レコードを手に取る人

アナログレコードの復活- 再評価につながった4つの要因

【記事のポイント】

  • コロナ禍でアナログレコード人気が高まっている。
    ⇒ 米国では2020年のアナログレコードの売り上げがCDを上回った。
  • アナログレコードが再評価された要因は4つ
    ① 音楽やミュージシャンの「ストーリー性」に触れる感覚
    若者世代の価値観に刺さった
    ③ デジタル音源にはない「音の温かみ
    ④ ジャケ買い心理に表れる「手触り感
  • アナログレコードの復活は便利さや機能性だけではない「意味」や「ストーリー性」の重要性を示す現象

米国ではアナログレコードがCDを抜く

米レコード販売がCD抜く 20年1~6月、1980年代以来初

これは20年9月15日の日経新聞の見出しです。米国では2020年1~6月期のアナログレコードの売上高が80年代以降初めてCDの売上高を上回りました。音楽配信サービスの普及でCDの販売が低迷する一方、コロナ禍で家庭でレコードをかける人が増えているという記事です。

アナログレコードとCDの逆転劇は2020年通年でみるとより鮮明です。全米レコード協会(RIAA)の統計によると、2020年の米国のアナログレコード売上高(LP・EP・シングル)は6億2500万ドルとなり、前年比で29%急増しています。これに対し、CD(DVD含む)の売上高は5億1300万ドルと▲22%の急減、レコードの売上高がCDを1億ドル以上も上回っているのです。CDの自滅が大きな要因ですが、レコードの底力を印象付ける結果です。

私はこの記事を特別な思いで読みました。なぜならアナログレコードは「失われた30年」という悲劇に見舞われた商品だからです。

CDとアナログレコードの逆転劇はコロナ禍という特別なシチュエーションがもたらした一時的な現象なのか、それとも「アナログレコードの復活」と呼べるような構造変化なのか。

私がこの記事を感慨深く読んだのは後者だと感じたからです。

日本のアナログレコード市場

レコード販売は復調傾向

日本はどうかというと、米国のようなCDとアナログレコードの逆転劇までは起きていません。しかし下のグラフのように、CDの販売が急減する中でアナログレコードの復調傾向は鮮明です。日本のアナログレコードは90年代後半のDJブームで盛り上がり、その後は低迷していましたが、2014年以降は順調に売り上げを伸ばし続けています。特に直近の2021年の伸びは目を見張るものがあります。巣ごもり生活が続く中で改めてアナログレコードの価値に気付いた人が多かったのでしょう。

日本のCD・アナログレコードの売上推移

日本のCD・アナログレコードの売上推移

世界に誇るナガオカのレコード針

日本のアナログレコード販売はまだ米国ほどの勢いはありませんが、企業活動では世界に誇るべき動きがみられます。それはアナログレコード針・カートリッジです。下のグラフにあるように、日本のアナログレコード針の輸出はコロナ禍を機にすさまじい勢いで急伸しています。

レコード針の輸出急進の立役者が、レコード針世界シェア9割以上を誇る「ナガオカ(山形県)」です。世界に誇る「ナガオカ針」はチタンの先端に人工ダイヤモンドを接合した針で、ダイヤだと約200~300時間の再生に耐えられ、サファイアで作られたものより10倍以上長持ちするそうです。これを実現するのが十数人の職人技です。シェア9割超えは伊達ではないということです。

日本のレコード針輸出の推移(12カ月移動平均)

日本のレコード針輸出の推移(12カ月移動平均)
(出所)財務省「貿易統計」

アナログレコードの歴史を振り返る

ここで少しアナログレコードの歴史について振り返っておきます。

失われた30年

アナログレコードの失われた30年は下のグラフで確認できます。70年代の音楽市場はアナログレコードの独占状態でした。しかしその後は84年にカセットに抜かれ、87年にはCDに抜かれ、ここからアナログレコードの「失われた30年」が始まります。2000年前半頃までは音楽配信市場はCDの独擅場となり、アナログレコードは存在するかどうかわからないほど壊滅状態に陥りました。

