コロナ禍で多くの企業が在宅ワークを推進したこともあり、散歩やウォーキングで自宅周辺を移動する人が増えています。
- ウォーキングで自宅周辺の解像度が増す
- 近所のお店が視界に入り買い物するようになる
- 近所のお店同士の連携も活発になる
- 「ご近所経済圏」に活気が戻る
という具合に、散歩・ウォーキング人口が増えることで、自宅近くのお店を中心とした「ご近所経済圏」が盛り上がる兆しが出ています。追い風吹く「ご近所経済圏」について考察します。
コロナ禍で移動の中心が自宅周辺へ
- 「家の近所で美味しそうなパン屋を発見した」
- 「こんな場所にレコード店が・・」
- 「散歩でいつもすれ違う人と挨拶するようになった」
- 「電動キックボードに乗っている人をよくみかける」
コロナ禍以降、こんな体験をする人が増えているのではないでしょうか。
コロナ禍以降の人の移動をみると、自宅から離れた都道府県内・都道府県外の移動が減少する一方、自宅から近い市区町村内の移動が増えていることが確認できます。下のグラフにあるように自宅周辺の移動は特に昼食や買い物に出かけるお昼の時間帯ではっきり出ています。
居住地ごと滞在人口の変化(11~14時、2019年前週比)
自宅周辺の移動が増えているのは在宅ワークの普及で通勤者が減少したことです。下のグラフにあるように、企業や役所が集中し通勤者が多い東京都千代田区の滞在人口(午前10時)は減少する一方、首都圏への通勤者が多い埼玉県越谷市の滞在人口は増えています。
生活の重心が勤務先から自宅に傾くことで、自宅周辺のスーパーや飲食店に買い物に出かける機会も増え、自宅周辺の滞在人口が増加していきます。
滞在人口(午前10時)の変化
自宅周辺の「解像度」が上がる
ウォーキング人口の増加
ではコロナ禍で増加した「近場の移動」とは何でしょう。以下のような活動が思い浮かぶのではないでしょうか。
- 近所のスーパーの買い物
- 近所のお店のテイクアウト
- 散歩・ウォーキング
- ソロキャンプ
この中で特にコロナ禍で目立った外活が「散歩・ウォーキング」です。巣ごもり生活による運動不足とストレスが重なり、体重が急増したりメンタル不調を訴える人も多くでました。さば缶やハイカカオチョコレートのブームが象徴するように食生活でも健康がキーワードとなりました。
こうした切羽詰まった健康意識を抱えた人が取った行動の一つが自宅近所で気軽に出来る「散歩・ウォーキング」です。下のグラフは2021年と2016年でスポーツにかけた時間がどう変化したかをみたものです。ボーリング、水泳、登山などほぼすべての活動時間が減る中、唯一増えているのがウォーキングなのです。サイクリングもわずかに増えてますが、ウォーキングの増加は際立ってます。
コロナ禍で増えたスポーツ時間(2021年~2016年の変化率)
コロナ禍でウォーキングを始めた人も多いようです。2021年にB&G財団が行ったアンケート調査によると、「コロナ禍で始めた新たな趣味」として散歩・ウォーキングなど「近所で、身体を動かす」趣味が上位にきています。男性の場合、「運動・トレーニング」3位、「散歩・ウォーキング」4位となり、コロナ禍による運動不足を解消しようと自宅近所で体を動かそうとする姿が浮かび上がります。
コロナ禍で始めた新たな趣味(2021年調査)
地方でもウォーキング人口が増加
私はウォーキング人口は地方では増えていないと思っていました。近所のコンビニでも車で移動するような地域でウォーキングが普及するはずがないと思ったからです。
しかし先のスポーツに関する統計を都道府県別にみると私の予想は良い意味で外れました。コロナ禍の2021年で全体の8割にあたる38の都道府県がウォーキングを増やしているのです。車移動の多い人口集中地区以外で集計しても29の都道府県がウォーキングを増やしているという結果が出ています。
コロナ禍(2021年)でウォーキングを増やした都道府県の数
