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”観光と住民の共存”を可能にする「泊食分離」とは - 街全体がひとつの宿になる

オーバーツーリズムが深刻化する中、「観光と住民の共存」が大きなテーマとなっています。それには、観光の利潤が地域全体に広がり、住民も観光に前向きになる「観光⇒地域経済⇒住民」という好循環が必要です。そこで近年注目されているのが「泊食分離」というビジネスモデルです。

泊食分離の5つのメリット

泊食分離とは、旅館などの宿泊施設において、宿泊料金と食事料金を別立てにすることで、「施設内だけでなく、近隣の飲食店や土産店の利用を促す」取り組みです。泊食分離がなぜ地域経済を活性化させ、住民の幸せにつながるのか。その理由を5つのポイントで解説します。

1.インバウンド客の「自由」と「満足」が増す

  • 「毎日同じ料理だと飽きる」
  • 「もっと自由に街歩きや飲食店巡りをしたい」

──長期滞在の外国人観光客からは以前からこのような声が上がっていました。

従来の旅館のスタイル(一泊二食付き)は安心感がある反面、食事の場所や時間が固定されるため、自由に街歩きを楽しむ時間があまり取れません。その点、宿泊分離であれば、食事は街の有名店に出かけ、帰りがてら街を散策し、土産店に寄って買い物を楽しむなど、自分のペースで自由に街歩きやショッピングを深く楽しめます。

観光庁のアンケート調査(2017年)によると、泊食分離を実施している宿泊施設の割合は全体の2割程度ですが、インバウンドに積極的に取り組んでいる施設では4割に上ります(下図)。インバウンド客をメインとする宿泊施設にとって、泊食分離はスタンダードな選択肢になりつつあります。

インバウンドの取り組み別にみた泊食分離の実施状況

インバウンドの取り組み別にみた泊食分離の実施状況
(出所)観光庁「宿泊施設の地域連携に関する調査」

2.「稼働率」と「収益性」が改善する

日本の旅館の大きな課題は、ビジネスホテルに比べて稼働率が低いことです。7割以上の稼働率を維持するビジネスホテルやシティホテルと比べ、旅館の稼働率は4割に満たない状況です(下図)。

泊食分離は稼働率を上げる効果があります。食事の提供がなくなることで客単価は下がりますが、素泊り客や連泊客が増えるため、宿泊者数は増加します。稼働率が上がることでトータルの収益性は向上する可能性が高まるのです。

宿泊施設タイプ別の客室稼働率(2024年)

宿泊施設タイプ別の客室稼働率(2024年)
(出所)観光庁「宿泊旅行統計調査」

3.地域全体でお金が回る

泊食分離の最大のメリットは、地域全体でお金が循環する点にあります。

観光業は本来、地域経済を担う地元企業が一体となって取り組むものです。しかし近年は人気のある高級旅館に観光客が集中し、地元の飲食店や土産店に観光客の姿がないという事態も生じています。泊食分離によって観光客が街に姿を表すようになれば、地元の飲食店や土産店の売上が上がり、地域全体でお金が回る仕組みができます。

泊食分離は観光サービスを地元企業同士で分担する事業シェアです。地元企業同士のつながりも強化され、観光客に他店を紹介するようなムードも生まれやすくなるでしょう。泊食分離の効果について宿泊施設に尋ねると、「地域が活性化した」という声が多いのです(下図)。

街全体が活性化すれば旅館にもプラスになる──。こうした感覚がもてるようになれば、旅館が近隣の店を紹介するといった「連携」が生まれ、地域全体がひとつの大きなホテルのような、一体感のあるおもてなしも可能になります。

泊食分離を実施したことによる効果

泊食分離を実施したことによる効果
(出所)観光庁「宿泊施設の地域連携に関する調査」

4.住民が観光を「自分ごと」と捉える

泊食分離を通じて地元企業同士が手を取り合うようになれば、その熱量は住民にも伝播します。観光業で働く人の多くは住民だからです。仕事を通じて地元の観光事業に関わる機会が増えると、一住民としても観光を「自分ごと」と捉えるようになります。

