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「倍速消費」で疲れる人々-スロー消費でバランス回復を

便利なのに疲れる

「世の中便利になっているのに、なぜか疲れる」

便利になれば時間効率が上がって心にゆとりが生まれるはず。なのに現実にはゆとりどころか「疲れ」を感じている人が増えています。

疲れを引き起こしているのが「倍速消費」「ファスト消費」「タイパ」などの言葉に代表される今の消費スタイルです。日本経済新聞社が年末発表する商品番付。2022年の東の横綱は「コスパ&タイパ」だそうです。

特に若い人を観察すると、なにかに急かされているかのようにスマホで様々な活動を同時並行でこなしています。膨大な倍速活動を支えているのが、サブスクや倍速視聴、宅配サービスなどの倍速サービスです。倍速サービスで消費活動はどんどん効率化・高速化され、そこから生まれた時間が別の活動時間に充てられていく。もぐら叩きのように空いた時間を次々埋めていく姿をみていると「それは疲れるだろうな」と感じてしまいます。

  • なぜ倍速サービスを利用するのか
  • 倍速消費による疲れはなぜ起こるのか
  • 倍速消費のメリットを享受しつつ豊かな生活を手に入れるにはどうすべきか

本記事ではこれらの疑問の答えを探っていきたいと思います。

溢れる倍速サービス

便利さを追求した倍速サービスはここ数年で急増しています。代表的な倍速サービスについてみていきます。

【倍速視聴】映画や音楽をスキップ・早送り

倍速サービスの代表が映画や音楽の「倍速視聴」です。下記のように動画配信サービスのほとんどはスキップ・早送りといった倍速機能が搭載されています。

Netflix:0.5倍・0.75倍・1.0倍・1.25倍・1.5倍
Youtube:0.25倍~2倍速まで0.25刻み
Tver:1.0倍・1.25倍・1.5倍・1.75倍

倍速機能自体は決して新しいものではなく、VHSのビデオテープやDVDプレイヤーでも倍速機能はありました。しかし以前と決定的に異なるのは、「映像の乱れがない」「音声も一緒に聞き取れ、音の高さも変わらない」という点です。これにより、倍速でもそれほど違和感なく視聴することができるようになりました。

クロス・マーケティング社の調査によると、倍速視聴の経験がある人は全体の約3割(34.4%)です。世代別にみると20代男性が最も多く約5割(54.5%)で、倍速視聴は若い世代で急速に広がっていることがわかります。会話のないシーンや風景描写、少しでも冗長なシーンがあれば、早送り・10秒飛ばし、曲のイントロに興味を惹かれなければサビまで飛ばす、という具合に倍速機能を縦横無尽に駆使する姿が浮かび上がります。

倍速視聴の普及は制作サイドにも変化をもたらしています。楽曲のイントロが短くなっているのは、サブスクでスキップされないための制作側の模索の表れと想像できます。「夜に駆ける(YOASOBI)」「M八七(米津玄師)」は「ゼロ秒イントロ」です。

【まとめサービス】ファスト映画・ネタばれ記事

動画配信サービスを利用した倍速視聴はユーザー側が早送り・スキップする行動ですが、元の作品自体を短縮化して提供するサービスも普及しています。

例えばYoutubeには、数分から十数分ほどで映画1本を結末まで解説する「ファスト映画」「あらすじ動画」があります。著作法の違法アップロードに相当する可能性があるのですが、現時点で作品をまとめて紹介する動画のアップロードは後を絶ちません。それだけ短縮化された動画に多大なニーズがあることを示しています。

作品を短縮化して提供するまとめサービスは書籍の世界でも普及しつつあります。「本を一冊読み切るのはしんどいけど、知識や教養は身に付けたい」。そんな人向けに1冊の本のポイントを解説する記事や動画が多くみられます。

ビジネス書のように情報収集だけが目的なら、解説動画をみるのもありかもしれません。しかし登場人物の心情や情景を思い浮かべながら読み進める小説の場合はどうか。まとめ動画やネタばれ記事では、あらすじは理解できても、登場人物の心の動きや情景まで体感することはできないはずです。

なぜ倍速サービスを利用するのか

人々はなぜ倍速消費を利用するのでしょう。単に好きで倍速サービスを利用しているのであればいいのですが、現実には倍速消費しながら「疲れ」ている人がいます。倍速サービスを利用せざるをえない理由についてみていきます。

