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なぜ消費の満足感が得られなくなったのか-タイパサービスに購買判断をゆだねる消費者

追い立てられるように消費する人々

  • SNSやネットに次々押し寄せてくるおススメ商品に促されて購入
  • 人気インフルエンサーに促されて購入
  • 期間限定クーポンにつられて購入
  • 登録しておいた映画が配信終了間近となり、あわてて倍速視聴で消化

このような経験、誰しも思い当たる節があるのではないでしょうか。ネットやスマホを開けばたちまち広告とリコメンド情報に取り囲まれる。そこにはあなたが興味がありそうな商品が並んでおり、思わずポチっとしてしまう。「自分が何を欲しているのか」などと考える間もなく購入が完了しています。

しかしどうでしょう。「好きなものリスト」から選択するだけの消費行動からは「自分が決めた」という実感はなく、商品への思い入れも生まれにくいはずです。

商品への思い入れがなければ、手にした時の感動や使い続ける喜びも生まれない。こうしたリアリティの薄い状態で満足感や達成感が得られないのは当然です。

消費の満足感が得られない背景

このように現代の消費社会はコスパ・タイパ化が進み、消費による満足感や達成感が得にくくなっています。どうしてこのような事態になってしまったのか。時代背景を踏まえながら考察してみようと思います。

物質的欲求から精神的欲求の時代に入ったのに

現代ほど情報の波に追い立てられることなく、消費者がその情報を自分ごと化できていた時代があります。戦中・戦後~高度経済成長期です。戦中・戦後は食べるため・生きるための消費、高度経済成長期は三種の神器に象徴されるモノの豊かさを享受する消費です。百貨店で洗濯機を目にした人が「これが欲しかった」と満足げに購入する姿がブラウン管に映し出されていました。消費がリアリティを持った時代です。

心理学者マズローは人間の欲求を以下のように5段階で整理しました。「生理的欲求」「安全の欲求」は物質的欲求、「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」は精神的欲求と整理されます。戦中・戦後~高度経済成長期の消費は物質的欲求がけん引したものといえます。

マズローの欲求5段階説と時代対応

1生理的欲求物質的欲求戦中・戦後~高度経済成長期
2安全の欲求
3社会的欲求精神的欲求バブル崩壊~現代
4承認欲求
5自己実現欲求
筆者作成

90年代以降、バブル崩壊を経て消費者を取り巻く環境は大きく変わります。モノが十分行き渡ったことで物質的欲求は満たされ、消費のステージは精神的欲求へ突入します。精神的欲求は「自分が本当に好きなものは何か」と自問自答しながら購買意欲が自然に湧き上がってくるような欲求です。豊かで成熟した消費社会のベースにあるのが精神的欲求です。

このように、消費社会は物質的欲求の段階から、自分が好きなものは何かと自問自答しながら消費を楽しむ精神的欲求の段階にきているはずなのです。にもかかわらず現状は、じっくり自分の好きなものを探るどころか、次々押し寄せるおススメ商品の波に急かされる日々を送っているのです。

「自分ごと化」がAIに代行される

次に、消費の加速化に巻き込まれている今の消費者の姿を購買行動プロセスの視点からみてみましょう。

消費者が商品情報を得てから購入するまでの過程を表したのが購買行動プロセスです。消費者は商品情報を得ると(①認知)、興味がわき(②興味・関心)、その商品が良さそうかどうか調べ自分にとって必要かどうかを判断(③検討・評価)、欲しいという気持ちが沸き起こり(④欲求・記憶)、お店やネットや通販で購入(⑤購入)となります。

このプロセスでもっとも重要なのが「③検討・評価」と「④欲求・記憶」の部分です。自分に必要な商品かどうか色々調べてみることでその商品の良さがわかり、翌朝起きると「欲しい」という強い気持ちが生まれている。これはその商品が「自分ごと」となったから時に沸き起こる感情です。自分ごととして記憶された商品を手に入れた喜びは大きく、購入後も長く使用する傾向にあることが知られています。

消費がもたらす喜びの源泉「自分ごと」を消費者に代わって行うのが今のネットビジネスの基本モデルです。下の図にあるように、今のネットビジネスは「自分ごと」を消費者の行動から切り離し、AIを駆使したタイパサービスが代行させることで最速最短の購買ルートを目指す仕組みになっています。

