高齢夫婦の旅行

シニア不在のGoToトラベルの厳しさ - シニアを旅行市場に戻す準備をしよう

GoToトラベルで置き去りのシニア

7月22日から開始したGoToキャンペーンのトラベル事業。10月からは東京発着分が追加されて宿泊者数も徐々に戻り始めているようです。

私はまだ利用していないのですが、GoToを利用した人の話を聞くと、みなさん口々におっしゃるのが「旅行先にシニアがいない」です。

当然といえば当然です。7月に菅(元)官房長官は、GoToトラベルの利用について、20代以下の「若者」と重症化リスクの高い60代以上の「高齢者」の団体旅行は控えるよう呼びかけています。個人旅行なら利用可能と言っているようですが、シニアの旅行は団体が多いので、必然的にGoToの対象から外れる人が多くなります。

重症化リスクのあるシニアが旅行を控えること自体は決して非難されるべきものではありません。ただ私はシニア不在の今の旅行市場にもっと違和感をもっていいのではないかと思うのです。新聞・メディアもGoToトラベルの現場は取材していても、シニア不在の旅行市場を問題視した記事はみたことがありません。

旅行が唯一の楽しみというシニアは多いです。私も年に一回、両親と旅行に行くことにしていますが、今年は感染リスクを警戒して取りやめにしました。楽しみが奪われたせいか、私の母親はがっかりと気を落としています。コロナ禍の旅行はリスクがあることは頭ではわかっていても、この状態がいつまで続くのか先の見えない不安があるのだと思います。

コロナ禍が収束・終息すれば再び楽しい旅行ができる。こうした明るいイメージが今のシニアには必要なのです。

旅行市場の半分はシニアが支えている

GoToトラベルでいくら旅行需要を喚起しようとしても、シニア不在では元の水準に戻らないのは明白です。

シニアの旅行支出額は高いことが知られています。大和ネクスト銀行の調査によると、2019年に60-70歳代のシニア層が旅行に費やした金額は平均19.9万円であるのに対し、50代のシニア予備軍は平均14.7万円と5万円以上の開きがあります。

人口の約3割を占めるシニアが他世代より旅行に費やす金額が大きい。当然ながら旅行市場における存在感も大きくなります。下のグラフは旅行市場に占める割合を年齢別にみたものですが、GoToトラベルの利用を控えるよう言われた60代以上の旅行支出額は旅行消費の半分以上を占めています。

旅行市場におけるシニア消費の割合(2019年)

旅行支出額の年齢別割合(2019年)

旅行消費の半分以上を占めるシニアの旅行消費が蒸発状態にあるわけですので、GoToキャンペーンでいくら需要を喚起しようとしても、元の水準に戻らないのは明らかです。

シニアにとって旅行とは

楽しみのダントツ1位

ソニー生命保険が今年8月のコロナ禍に行った「シニアの生活意識調査」によると、「現在の楽しみ」についてシニア層に尋ねたときの回答1位は旅行(43.4%)だそうです。2位のテレビ/ドラマで34.6%ですので、旅行はシニアの楽しみの中でもダントツということです。

シニアにとって旅行は観光などを通じて自身の興味が満たせますし、何より家族や友人らと一緒に楽しめるコミュニケーションの場としてとても大事なものです。

シニアの旅行で団体が多いのは、旅行が友人らとのコミュニケーション空間となっている証左でしょう。団体だからこそ楽しめる旅行がGoToトラベルでは「団体は控えてください」と言われてるわけです。自分らは旅行に行ってはいけないのだな、と受け止めるのも無理ありません。

健康のサポート役

もう一つ、シニアにとって旅行が大事である理由は健康面です。現役時代では通勤や外回り営業などで歩く機会が多かった人も、リタイアすると意識しなければ運動しなくなると聞きます。

