食パン

まだまだ続くよ「食パンブーム」 -まちのパン屋さんに巻き返しのチャンス

【記事のポイント】

  • コロナ禍では「食パン」の支出が増加した。
  • 家族そろっての朝食機会が増えたことで、切り分けできる食パンの人気が強まった。
    ⇒「調理パン」や「菓子パン」の支出は減少
  • 自宅での「手作りパン」人気で小麦粉の支出も増加
  • 食パンは土日休日に支出が増加する。
    ⇒ 「ハレの日消費」としての食パン
  • 遠出が難しいコロナ禍では「まちのパン屋さん」に巻き返しのチャンスが来ている。

巣ごもり需要が追い風に

家族全員の朝食で「食パン」が人気

コロナ禍では自宅で食べる内食関連の食品支出が大きく伸びています。その中でも目立って支出が増えているのが「食パン」です。

下のグラフは家計の食パン支出額を2020年と2019年で比較したものです。特に増加が目立つのは多くの人が自粛による巣ごもり生活を強いられた緊急事態宣言中の4月と5月です。その後も食パン支出は堅調に推移し年末は再び急増しているのがわかります。

「食パン」支出額の推移

「食パン」支出額の推移

なぜコロナ禍で食パン支出が急増したのでしょう。理由の一つは、

朝食を食べる人が増えたこと

です。長距離通勤で朝食をとる余裕がなかった人も、在宅勤務になってから朝食を取るようになったと聞きます。ただ朝食を食べる時間ができたとはいっても、ご飯に味噌汁とおかずを用意するのはさすがにハードルが高い。そこで選択されたのが、手軽に食べられるパンということなのでしょう。かく言う私も朝食はパンとコーヒー派です。

もう一つの理由は「食パン」と関係があります。下のグラフにあるように、支出が急増したのは「食パン」であり、調理パンや菓子パンなど食パン以外のパンの支出は伸びていないのです。

緊急事態宣言中は「家族全員在宅」という家庭も多かったと思います。家族全員で朝食を取る場合、全員分の調理パンを用意するのはとても経済的とはいえません。食パンは家族全員で切り分けるのに最適な食品ですので需要が高まったのは当然です。

「調理パン・菓子パン(食パン除く)」支出額の推移

「調理パン・菓子パン(食パン除く)」支出額の推移

背景には「高級パンブーム」

コロナ禍でも順調に伸びている食パンですが、背景にあるのは7年以上続く高級パンブームです。

高級パンブームの出発点は2013年にさかのぼります。ブームをけん引する大阪発祥の「乃が美」、「セントル ザ・ベーカリー(東京銀座)」も2013年にオープンしています。セブン-イレブンのヒット商品「金の食パン」が発売されたのも2013年です。

移動販売する焼き立てのメロンパンなど、過去にも何度かパンブームはありましたがそれほど長続きしませんでした。今の高級パンブームは7年経過しても衰える兆しはなく、これまでにない息の長いブームとなっているのが特徴です。

このようにコロナ禍での食パン支出の増加には息の長いパンブームが背景にあります。息が長い分だけ食パンが私たちにとってより身近な食べ物になっているということでしょう。

コロナ禍が引き出すパンの新たな魅力

コロナ禍でますます人気が集まる食パン。興味深いのはコロナ禍がこれまでとは違う食パンの魅力を浮かび上がらせている点にあります。食パンの魅力を再発見することで食パンブームは文字通り「終わらないブーム」になるかもしれません。

「手作りパン」で体験価値

コロナ禍が引き出したパンの新たな魅力。それは何でしょうか。

一つは「体験価値」が加わったことです。下のグラフは家計の小麦粉の支出額を昨年同時期と比較したものですが、3月から6月にかけて急増しているのがわかります。特に5月のゴールデンウィーク中は前年の3倍以上も支出が増えています。

家計の「小麦粉」支出額の推移

家計の「小麦粉」支出額の推移

小麦粉の支出が急増した理由の一つが「手作りパン」です。私自身はまだパン作りをしたことがないのですが、自粛期間中に家族いっしょにパン作りを始めてとても楽しかったという声はよく耳にします。

特に緊急事態宣言期間中は「外出はできない、友だちにも会えない、家でゲームばかりしているのも飽きた」ということでストレスがたまったお子さんも多かったはずです。

身近な人と時間をかけて何かを作って楽しく過ごしたい

こうしたニーズにうまくはまったのが「手作りパン」ということなのでしょう。

不安な状態で身近な人とパン作りを楽しむ。こうした傾向は社会心理学の面からも説明できるようです。社会心理学者のシェルドン・ソロモン教授によると、人は死を想起させる状態におかれると、見た目や考え方が近いもの同士で「一緒にいたい」という欲求が刺激されるそうです(「死の顕現化」と呼ぶ)。コロナ禍のような不安な心理状態では、身近な家族と一緒にいたいという心理が働き、その手段として「手作りパン」が選択されたと考えることもできそうです。

また「紙の本」が売れているように、コロナ禍では何かリアルなモノに触れたいという人々の欲求が高まっています。コロナ禍で失われたリアルな感覚を取り戻すのに手作りパンは最適なのかもしれません。Google trendで「手作りパン」と入力してみてください。検索数は4月から5月にかけて急増しているのがわかるでしょう。