仕事や家事で忙しい

現代人はどんどん忙しくなっています。労働時間が延びているのに収入が上がらない。自分のために使える時間はどんどん削られています。

  • 子育てや介護に日々大半のリソースを割かれる夫婦
  • 深夜まで 忙しく仕事をしている勤め人
  • 授業と課題に加えてバイトにあけくれる大学生

こうした人々が2 時間の映画を一度も中断せずのんびり視聴できるような時間を 捻出するのは、一体どれ ほど難しいか。数十話に及ぶ連続ドラマなら、なおさらです。

情報量が多すぎる

消費者を倍速サービスに走らせる二つ目の理由は「情報量が多すぎる」ことです。あらゆる情報メディアが消費者の可処分時間を奪い合っているのです。

映画を例にとると、ほんの十数年前までは自宅で映画を観るときはレンタルショップで借りるのが普通でした。1泊2日300円前後で借りたDVDを帰宅後にみる。1本で十分満足できた時代です。

ところが今はNetflixやAmazonプライムといった定額制動画配信サービス(サブスク)を利用すれば、月々1,000円程度で月に何十本もの映画やドラマがみられます。しかもYoutubeのような無料動画配信サービスまである。明らかに供給過多です。

観る本数を自分でコントロールできればいいのですが、サブスクのトップ画面には魅力的なリコメンド作品が登場しますので、なかなかそうはいかないものです。

話題についていきたい

可処分時間がもっとも少ないのがZ世代をはじめとする今の若い世代です。

  • TwitterやグループLINEの話題についていきたい。
  • しかし観るべき情報が多すぎて時間がない。
  • 倍速サービスであらすじやポイントだけ押さえる。

という具合に、若い世代は話題についていくための情報収集として倍速サービスを利用します。SNSでは「これ観たほうがいいよ」「まだ観てないの?」と共感を強要され、「情報収集」という形になってでも視聴する必要性に駆られているのです。すべては「話題に乗り遅れないため」なのです。

倍速消費の問題点

このように倍速サービスは多忙で情報過多な時代にマッチしたツールです。しかし一方で、効率性の弊害とも言える様々な問題を引き起こしてるのも事実です。

「間」が無視される

コスパやタイパが優先されると必然的に削除されやすくなるものがあります。「間」です。

  • 『嫌い』と言ってるけど本当は好き
  • 表情だけで伝えるシーン
  • 演奏終了後の長い沈黙の後に沸き起こる拍手

映画やドラマを倍速視聴でみると、こうした重要な「間」がスキップされます。間のない視聴はもはや「鑑賞」ではなく「情報処理」です。

重要な意味を持つ沈黙や間が倍速視聴でスキップされると、「結局、何がいいたいの?」「メリハリがない」という印象になる。結果、作品の価値を半分も理解できない。これではかえって時間をムダにしたことになります。

説明がないと理解できない

イントロや「間」をスキップする人が増えた結果、最近の映画やドラマは状況や人物の感情を1から10までセリフで説明する作品が多くなってきました。

例えば字幕。字幕は本来、視覚障害者や高齢者向けの機能のはずですが、そうでない人も字幕でセリフを理解する傾向が強まっています。出演者の発言がすべてテロップ表示される番組が多くなってきたのは気のせいではありません。

答えを求める人が増える

間が無視され、わかりやすい説明を求めるようになると、思考が止まり、物事に結論や答えを求める傾向が強まります。

作品の解釈がAとBに分かれる場合、「AとBどちらが正解か」をSNSやネットで検索する人も多いようです。Aが正解と思った人はAグループ同士で盛り上がり増殖していきます。フィルターバブルと呼ばれる現象です。フィルターバブルで増殖したAグループとBグループはやがてお互いを攻撃し始め(エコーチェンバー現象)、炎上へと発展します。

優れた作品ほど、AかBかという二元論では収まらないものです。「AもBもあるかも」「それ以外もあるかも」と、余韻を残すことで人々の心に残り続ける作品になります。倍速視聴は優れた作品を味わう機会を奪っている可能性があります。

倍速消費がさらなる倍速消費を生む

倍速サービスは可処分時間が少ない現代人の悩みを解消するための有効なツールです。しかし現実には、可処分時間不足を解消するどころか、人々の可処分時間をさらに少なくしています。