グラフで見るとアナログレコードの売上規模はまだ小さく、ここ数年の増加をみても「なにが復活なの?」という印象をもたれるかもしれません。しかし失われた30年を経た後のこの増加には大きな意味があります。

米国の音楽配信市場の推移

米国の音楽配信市場の推移

なぜ「悲劇」なのか

古い技術は新しい技術に取って代わられる。デジタル化が急速に進む中で、80年代に華々しく登場したのがCDです。カセットやアナログレコードは「古臭い」商品とみなされるようになりました。

私の中高校時代は小遣いのほとんどをレコードやギターグッズ(弦やピック)に注ぎ込む音楽バカ少年でした。大学進学と同時にCD付きのコンポを購入し、アナログレコードとプレーヤーは実家に置きっぱとなりました。80年代後半の頃です。

コンポを購入したのは単に「便利だから」「流行っていたから」という理由だったと思います。当時はアナログレコードを再評価しようという動きもなく、家電量販店のチラシを見てCD付きコンポを購入した人が多かったように思います。こうしてアナログレコードは一部のオーディオマニアだけの商品のような存在になっていきました。

CDとアナログレコードが同じ価値を持つ商品であれば、CDへのシフトは理にかなっています。CDのほうがはるかに便利で手軽に音楽が楽しめるからです。しかし両者は異なる価値を持つ商品です。一部のオーディオマニアだけがアナログレコードの価値に気付き、多くの消費者は知る機会がなかった。私はアナログレコードとCDの価値の違いを消費者に伝える努力をしないまま、CDを大量投入した音楽業界やメーカーには大きな責任があると感じます。これがアナログレコードの悲劇です。

再評価につながった4つの要因

失われた30年の苦渋を味わったアナログレコード。それが今になってCDを上回る復活をみせているのはなぜでしょう。私はアナログレコードの持つ本来の価値が再評価されたことに尽きると思います。再評価につながった4つの要因についてみていきたいと思います。

① ストーリー性

今音楽配信サービスに求められているのは、好きな音楽を効率よく大量に聴く機能性、好きなミュージシャンの音楽性を深く理解し体感するストーリー性の2つです。

CDは機能性の商品です。最近は圧倒的な機能性を提供するSpotifyやNetflixなどのストリーミングサービスが台頭し、一気にCDからシェアを奪いました。

アナログレコードは音楽の持つストーリー性を伝えてくれる商品です。好きなミュージシャンを深く知りたいという思いが消費者をアナログレコードに惹きつけます。部類の音楽好きとして知られる作家の村上春樹さんはアナログレコードへの思いをこんな風に語っています。

ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』なんかは、A面B面をひっくりかえす間とか、最内周での繰り返しなど、レコードの特質を活かしたつくりがされていて、それをCDで聴いてしまうと「なんか違うな」という感じがつきまとうんです。

村上春樹「雑文集」余白のある音楽は聞き飽きない、より抜粋

曲を飛ばしたりシャッフルできるCDやストリーミングと違い、アナログレコードは基本的に曲を順番に聴かなくてはいけません。その非効率性こそがミュージシャンの「この順番で聴いてください」というメッセージです。「単体としては好みでないけどアルバムを通して聴いたら何気にいい曲だった」。こんな経験はアナログレコードを持っている人ならあるのではないでしょうか。

それと「ジャケ買い」という言葉があるように、ジャケットのカッコよさに惹きつけられて衝動買いする人も多いと聞きます。英BBCが数年前に行った調査では、アナログレコードを購入した人の48%はまだ再生していないと回答しており、うち15%はプレーヤーさえ所有していないと答えているようです。

音楽のストーリー性を伝えてくれるもう一つの存在が「ライブ」です。今の音楽市場の主役はライブです。そのライブがコロナ禍で苦しい状況に陥っています。ライブに行けない分、音楽のストーリー性に飢えた消費者がアナログレコードに向かっているのかもしれません。

② 若者の支持

アナログレコードの購買層は圧倒的に若者です。米国のマーケティング会社「MusicWatch」の調査によると、アメリカにおけるアナログレコードの購入者は34歳以下の若者が全体の約6割を占めているようです。私のようなアナログレコード世代のオヤジが一生懸命購入しているわけではなさそうです。