大好きなパンを自分の手で作る

パンを素材の小麦粉から作ることで、小麦粉の種類や生産地などパンに対する理解も深まります。お店でパンを選ぶときの目線も変わってくるかもしれません。パンを作る職人さんがどんな人なのかという点も興味がわいてくるはずです。これは手作りによる体験価値がパンの意味的価値を引き出しているともいえます。

土日祝日に食パン支出が増える

コロナ禍で強まった食パンの魅力。二つ目は「ハレの日消費」の側面が強まったことです。

今の消費者はその時々で様々な顔を見せます。コーヒーを例にとると、仕事中はコンビニの100円コーヒーや缶コーヒーを購入し、週末になるとブルーボトルコーヒーのような店舗で豆や産地の違いを味わいながらコーヒーの味とストーリーを楽しむといった具合です。消費者の日常から非日常までカバーすることで多様な生態系を形成しているのが今のコーヒー・カフェ業界の姿です。

今のパン市場でもこれと同じことが起こっています。平日は会社帰りに近所のコンビニやスーパーで翌朝に食べるパンを買い、土日祝日は友人や家族らと一緒に少し遠出して話題の高級食パン店に足を運ぶといった具合です。前者が日常使い、後者がハレの日消費としてのパンです。ここ数年は平日より土日祝日のほうがパンの支出額が多くなる傾向にあります。

この傾向を強めたのがコロナ禍です。コロナ禍は日常だった外出を非日常的な行動に変化させました。外出が非日常となったことで、私たちは外出により楽しみや意味を求めるようになっています。買い物も外出の一つです。私もせっかく外に買い物に行くなら楽しみたいと思うようになりました。

下のグラフは平日と土日祝日の食パン支出額の変化をみたものです。もともと平日より土日祝日のほうが食パンの支出が伸びる傾向があったのですが、コロナ禍でよりその傾向が強まっているのがわかります。

平日と土日祝日の食パン支出額の変化率(前年同月比)

平日と土日祝日の食パン支出額の変化率(前年同月比)

「まちのパン屋さん」に風が吹く

高級パンより近所のパン屋さん

このようにコロナ禍は、「体験価値」と「ハレの日消費」としての食パンの魅力を引き出しました。

素材の持つストーリー性が味わえるハレの日消費にふさわしいお店と言えば「高級パン店」です。ハレの日消費の増加で高級パン店の人気がより強まるのでは、とのシナリオが浮かびます。

しかし今はコロナ禍です。以前のように遠出して話題の高級パンに行くことはそう簡単にできません。もちろんテイクアウトで高級パン店の食パンを購入する動きは強まっていますが、外出による楽しみは得られません

コロナ禍で人々が外でパンを購入する場所といったらどこになるでしょう。おそらく、近所にある「まちのパン屋さん」やスーパー、コンビニといったところでしょう。その中でも私が注目しているのは、

「まちのパン屋さん」です。

まちのパン屋さんにとってコロナ禍は巻き返しを図る絶好のチャンスではないかと感じています。

「おいしさ×地域性」で元気なまちのパン屋さんに戻る

まちのパン屋さんはパン市場の中でどのような位置にあり、今後プレゼンスを高めるにはどうしたらよいのでしょう。

空前のパンブームが続いているにもかかわらず、まちのパン屋さんの経営は苦しい状況が続いています。2019年のパン製造小売業の倒産件数は37件と前年比で37%急増し、2000年の調査依頼過去最多を更新しました。特に長く地域に根差した「まちのパン屋さん」が次々苦境に追い込まれています。

なぜまちのパン屋さんは厳しい状況にあるのか。下の図にあるように、まちのパン屋さんやベーカリーチェーンは、高い品質とストーリー性を持つ高級パン店と気軽さ便利さで優位に立つコンビニパンの板挟み状態にあります。これはサードウェーブ系カフェとコンビニ・コーヒーの狭間で優位性を失いつつある「個人経営の喫茶店」や「大手コーヒーチェーン店」と同じ構図です。

パン業界のポジション図

パン業界のポジション図

まちのパン屋さんはどのポジションを目指すべきでしょうか。手軽さと便利さでコンビニパンにかなわないのは明らかです。目指すべきは高級パン店が位置する「意味の市場」です。

といっても高級パン店のような高級素材を使った食パンを提供するのでは今の高級パン店に勝てないのは明らか。まちのパン屋の強み・魅力は「地域」に密着している点です。「おいしさ×地域性」でその店舗にしか出せない商品や店舗空間を届けることができれば、高級パン店とはまた違ったポジションを築くことができるのではないでしょうか。

例えば私もしばしば足を運ぶカタネベーカリー(東京代々木)は人気店であるにもかかわらず、あえて店舗拡充はしないそうです。地域に寄り添う小さなパン屋として顧客一人一人との会話を重視するスタイルを貫くことで意味的価値を高めています。

高級パンに負けない高品質のパンを作ろうとするのではなく、一呼吸置いて、何を顧客に届けたいのかを深く考える。コロナ禍を絶好の機会と捉え、再び元気なまちのパン屋さんに戻ってほしいと思います。