観光は「よそ事」ではなく「自分たちの暮らしを豊かにするもの」と実感する。こうして住民自身が主体的に観光客を歓迎するポジティブなサイクルが生まれます。休日も様々な観光イベントに参加するようになり、インバウンド客と住民の交流機会も自然と増えてくるはずです。

5.オーバーツーリズムを抑制する

インバウンド客が集中する一部の地域では、過度の混雑や騒音、路上等へのゴミのポイ捨て、写真撮影を目的とする私有地への無断侵入などのマナー違反が多発、地域住民の生活を脅かしています。マナー違反が起こるのは、インバウンド客の関心がもっぱら観光名所やインスタ映えする料理などに向いているからです。彼らの視界には住民の姿はありません。

宿泊分離はインバウンド客の視界に住民が入ってくる機会を増やします。住民との深い交流が増えると、特定のスポットへの一極集中が避けられ、自然と敬意を持った行動につながるはずです。地域住民は日本文化の伝道師でもあります。住民が地域の奥深さを伝えることで、インバウンド客は「この土地を想う旅人」となる。そうなれば、ゴミのポイ捨てなどできるはずがありません。

泊食分離の成功例

「泊食分離」はもはや理論だけではありません。栃木の塩原温泉、島根の有福温泉、北海道の登別温泉など、泊食分離を実施する地域は増えています。なかでも泊食分離を地域活性化につなげている2つの成功例を見てみましょう。

街全体でもてなす「和倉温泉」

泊食分離の成功例として知られるのが「和倉温泉(石川県七尾市)」です。和倉温泉に宿泊し、夜の食事は市街の飲食店で楽しんでもらう「まち食STAY」は、コロナ禍の2020年11月にスタートした事業です。飲食だけでなく、街のプロジェクトマッピングなど観光スポットを自由に巡るコースも用意されています。街全体でもてなす観光サービスは魅力的な体験を求める観光ニーズにマッチしています。

泊食分離は地元企業との連携が不可欠です。和倉温泉は同事業を通じて、旅館、飲食店、観光施設、タクシー業者、小売店など観光サービスに携わる事業者間の交流・連携が高まりました。競合店でも食材やアイデアの情報を共有しようとするムードも生まれているようです。

和倉温泉は現在、能登半島地震による甚大な被害により、21の旅館のほとんどが営業再開できていません。しかし地元の若手経営者らは自発的に「創造的復興ビジョン」を知事に提出するなど、復興への熱量は高いようです。強い地域エコシステムは「危機時に強い」地域を作ることを示しています。

商店街まるごとホテル「SEKAI HOTEL」

泊食分離を商店街の中で展開しているのが、クジラ株式会社(大阪府大阪市)が手掛ける「SEKAI HOTEL(セカイホテル)」です。同ホテルは商店街周辺の空き家・空きテナントをリノベーションし客室として再活用。夕食・朝食は商店街の飲食店、大浴場は銭湯という具合に、商店街をまるごとホテル化しています。

宿泊者はホテルの廊下を歩くように地域住民の行き交う商店街を歩き、行く先々で地域の歴史・風土・文化などに触れられ、地域住民の一員になったような体験ができるのです。

商店街のお店同士の関係性にも変化が起きています。ホテルのスタッフがハブとなることで、各商店の交流・連携が深まり、「商店街が盛り上がれば店の売上も増える」という意識が共有されています。

【まとめ】泊食分離は地域を「再接続」する

「宿だけ」「店だけ」では、観光客が求める「心に残る体験」は提供できません。地域のお店が一体となって価値を発揮することで、観光客が求める魅力的な体験サービスを提供する。──和倉温泉とセカイホテルの例は、泊食分離によってバラバラだった地元企業をひとつのチームに「再接続」し、住民と観光客の接点を増やすことで「観光と住民の共存」が実現できることを示しています。

泊食分離は、単なる効率化の手段ではありません。衰退しかけた地域を再び輝かせる、強力な「地域再生の事業モデル」として、今後さらに広がっていくでしょう。


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