AIがエントリーシートを選別し、残った候補者を対面面接で評価する──。今注目されているAI採用のプロセスはこうした流れです。一見効率的に見えるこの順序に、実は致命的な落とし穴が潜んでいます。問題はAIそのものではありません。AIをいつ使うか、という「順序」の問題です。
AI採用の現状|就活生の約8割、企業の5割超がAIを活用
マイナビの調査によれば、2026年卒の就活生のうちAIを利用した経験があるのは82.7%にのぼり、わずか2年前の39.2%から倍増しました。さらに2027年卒を対象とした直近の調査では、生成AIを利用しない学生はわずか3%という数字も出ています。
企業側も動いています。ソフトバンクはAI分析を使って一次選考の時間を70%削減し、横浜銀行はエントリーシート(ES)のスクリーニング工数を40%減らしたそうです。日経ビジネスの調査では、「新卒採用の業務をAIで効率化できると思う」と答えた採用担当者は54.8%にのぼります。企業側のAI活用への期待は、すでに過半数を超えています(下図)。
AIを活用した新卒採用で効率化できると思うか

数字だけを見れば、AI採用は順調に効率化を進めているように映ります。しかし、ここで見落とされている問題があります。「AIで何を効率化しているのか」「AIはどの段階で活用すべきなのか」といった根本的な問いです。
AI先行の問題点|なぜ「似た人材」しか残らないのか
現在の主流は、AIで書類選考を絞り込み、残った候補者を対面面接で評価するというプロセスです。一見、合理的に見えます。しかし、この順序には致命的な欠陥が潜んでいます。
AIは過去の採用データを学習し、「これまでの優秀な社員」に近い人物を高くスコアリングします。つまり本質的に、過去の成功パターンの再現装置です。そのフィルターを通過した候補者は、入り口の時点ですでに一定の均質性を帯びています。
そこへ対面面接を加えても、多様性は生まれません。採用担当者がいくら直感を働かせようとも、それは「似た人材の中での微差の選別」に過ぎなくなります。直感の出番は最後に残されていますが、直感が本来機能すべき広い母集団は、AIによってすでに刈り込まれているのです。
20世紀の傑出した経営者でAIの書類選考を通過できた人物が何人いるか──。そう問えば、この問題の深刻さは直感的に伝わるでしょう。採用AIは「平均の最適化装置」であり、構造的に異質な人材を弾きます。多様性の喪失は、採用担当者の意識の問題ではなく、プロセスの設計そのものに埋め込まれています。
面接でAI評価に反対が47%|データが測れない「人材の本質」データで測れないもの
マイナビの調査では、企業が面接内容をAIで評価することへの反対意見が47.5%に達し、「人に評価してほしい」という学生が41.2%を占めました。興味深いのは、書類選考へのAI活用には比較的寛容である一方、面接への適用には強い抵抗感があるという非対称性です。
これは単なる感情論ではありません。人々は経験的に、面接の場に「データに乗らない何か」があることを知っています。
- コミュニケーションの熱量
- 場の空気を変える存在感
- 言葉の裏にある意志
──これらは数値化できませんが、組織の未来を左右することがあります。
哲学の言葉を借りれば、これは「分析できるもの」と「直感でしか捉えられないもの」の違いです。フランスの哲学者ベルクソンは、直感によって捉えた生きた現実を後から分析することはできるが、分析によって切り刻んだものを生きた現実として取り戻すことはできない、と論じました。解剖した生命体は復元できない、ということです。採用に引き直せば、AIが分析・選別した候補者群から、もともとの「生きた多様性」を取り戻すことはできません。直感は、分析の前にこそ機能します。こうしたエビデンスが判断の「唯一の根拠」になることの問題は、採用の場面に限りません。
ロート製薬「Entry Meet採用」|一期一会を選考の起点にする理由
こうした問題意識を実践の形で体現しているのが、ロート製薬が導入した「Entry Meet採用」です。AIによるエントリーシート選考を廃止し、学生との直接対話から選考をスタートさせるこの仕組みは、一見すると非効率に映ります。大量の応募者にリーチするAIの強みを、あえて手放しているからです。
しかしこの試みの本質は、「一期一会の出会いを選考の起点に置く」という設計思想にあります。茶道に由来するこの言葉が示すように、二度と繰り返せない邂逅だからこそ、そこに真剣な眼差しが宿ります。担当者が対話の中で感じた印象や手応えを起点に選考を進め、必要に応じて後からデータで補完・検証する。大量の人材へのリーチは狭まるかもしれませんが、出会いの質と深さは格段に上がります。