消費者の購買プロセスの変化

消費者の購買プロセスの変化
筆者作成

消費者にとって「自分ごと化」は大事ですが時間がかかるのも事実です。やるべきリストが膨大にある中で、自分ごと化するまで商品を吟味する時間などないのかもしれません。そこに「あなたが求めているのはこの商品ではないですか?」とタイパサービスが手を差し伸べる。

しかし「自分ごと」をアウトソースしてしまった消費者は、商品を手に入れても大きな満足感や達成感が得られることはありません。その物足りなさがまた次の消費に走らせる(加速化)。消費の加速化はこのようなメカニズムで動いています。

肝心の消費者が「自分ごと化」を望まない!?

デジタルデトックスの効果は一時的

上記で示した消費の加速化の仕組みを整理すると下記のようになります。

  • 物質的欲求から精神的欲求を満たす時代に入ったのに、日々の情報量が膨大で商品を吟味しながら楽しむ「自分ごと化」の時間が持てない。
  • 「自分ごと化」を代行するタイパサービスが出現。
  • 「自分ごと化」のない消費活動から十分な満足感は得られず、隙間を埋めるようにおススメ商品を買い続ける。

ここで一つ疑問が湧かないでしょうか。日々押し寄せる膨大なネット情報が「自分ごと化」を阻害しているのであれば、「ネット情報に触れないようにすれば良いのでは?」という素朴な疑問です。現に半強制的にデジタル機器に触れない時間をつくるデジタルデトックスを行う人も増えています。

しかし事はそううまく運びません。デジタルデトックスはあくまで非日常的な行動であり、日常に戻れば再び膨大な情報量に触れることになるからです。情報社会の宿命です。

自分と向き合いたくない人々

もう一つ問題を複雑にしているのが、肝心の消費者が「自分ごと」の時間を望んでいないかもしれない点です。自分の精神的欲求に従って行動するより、多少急かされてもネットやスマホのタイパサービスが提供するおススメ商品を選択する。寿司屋のカウンターで大将の話を聞きながら食べるべきネタを順番を考えながら注文するより、回転ずしで回ってくるお寿司のほうが選ぶのが楽でよい。そんなイメージでしょうか。

自分の代わりに自分探しをしてくれて、自分好みの商品サービスを教えてくれる。消費者はその安易さに身を任せてしまうのです。なぜこのようなことが起きてしまうのか。それは「自分と向き合いたくない」という心理が働いているからです。

自分と向き合いたくない心理は、「個性」を求められる時代の生きづらさを映し出しています。SMAPのヒット曲「世界に一つだけの花」(2002年)の歌詞『No1にならなくてもいい もともと特別なonly one』に象徴されるように、2000年代以降は個性が問われました。しかしあなたの個性と問われて簡単に答えられる人は少なかった。これが生きづらさの一因になったという指摘もあります。

自分にとって大事な商品を選択する自分ごと化は「あなたの個性とは?」と問われているようなものです。ただでさえ生きづらさを感じているのに、日々の消費行動まで自分らしさを考えなくてはいけない。嫌な思いをするくらいなら、ネットのタイパサービスが教えてくれる自分好みの商品を選択したほうがラクという気持ちもよくわかります。

消費者が「自分ごと」を取り戻すには

消費者が自分と向き合って自分を知ろうとしない限り、消費の満足感は低下し続ける。身も蓋もない結論ですが、これが今の消費社会から導かれるものです。

しかし自分の選択を丸投げして幸せだと感じる人はいないでしょう。やはり消費者が「自分ごと化」をタイパサービスに任せたりせず、自分が本当に必要とする商品を見つけていくしかありません。自分と向き合うには「心の余裕」が必要です。読書をしたり、近所を散歩したり、友人との会話を増やしたりすることは、自分がどのようなときに幸せな気持ちになるかを知ることに役立ちます。

商品サービスを提供する側も発想の転換が必要です。今の消費ビジネスは、購入させたい商品に最短でたどり着かせるためのサービスに溢れています。クーポンやおススメ商品、時短サービスなどで消費者を振り向かせるのではなく、商品を購入するまでのプロセスが楽しくなるようなサービスや空間づくりが必要です。

消費者が精神的欲求を満たすために自分ごとの時間を増やし、それに企業がプロセスエコノミーで応える。豊かな消費社会とはこのようなものではないでしょうか。