原因は倍速サービスそれ自体にあります。動画配信サービスを立ち上げるとトップ画面に魅力的なリコメンド作品が並んでいます。「これも、これもみたい」とどんどんお気に入りに登録していく。結果として登録作品を早く消化するために倍速視聴を利用する羽目になります。

倍速サービスそれ自体が倍速消費を加速させることで消費者はどんどん疲れていきます。

倍速消費とスロー消費のバランスが重要

このように倍速サービスは時間のない現代人に必要なツールであることは間違いないのですが、間の無視・説明過多・結論を急ぐなどの問題や弊害が発生します。倍速消費の弊害を少なくしメリットを最大化するにはどうしたらいいのでしょう。

重要なのはバランスです。倍速サービスが生み出す倍速消費の勢いが強すぎて、消費者はバランスを失っているのです。

  1. 便利さを求める消費行動(倍速消費)
  2. 心のゆとりを求める消費行動(スロー消費)

この2つのバランスを正常に保つことが倍速疲れを回避する上で重要になります。スロー消費の割合を高めるにはどうすべきでしょうか。

倍速消費の時間をコントロールする

スロー消費の割合を高めるには、まずは「倍速サービスを利用しているのに可処分時間が減る」という本末転倒な行動をなくすことです。例えば、動画配信サービスで倍速視聴する場合、

  • 視聴時間を決める
  • 登録本数を決める

など、倍速消費の時間を意図的にコントロールする必要があります。

時間をコントロールする有効性は消費活動に限りません。フィンランドでは仕事中のコーヒータイムが法律で義務付けられているそうです。そこには「余白は権利」という意味が込められています。

余剰時間をスロー消費に充てる

倍速サービスの利用時間をうまくコントロールできれば、ここでようやく可処分時間が生まれます。余った可処分時間は倍速消費と正反対のスロー消費に使うことで消費活動のバランスが実現します。おすすめのスロー消費をいくつかご紹介します。

映画館で観る

スロー消費の代表が映画館です。映画館ではNetflixのように倍速視聴はできません。セリフとセリフの間もスキップできません。その代わり、ストーリー展開の緩急や間の持つ意味を存分に味わうことができます。

当然ですが、映画館にいる人はすべて同じ映画・同じ速度・同じ音響・同じスクリーンで観ることになります。皆で同じ映画を同じ条件でみることで、シーンごとの反応や息づかいが伝わることも個別視聴にはない映画館の魅力の一つです。

レコードを買ってライブに行く

音楽も同様です。Spotifyなどのサブスクサービスは様々な楽曲をシャワーのように浴びることができますが、大好きなミュージシャンの曲をじっくり味わうといった利用には向いていません。

ミュージシャンの世界観にどっぷり浸かるにはアナログレコードが最適です。アナログレコードはサブスクのように次から次へ曲を飛ばしたりできませんので、目の前の音楽に集中しやすい環境を作り出します。

アナログレコード以上にスロー消費なのが「ライブ」です。ライブでは曲順も席も決まってます(スタンディングは別ですが)ので、観客がコントロールできることはほぼありません。目の前のミュージシャンの演奏にただ身をゆだねるという、心地よい不便さがライブの魅力です。

素材から調理する

最近は食の世界でも倍速化が進んでおり、「蒸す」「炒める」「煮込む」など1台で9役の調理ができる自動調理鍋が発売されたり、Uberイーツを使えば数分で美味しい料理が手に届きます。調理の倍速化とスキップ化は「素材から作る調理の面白さ」を排除した仕組みと言えます。

素材をじっくり吟味し、手間暇かけて調理をする。コロナ禍では「自宅でパン作り」が流行ったように、手間暇かけて素材から調理する楽しさが見直されています。

道具に振り回されない

次から次へと情報があふれ、様々な便利なツールが出ては消えていく。私たちはいつしか映画や音楽のような芸術作品を「鑑賞する」のではなくコンテンツとして「処理する」ようになっている。結果として芸術や文化を味わう心の豊かさを失っているようにみえます。

ここで一度立ち止まってこう自分に言い聞かせるべきでしょう。「道具は使うもので使われるものではない」と。

怖いのは「人間は環境に適応する生き物」という事実です。倍速サービスの利用で疲れを感じているのは、情報処理のように視聴する行動に違和感を感じているからです。しかし時間が経つにつれ、そうした違和感さえ感じなくなっていく。

倍速疲れが倍速慣れにならないよう、スロー消費の時間を増やしながら道具に振り回されない自分を取り戻すべきではないでしょうか。