スポーツを趣味とする人であれば問題ないのでしょうが、シニアでスポーツをやる人はそう多くありません。その点、旅行はスポーツのようなハードルはないですし、必然的に歩くことが多くなるので適度な運動になります。旅行はシニアにとって貴重な運動機会であり、健康を維持する上で不可欠なものです。

緊急事態宣言は解除されましたが、重症化リスクのあるシニアは依然として外出自粛モードです。そうなると、体を動かす機会といえば散歩かスーパーへの買い物くらいになります。ネットスーパーの存在は知っていても、運動のためにあえてスーパーに行くというシニアの方は多いそうです。私も在宅勤務をしてわかったのですが、意識しなければ本当に運動しなくなります。

体を動かすことの重要性は東日本大震災(3.11)の経験からも言えることです。震災後の数か月で亡くなった方の多くは、ストレスや運動不足が原因と言われています。下のグラフにあるように、死因別にみると福島などの被災地では特に「心不全」で亡くなった方が多くみられます。

地震や津波で精神的ショックを受け、避難所や仮設住宅でプライバシーや睡眠も十分に確保できない。原発事故の影響で外出もままならないことで運動も不十分だったはず。ストレスと運動不足は心不全の原因となる血栓ができやすくなります。

都道府県別にみた「心不全」による死者数の変化(2011年)

都道府県別にみた「心不全」による死者数の変化(2011年)

シニアの購買力なしに旅行市場は回復しない

景気悪化で現役世代の消費には期待できない

先のように、旅行市場の半分はシニアが担っています。シニアが旅行市場に戻ってこない限り、観光宿泊業界の厳しい状況は続くでしょう。インバウンド需要もまだしばらく戻ってこないと思われますので、マイクロツーリズムのような発想を取り入れながら、日本国内で旅行市場を維持しなくてはいけません。

GoToトラベルだけでは限界があるのは明らかですので、観光宿泊業者はシニア顧客の不安を取り除くような取り組みやマーケティング活動を強化すべきです。感染対策は当然しているはずですが、シニア顧客に届くような強いメッセージにはなっていないような気がします。

しかも景気悪化に伴う所得や雇用の悪化はこれから深刻化するはずです。現役世代の旅行消費に多くを期待できる状況ではありません

含み益のある金融資産を消費に変える

そうなると景気の変動を比較的受けにくいシニアの購買力が必要になってきます。シニアの家計は「フロー・プア、ストック・リッチ」と言われます。「収入は年金だけだが、金融資産は〇億円」という高齢富裕層も存在します。

コロナ禍を受けて今年の金融市場は乱高下していますが、シニアが保有している金融資産の多くは含み益がある状態のはずです。下のグラフにあるように、家計の金融資産を2010年を基準にしてみると、含み損益は確実にプラス(含み益)になっているのです。

家計の金融資産の含み損益(2010年を基準とした累積額)

家計の金融資産の含み損益(2010年を基準とした累積額)

シニアは含み益となっている金融資産を少しでも旅行支出に回せば、観光宿泊業界はかなり強いサポートを受けることになるはずです。もっとも、日本のシニア層は「子孫に美田を残す」気持ちが強く、金融資産には手を付けない人が多いと言われています。

この点は金融機関にも責任があると感じています。回転売買のように投資信託を解約・設定させる証券会社の営業は影を潜めました。しかし資産を動かさないずに塩漬けにしておくのも問題があります。金融資産を取り崩すして必要な支出に充てることは健全な消費行動です。

取り崩しに抵抗があるのであれば、定期的な配当収入が見込める金融商品をつくればよいのでしょう。かつて毎月分配型の投資信託がタコ足配当と批判されたことがありますが、商品の仕組みをしっかり説明し納得してもらえば商品自体に罪はないと思います。

シニアの存在なくして厳しい観光宿泊業界を救う方法はないように思えます。コロナ禍だからとシニアを対象から外すのでなく、コロナ収束後にシニアが元気に旅行市場に戻ってくれるような環境を整備しておく必要があると強く思います。