この順序であれば、AIは均質化の装置ではなく、人間の直感を豊かに補完するツールとして機能します。カントの認識論になぞらえれば、感性(出会い・直感)が先にあり、悟性(データ分析)がそれを整理し、理性(総合的な判断)が最終決定を下す──という本来の認識の順序を取り戻す試みだとも言えます。
問題はAIの存在ではなく、AIをどの順序で使うかです。AIが均質化を進める時代だからこそ、人間にしか持てない「時間と経験の蓄積」が価値を持ち始めています。
AI依存が採用担当者の「直感」を劣化させる
ただし、ロートの試みが真に機能するには、前提条件があります。採用担当者自身が、「研ぎ澄まされた人を見る目を持っていること」です。「この人には何かある」という直感は、誰にでも自然に宿るものではありません。経験を積み、多様な人物と向き合い、自分の判断を内省する繰り返しの中で育まれる「経験知」です。AIへの依存が職場のコミュニケーション自体を変えつつあることは、採用の文脈だけでなく、日常の職場でも静かに進行しています。
ここにエビデンス重視の採用プロセスが抱える、より深い問題があります。大量のエントリーシートをAIが処理し、スコア付きのリストを受け取るだけの日常を繰り返せば、採用担当者が人を読む機会は減り、その能力は自然と鈍化していきます。データを読む能力は上がりますが、人を読む能力は下がるのです。そしてその劣化は、数値では計測されません。
ニーチェは、人間の生には、秩序や論理だけでは捉えられない衝動や熱量があると論じました。採用の文脈に置き換えれば、優れた採用担当者とは、その測れない部分を感知できる人間だということになります。AIへの過度な依存は、まさにその感知能力を組織から静かに奪っていきます。
AI採用の正しい使い方|直感が先、AIは後
AI採用の議論は「AIか、人間か」という二項対立に陥りがちです。しかしそれは問いの立て方を誤っています。
正しい問いは「直感が先か、分析が先か」です。直感が先にある場所では、AIは強力な補完装置になります。直感のない場所では、AIは均質化の装置として機能するだけです。
採用効率の向上は、それ自体は正しい目標です。しかし効率化の恩恵を本当に享受したいなら、まず問うべきことがあります。自社の採用担当者は、データの外にある「何か」を感知する力を持っているか。そしてその力を、日々の業務の中で鍛え続けているか。
AIが採用現場に深く入り込んだ今だからこそ、その問いは重みを増しています。
理想のモデルへ|多様性と効率性を両立する直感主導・AI補完型
採用の効率性と人材の多様性を2軸に置いてみると、各モデルの位置関係が鮮明になります。
採用モデルのパターン

AI先行型は効率が高い一方で多様性を失い、ロート式は多様性を確保する一方で効率に課題が残ります。しかしロート式の発展形として、「直感主導・AI補完型」とも呼ぶべきモデルが見えてきます。一期一会の直接対話で候補者と出会い、その直感的な印象を起点として、後からAIで適性を検証・補完する。この順序を徹底すれば、多様性と効率性の両立──マトリクスの右上──を狙うことができます。
問題はAIそのものではありませんでした。AIをいつ使うか、という順序の問題でした。直感が先にある組織では、AIは人間の判断を豊かにする道具になります。その逆では、AIは静かに組織を均質化していきます。採用担当者の直感を磨き続けながら、AIを補完として使いこなす──それが、エビデンス社会における採用の、ひとつの誠実な答えではないでしょうか。
まとめ|AI採用で「順序」を変えるだけで採用の質は変わる
AI採用の普及は止まらないでしょう。しかし本稿が示したのは、AIの問題ではなく「順序」の問題です。要点を整理します。
- AI先行型は効率が高い反面、入口で均質化が起き、多様な人材が弾かれる
- 直感先行型(ロート式)は多様性を確保できるが、効率に課題が残る
- 直感主導・AI補完型は両者の長所を組み合わせ、多様性と効率の両立を狙える
ただしこのモデルが機能するには、採用担当者自身の「人を見る直感」が前提になります。AIへの依存が続けば、その直感は静かに劣化していきます。
採用とは、データの最適化ではなく、未来の仲間を探す行為です。直感を磨きながらAIを補完として使いこなす──その順序を意識するだけで、採用の質は変わるはずです。

