企業とアートの関係が大きく変わろうとしています。コンサートホールや美術館などへの資金支援・寄付にとどまらず、職場の休憩室にアートを飾ったり、アート活動を通じて地域の人々と交流を深めるなど、自ら主体的にアートに関わろうとするケースが増えています。アートにはどのような力があるのか、企業はアートに何を見出そうとしているのか──企業とアートの関係性について考えます。
支援型から参加型へ
2011年、企業メセナ協議会は企業メセナの定義を「芸術文化支援」から「芸術文化振興による社会創造」に変更しました。資金支援を中心とした芸術文化支援にとどまらず、広く社会創造のためにアート支援に深く関わる──企業とアートの関係が支援型から参加型に変化していることを象徴しています。
実際、参加型のアート活動の事例は増えています。株式会社デンケンは24年4月に大分県立美術館で開幕した「つくる展」に寄付を行い、地元の子どもたちにモノづくりの楽しさを知って貰おうと、小中学生を入場無料とするデンケンプレゼンツを実施しました。
働く場所にアートを取り入れる企業も増えています。戸田建設は若手アーティストの交流や発表の場を作り、アートを学ぶコミュニティ形成に取り組んでいます。24年9月に完成した超高層ビル「TODA BUILDING」では来訪者が自由に鑑賞できるパブリックアートを配置、社員と市民が交流できる空間になっています。
アートがもたらす「3つの力」
企業が本業とは直接関係ないアートにここまで前向きに取り組むようになったのはなぜでしょう。一因としてSDGsをはじめとする企業の社会的役割が増してきたことがあげられます。一方、上記の戸田建設の取り組みをみると、アートが社員にポジティブな影響を与えている様子がみてとれます。そこにはアートの持つ3つの力が関係しています。
①「中断」
アートの持つ力。一つめは、その場にとどまらせる力「中断」です。電子部品製造業者リード(横浜市)の各工場には大きな壁画があり、社員は壁画の前を通るたびに立ち止まって絵を見つめるそうです。次の瞬間、煮詰まっていた企画のアイデアが降りてくる──そんな姿が想像できます。
「膨大な業務処理に追われる」「常に理由や正解を求められる」「ネット情報に思考がかく乱される」──現代のビジネスパーソンはいつも何かに追われ心が落ち着く暇がない。言うなれば、朝から高速道路を走らされているようなものです。
加速的な処理を迫られる企業社会の中でアートのある空間は、高速道路の中の「パーキングエリア」のようなものです。データと効率に追われる現代人が感性を取り戻すためにいかに「中断」が重要かは、イチローの警告を論じた記事でも詳しく考察しています。
②「没入」
アートの力、二つ目は「没入」です。没入とは自身の「内なる声」に耳を傾ける行為です。ドラマ「孤独のグルメ」の井之頭五郎は『腹が減った、今日の俺の胃袋はなにを求めているのか』──と内なる声と対話します。彼はスマホでおススメ店を検索したりしません。意識のスイッチをオフにして感覚世界に入り込む「ソロ活」も、この井之頭五郎の姿に凝縮されています。
「目の前に現れているが、見えていない何か」に触れる芸術体験も、内なる声との対話「没入」です。優れたアート作品は見るたびに印象が変わるものです。アート作品に没入すると様々な内なる声と向き合うため、仕事についても「正解は一つではない」と教えてくれます。職場にアート作品を置く企業が増えているのも、正解に縛られない自由な発想を促す意図があるからです。
没入によって私たちは「自由意志」を取り戻すことができます。現代社会ではAIが自分に代わって意志決定してくれるため、井之頭のように内なる声に従って意志決定する「自由意志」の出番は極端に少なくなっています。
最近は企画のアイデアもAIに聞くような時代です。しかしAIの企画は理路整然としていますが、イノベーションにつながるような奇抜で斬新なアイデアは出てこない。それも当然、AIが出すアウトプットはあくまで過去のデータの組み合わせに過ぎないからです。連続性に非連続性を加えるのは人間の役割であり、非連続性は自由意志がなければ生まれません。社員の自由意志をアートが呼び覚ますことによって、イノベーションが生まれる可能性も高まるのです。AIには持てない「時間の積み重ねと感性」こそが希少価値になるという議論も、同じ問題意識から生まれています。
④「包摂」
アートの持つ力、三つ目は「包摂」です。多様な人の考えを尊重し、創造性や革新的な発想を促進する──アートのある空間は包摂性をもたらします。
企業が取り組むダイバーシティ&インクルージョンにおいて最も難しいのがインクルージョン(包摂性)と言われます。女性役員や障害者雇用といったダイバーシティは進んでも、様々な違いを受け入れ、認め合い、尊重し合うインクルージョンの成否は個々の社員の意識レベルにかかっているからです。ハンナ・アーレントが「他者との対話と協力こそが人間らしさの源泉」と論じたことも、このインクルージョンの本質を指しています。
先のようにアートは「様々な内なる声」と向き合う没入体験をもたらします。没入体験をした社員が増えることにより、意見の異なる他者を認め尊重する組織風土が自然と醸成されます。アート作品のある会議室でブレストミーティングを行うと盛り上がると聞きます。アートがその空間に包摂性をもたらしている証拠です。
つながる場「アートプレイス」へ
高速道路から降り(中断)、内なる声と対話し(没入)、他者を認めて尊重する(包摂)──アートの持つ3つの力が企業を元気にすることがわかってきました。そうした中、次の方向性として注目されているのが、芸術のある場・つながる場としての「アートプレイス」です。アートは損得勘定を超えて人々をつなげる力があることがわかってきたからです。
これまでアートプレイスと言えば、企業が協賛・運営する美術館や芸術イベントがでした。企業の主たる役割はスポンサーです。しかし冒頭にあるように、昨今は社員が自らアート活動に参加して地域の人々とコミュニティを形成するパートナーとしての役割期待が増しています。デジタル化によって希薄になった近所付き合いを取り戻す手段として、アートプレイスが果たせる役割は大きいはずです。
例えばベネッセが運営する「ベネッセアートサイト直島」のように、地域の中に様々なアートプレイスを置くことで企業と住民のつながりが生まれ、住民を巻き込んだ観光サービスが実現する成功例もあります。企業アンケートをみても、企業がアート活動を通じて様々なステークホルダーとの関係を育み、じっくり味方を増やしていこうとする姿勢がみてとれます(下図)。
地域コミュニティの再生は喫緊の課題です。つながる場としてのアートプレイスに期待したいところです。
企業がメセナ活動で重視する点

まとめ
企業とアートの関係は、資金支援という「スポンサー」の立場から、社員と地域住民が共にアートに参加する「パートナー」へと確実に変化しています。その背景には、アートが持つ「中断・没入・包摂」という3つの力への期待があります。
データと効率に追われ、常に正解を求められる現代のビジネスパーソンにとって、アートのある空間は高速道路のパーキングエリアです。そこで立ち止まり、内なる声に耳を傾け、他者の多様性を受け入れる──この体験の積み重ねが、イノベーションを生む組織風土を育てます。AIがいくら理路整然としたアウトプットを出しても、非連続性を生む自由意志はアートなしには育ちません。
そしてアートプレイスが担う役割は、企業の中だけにとどまりません。損得勘定を超えて人々をつなげるアートの力は、希薄になりつつある地域コミュニティの再生にも貢献できるはずです。企業が地域に根差したアートプレイスをつくり、社員と住民が共にアートに関わる場を育てていくこと──それが、これからの企業とアートの関係の姿です。
支援から参加へ。この変化は、企業が社会の一員として地域と共に生きることを選んだことの表れでもあります。


