもっと早く上達していたのは確実です。

 楽器ブームは音楽のエコシステムを強化する

音楽を楽しむツールは一つ一つがつながりあうことで一つのエコシステム(生態系)になっています。先に述べたように楽器は音楽に「手触り感」を与えてくれる最強のツールです。大好きな曲を自分で弾くことでミュージシャンとの距離が縮まったように感じられます。

楽器の演奏を始めると「本物の演奏」を目の前で見たくなるものです。その熱量は音楽ファンをライブ会場へと導きます。自分の演奏との違いをまざまざと見せつけられ、アーティストへのリスペクトが高まるとともに、家に帰ってからの練習に熱が入る。こうして楽器は音楽のエコシステムに欠かせない役割を果たしています。

コロナ禍でライブ市場は低迷状態にありますが、今起きている楽器ブームの熱量はやがてライブに向かうことは確実です。ライブ市場の復活は意外に早くやってくるのかもしれません。