都道府県数 | 割合 | |
全体 | 38 | 80.9% |
(人口集中地区) | 40 | 85.1% |
(人口集中地区以外) | 29 | 61.7% |
素通りしていたお店が視界に入る
コロナ禍で唯一増加したスポーツ「ウォーキング」。健康面以外にある重要な変化を私たちにもたらしています。「近所の手触り感が増すこと」です。
私も健康のためにコロナ禍でウォーキングを始めた一人です。すると「ここにこんなお店があったのか!」と以前は素通りしていたお店や近所の風景が視界に飛び込んでくるようになるのです。マラソン選手がよく「景色を楽しみながら走っています」という発言をしますが、その気持ちが少しわかるような気がしました。
通勤の目的は職場に行くことですので、移動中の風景は視界に入ってこないものです。それが「歩くこと」に目的が変わっただけで視界が一気に拓け、思考が研ぎ澄まされる。こうした現象は人類が狩猟採集民だった時代の記憶と関係していると言われます。狩りの最中には集中力を研ぎ澄まし、何か食べるものはないかと周囲をスキャンします。つまり脳が一番活性化されるのは狩りをするとき(歩いているとき)というわけです。
私たちが歴史上のほとんどの時間、身体を動かしていた時に思考能力を最も必要としたからだ。狩りや採集の最中に新しい情報を得て、覚えておかなければいけなかった。
アンデュ・ハンセン「ストレス脳」
追い風吹くご近所経済圏のお店
ウォーキングで自宅近所の解像度が上がると、まず目に飛び込んでくるのがお店です。私の場合、気になったお店は(ウォーキングをほったらかして)その場でスマホを取り出して検索したりします。
住宅エリアにはチェーン店より個人店を中心とする小規模店が多くあります。昔ながらのお店から若い人が運営する個性的な店舗まで、ご近所経済圏のお店は一括りに出来ない魅力があります。
八百屋
コロナ禍で自宅調理の機会が増えましたが、そんな中で改めて見直されつつあるのが昔ながらの「八百屋」という業態。なぜ今八百屋なのか。顧客一人ひとりの客の顔をみて手売りするスタイルが評価されているようなのです。
食品スーパー業界も八百屋という業態に注目しています。しかし食品スーパーの売り場面積は広いため顧客一人ひとりに声がけするのは難しい。そこであえて八百屋業に乗り出したのが食品スーパー「オオゼキ」です。
今年9月にオープンした大関屋青果店は昭和にタイムスリップしたかのような店舗です。品数が少ないぶん、いつ何を仕入れる予定かを顧客に伝えることができます。支払いは現金のみでポイントカードも使えません。すべては顧客との対話を重視するためです。
町中華
近所のお店でまず思い浮かべるのが「町中華」という人は多いのではないでしょうか。中国料理店ともラーメン屋とも違う「日本式昭和スタイル」。それが町中華です。
町中華の魅力を伝えるテレビ番組『町中華で飲ろうぜ』(2019年~)はSNSで常に話題を集めています。若い人の間では「町中華飲み」「町中華歩き」が一種のブームのようになっています。
町中華は住宅地に馴染むように点在していますので、散歩をすると目にする機会が多い。まさにご近所経済圏を象徴するお店です。
パン屋
「まちのパン屋」もご近所経済圏を代表するお店です。駅近に立地するベーカリーチェーンや高級食パン店が苦戦する中、住宅街にひっそり佇むまちのパン屋には行列がよく出来ています。
まちのパン屋の顧客のほとんどは近所に住む人です。顧客の声がそのまま新作のパンに生かされることも多い。壁一面に貼られた町中華のメニューと同じ構図です。
まちのパン屋は同じ商圏内の店舗とコラボすることがよくあります。商店街に店舗を構える「onkä(オンカ)」(世田谷区経堂)では、周辺の飲食店の食材を使ったサンドイッチ「コラボサンド」を2020年から販売しています。顧客にコラボサンドの惣菜が売ってあるお店を紹介したり、商店街の活性化にも貢献しています。
