ペットと人

拡大を続けるペット市場 -「分け与えたい」「攪乱されたい」心理がペットを求める

自宅中心の生活スタイルが定着する中で成長を加速させているのがペット市場です。ペットの見守りサービス、宿泊サービス、ペット保険など、従来のペット消費の枠を超えた新サービスも次々登場しています。ペット市場の拡大は一時的な現象なのか、それともこの先も長く続く構造的な現象なのでしょうか。

コロナ禍で再拡大するペット市場

一匹当たり支出額が伸びている

これまでペット市場は右肩上がりで成長してきましたが、コロナ禍を機にさらに勢いが増しています。矢野経済研究所によると、ペット関連の市場規模は2020年度に前年度比7.5%に急増、2021年度も+1.8%増の1兆7187億円となりました。

ペットの市場規模は「飼育頭数」×「一匹当たり支出額」で表せます。ペットの飼育頭数はここ数年ほぼ横ばいで、犬に関しては減少傾向にあります。ペット市場を牽引しているのは「一匹当たり支出額の増加」です。ペットフードの支出額は過去5年で1.2倍、ペット・ペット用品サービスの支出額は1.4倍に増加しています。ペットの数は増えていないのですが、ペットにかける支出額が急増しているのです。

ペットの飼育頭数と支出金額の推移

ペットの飼育頭数と支出金額の推移
(出所)総務省「家計調査」ペットフード協会

働く現場にも影響

高まるペットの存在感は「働き方」にも影響を及ぼし始めています。行動規制解除に伴って在宅から出社に切り替える企業も増えていますが、ペットを飼っている社員が出社でモチベーションを低下させるという現象が起きているのです。決して大袈裟は話ではなく、在宅勤務の多い企業への転職を検討する人も少なくないと聞きます。

Google社は犬同伴の出勤を認めていることで知られますが、日本の企業もペットを飼う社員に対する福利厚生を検討し始めているようです。富士通は22年夏、JR川崎駅前のオフィスに犬同伴で勤務できる部屋を設置しました。チームのメンバーが同じ日に出社し、犬とともに顔を合わせることでメンバーとのコミュニケーションもより円滑になる効果が期待できます。離職防止やコミュニケーション促進の観点で、ペット向け福利厚生を検討する企業が増える可能性は十分にあるでしょう。

コロナ禍で再拡大の理由

ペット市場はなぜコロナ禍によって再拡大しているのでしょうか。いくつかの要因が浮かび上がります。

ペットと一緒の時間が増えた

ペットを飼っていた人はコロナ禍の外出自粛でペットと過ごす時間が大幅に増えたはずである。ペットと一緒にいる時間が長いほど愛情は増し、些細な変化にも気づくようになる。結果として、

  • もっと気持ちが通じ合いようになりたい。
  • 健康によい美味しい食事を与えたい。
  • 一緒にキャンプに行って楽しい時間を過ごしたい。
  • 離れているときもペットがどうしているか気になる。

という具合に、子供や親に対して持つ感情をペットに対しても持つようになっています。「ペットの家族化」です。飼い主にとってペットは文字通り「人生の伴侶」となっているのです。

健康志向とペットの散歩がマッチ

コロナ禍では健康のために徒歩やウォーキングをする人が増加しました。在宅勤務の日はもとより、出社日も以前より帰宅時間が早まる傾向にあり、帰宅後にウォーキングをする人が増えたのです。社会生活基本調査によると、2021年の平均帰宅時間は18時34分で、2016年の18時53分と比べて帰宅が約20分早まっています。

ペットを飼っている人にウォーキングを勧めると「ペットと散歩しているから」と言われます。たしかにペットの散歩はウォーキングに等しい健康効果が期待されています。ペットを飼っている人にとってペットの散歩はコロナ禍の運動不足の解消にうまくマッチしました。こうして家でも外でもペットと接触する時間が増えたことでペットの存在感が増していきます。

ペット市場の行方

コロナ禍で再拡大したペット市場ですが、アフターコロナではどうなるのでしょうか。外出機会が増えるとペット熱は冷めていくのでしょうか。私はそんなことはないと考えます。ペット市場の拡大は一時的なものではなく構造的な現象だからです。その構造とは人間が持つ2つの心理的特性によるものです。

分け与えたい

人類学では、人間は本能的に自分が持っている資源を「仲間に分け与える存在」とされます。仲間に分け与えるのは単に利他的な気持ちからというだけでなく、孤独を回避して自分の命を守るためです。人間の歴史のほとんどの間、孤独は死を意味してきました。その記憶が私たちのDNAに刻まれているのででしょう。

人は孤独を避けるために仲間に分け与えようとする。しかしここで問題になるのがソロ社会という現実です。2040年には、15歳以上の独身者人口比率は約46%になると予測されています。人口のほぼ半分が独身者という世の中です。本格的なソロ社会が到来する未来では「分け与えたいのに、分け与える相手がいない」のです。ソロ社会による孤独感を埋める存在がペットです。分け与える仲間がいない場合、相手がペットでも自分が与えたペットフードを美味しそうに食べる姿をみると心が満たされ、孤独感も軽減されるのです。

攪乱されたい

世の中は「早い・便利・快適」を目指すタイパ・コスパな商品サービスに満ち溢れています。しかし便利さも行き過ぎると息苦しさに変わります。タイパな空間に長く身を置けば置くほど、わずかな逸脱行為が気になって不安に駆られるようになります。人は便利さと不便さのあいだを漂っているくらいが居心地がいいはずですが、タイパの行き過ぎは不便さを楽しむ心の余裕さえなくしてしまう怖さを持っています。

こうしたタイパ・コスパの息苦しさから解放させてくれるのがペットです。猫はよく人が集中しているときに限って邪魔をしにくるものです。リモートワーク中に猫がキーボードに飛び乗ってくる。一瞬イラっとする。しかし次の瞬間、緊張感がほどけて安らぎを感じている。「猫に仕事を邪魔される」という秩序の攪乱を拒否しないことで不安は鎮まっていきます。だから人は恋愛をしたり、結婚したり、ペットを飼うのではないでしょうか。

人間が「分け与えたい」「攪乱されたい」と思う性質を持っている以上、ペットはなくてはならない存在です。ペット市場の拡大はこの先も続くと考えたほうがよさそうです。