デジタルネイティブ世代であるがゆえに、アナログレコードの持つ所有感やジャケットの魅力が新鮮なのかもしれません。しかもミレニアル世代やZ世代は自分が素晴らしいと感じたものを大事にする「自分ごと意識」の強い世代です。ストリーミングで引っ掛かり、ネットで調べるうちにそのミュージシャンのストーリーや音楽性に傾倒し、アナログレコード店に走るという姿が想像できます。

以前私はHMVのアナログレコード専門店「HMV Record Shop渋谷」を訪れたことがあります。60年代から90年代を中心とした洋楽から新譜の邦楽レコードまで約8万点の商品が取り揃えてある店舗です。入店客は皆一心不乱にお目当てのレコードを探しており、そのほとんどが20~30歳代と思われる若者層でした。

レコード店

③ 音の魅力

アナログレコードがオーディオマニアから支持されているのは誰もが知るところです。アナログには特有の音の質感や艶があるといわれ、そこに惹かれるのでしょう。

私も音の生々しさのようなものは、生ライブかアナログレコードでしか味わえないものだと思います。アナログレコードをかけるとギターが弦を移動するときの音まで感じ取れ、目の前にミュージシャンが演奏しているような感覚にゾクッとすることがあります。

一般に人に聞こえる周波数の範囲(可聴域)は、低い音で20Hz、高い音で20kHzくらいと言われます。CDは20kHz以上の高周波域をカットしているのに対し、アナログレコードは可聴域外もカバーしているようです。その人間の耳に聞こえない部分を「音の温かみ」として感知するのではないかと言われています。

やや論点がずれますが、この人間の感知できる範囲だけを取り出すことの危うさは、経済やビジネスにも通ずるものがあるような気がします。不便益という言葉があるように、一見無駄と思われるものにもしっかり役割があり、それらをひっくるめた全体にこそ真の価値がある。「全体は部分の総和に勝る(アリストテレス)」「価値あるものすべてが数えられるとは限らない(アインシュタイン)」などの名言を想起させます。

④ 手触り感

4つめの要因は「手触り感」です。先ほどのジャケ買い心理とも関係しますが、人とリアルで触れることが難しくなったコロナ禍の今だからこそ、物質的なモノに触れたいという欲求が高まっているのかもしれません。

コロナ禍で手触り感を求める行動は読書の行動にも表れています。「コミックは電子書籍で読むけど、小説は紙の本で読みたい」。こうした人が増えているようです。電子書籍ではなくあえて紙の本で読むことで、著者や本の世界との距離が縮まる感じがする。ジャケ買い心理と同じだと思うのですが如何でしょう。

【教訓】「失われた30年」の悲劇を繰り返さないために

実はアナログレコードが辿った悲劇は、今コロナ禍を乗り切らなくてはならない外食企業にも多くの教訓を残しています。その教訓を生かさなければ、外食企業もアナログレコードと同じ悲劇を辿る可能性があります。

その教訓とは「本来の価値を忘れないこと」です。

音楽業界やメーカーはアナログレコードの価値を消費者に十分伝えてきませんでした。アナログレコードの価値をしっかり伝えていれば「失われた30年」ほどの悲劇は起きなかったはずです。CDとアナログレコードの相乗効果で音楽市場はもっと盛り上がっていたかもしれません。

外食企業は今、テイクアウトやデリバリーの導入で必死に危機を凌いでいます。外で楽しい空間を提供する外食企業が真逆の内食サービスをしているわけです。テイクアウトやデリバリーも便利で良いとの声も増え始めています。

この状況が長期化したらどうなるでしょう。それは本来の価値を発揮できなくなった外食企業が内食サービス企業になるということです。外で楽しい空間を提供する外食企業が利便性を提供する内食サービスを行う。価値の逆転です。これは音楽業界がアナログレコードというストーリー価値を捨て、CDという機能価値に切り替えた80年代後半の姿と重なります。

外食企業がアナログレコードの悲劇にならないためには、苦しい中でも外食の魅力を伝え続けること、つまり「本来の価値を忘れないこと」にあるのではないでしょうか。