なぜご近所経済圏に引き寄せられるのか
ご近所経済圏のお店が人気なのはコロナ禍で自宅周辺の移動が増えたから。しかしそれだけで上記で紹介した八百屋や町中華の人気は説明しきれません。ウォーキングや散歩をしながら八百屋や町中華が不思議と視界に入り、思わず立ち寄ってしまうのはなぜでしょう。
「顔の見えるつながり」を求める人々
八百屋や町中華に共通するもの。それは「顔の見えるつながり」です。
コロナ禍では人と人のリアルなつながりが絶たれました。特に日本の場合、リアルなつながりの場は「職場」くらいという人も多いのです。職場で同僚らと他愛ない会話ができなくなったことで孤立感を深めた人も少なくありません。「令和3年人々のつながりに関する基礎調査」(内閣官房)では、孤独に感じている人の割合は半数近く(43.4%)に達しています。同居人がいないケースでは半数以上(52.9%)です。
コロナ禍の「人とのつながりを求める思い」が町中華やパン屋のような顔の見えるお店へと向かわせている、と言えるのではないでしょうか。近所付き合いは年々減る傾向にあります。特に地域に知り合いが少ない若い人の場合、散歩ですれ違ってもなかなか挨拶しづらい人も多いはずです。近所付き合いが希薄化した若い世代にも、つながりの場を提供してくれるのが地元の顔の見せるお店です。お店に入ると店員さんが話しかけてくるため、自然に会話が生まれます。コロナ禍では若い世代が書店やカフェを立ち上げるケースも多く、地元のお店が若い世代のつながり不足の解消に役立っています。
市場取引はつながりを消すことで効率性とスピードを実現しますが、それだけで消費者の幸福は満たされない。人間はつながりを得ることで幸福を感じる生き物です。町中華や八百屋で繰り広げられる店員と顧客の対話は市場取引とは別物です。「元気を分け与える」といった贈与的な要素を持っているともいえるでしょう。
倍速消費疲れの反動
Uberイーツ、動画の倍速視聴サービス、キュレーションサービス、無人店舗など、これらのサービスは消費者に利便性を提供する一方、倍速消費疲れのような現象をもたらしています。消費者の多くは急かされるように次々と消費を迫られることに疲れているのです。
ウォーキングをしながら町中華や八百屋に引き寄せられるのは、私たちが無意識のうちに倍速消費から逃れようとしていることの表れと言えます。八百屋やまちのパン屋の接客スタイルは効率性や利便性とは真逆だが、その不便さが良い。自然な時間の流れに身をゆだねることの心地よさ。それがご近所経済圏のお店にはあるのでしょう。
ご近所経済圏の復活で貨幣経済依存から脱却する
ご近所経済圏の復活・再生を少し大きな視点で捉えると、「貨幣経済に過度に依存した消費社会からの脱却」と捉えることが出来ます。
そもそもご近所経済圏は住民が自分の畑で作った作物などを近所の人たちと交換するバーター取引(相対取引)から始まったと考えられます。そこは市場を通じた商品交換の場とは違い、互いの顔を見合わせながら助け合う手触り感のある場です。
その手触り感のある場に市場を通じた商品交換を主とする主体(大規模チェーン店など)が入って来たことで競争原理が働き、助け合い・共創を原理とするご近所経済圏のネットワークが断絶してしまった。それを象徴するのがバブル崩壊以降の商店街の停滞です。
そして現在、コロナ禍でウォーキングを始めた人がかつての足元商圏の良さを留める八百屋や町中華に引き寄せられている。そうした消費者ニーズがご近所経済圏を顔の見えない市場取引の場から顔の見える手触り感のある場へ変えていく可能性が高まっているのです。
将来的にはブロックチェーン技術を使った仮想通貨(地域通貨)が顔の見える手触り感のある場を実現可能にするはずです。この点はまた別の記事で取り上げたいと思います。
コロナ禍が終息してもご近所経済圏に吹く風はまだまだ続きそうです。