怒る人

中高年男性はなぜSNSで誹謗中傷してしまうのか-「4つの孤立」が孤独感を強める

SNSで誹謗中傷する中高年男性

  • 「回転寿司チェーンの店内で醤油差しに口をつける少年の様子が動画で拡散」
  • 「コンビニ店のアルバイト店員が悪ふざけ動画をSNSに投稿」
  • 「清純キャラの女性タレントが不倫をしていた」

――こうしたニュースが出るたびに、「そんなことをするなんて許せない」「徹底的に罰しなければ」とばかりに、SNS上では怒りの感情を露わにした投稿がタイムラインを埋め尽くします。当事者に会ったわけでもないのに攻撃的な言葉を浴びせかけ、完膚なきまでに叩きのめそうとする。当事者以上に暴走している姿はとても尋常とは思えません。

一体どんな人がSNS上で誹謗中傷を繰り返しているのでしょう。最近問題視されるようになってきたのが「中高年男性」による誹謗中傷です。弁護士ドットコムの調査によると、「ネット上で誹謗中傷をしたことがある」と答えた人の割合は、若者より中高年、特に中高年男性に多いことがわかっています。

中高年男性による誹謗中傷の動機で最も多いのが「正当な批判・論評だと思った」です。つまり本人たちは誹謗中傷だとは思っていないのです。正義中毒という言葉があるように、「自分にとっての正しさ」が脳内を支配し、正義の制裁を加える自分に酔っている状態。本来備わっているはずの冷静さや自制心、思いやりなどが消し飛んでいる姿が浮かび上がります。

「ネットで誹謗中傷したことがある人」の年代分布

「ネットで誹謗中傷したことがある人」の年代分布
(出所)弁護士ドットコム「インターネット上の誹謗中傷に関する調査」

増える中高年男性の「傷害・暴行」

「キレる中高年」は近年増加傾向にあります。警察庁「犯罪統計書」によると、2021年の刑法犯総数は人口10万人あたり139.5人。ピークとなった2004年の304.7人から半減しています。しかし傷害・暴行については反対に増加傾向にあり、1996年の人口10万人あたり21.4人を底に、2021年は33.1人に増えているのです。

傷害・暴行の急増をもたらしているのが中高年です。下のグラフが示すように、人口10万人あたりの暴行・傷害検挙人員は、全体で92年から1.4倍の増加であるのに対し、60歳以上では8倍に急増しているのです。

中高年による暴行・傷害の原因として、これまでは前頭葉の衰えなどの身体的要因が指摘されてきました。人間は年齢を重ねると脳の萎縮が進み、理性を司る前頭葉が衰えることで怒りが制御できなくなるという理屈です。しかしこうした身体的理由のみでは、暴行・傷害が「増加傾向にあること」は説明できません。中高年の前頭葉の衰えが最近になって目立つようになったとの事実は確認できないからです。

高齢者10万人あたり暴行・傷害検挙人員

高齢者10万人あたり暴行・傷害検挙人員
(出所)警察庁「犯罪統計書」

「4つの孤立」が孤独感を生む

中高年男性を誹謗中傷や暴行・傷害に走らせているのは「孤独感」です。人は年齢を重ねるほど寛容になるはず。にもかかわらず攻撃的になってしまうのは強い孤独感があるからです。強い孤独感をもたらしているのが、社会構造の変化などに伴う「4つの孤立」です。

①家族関係で孤立

中高年男性の孤独感を強めている孤立。そのひとつめは「家族関係」です。農村社会・村落社会が中心だった50年代頃までの家族は「一緒に働いて、一緒に住む」のが当たり前でした。

節目が変わったのが60年代以降です。高度経済成長に伴って地方の農村から都市の工業地帯へと大規模な人口移動が進み、家族の形が大きく変わります。地方から都市部に移住してきた人々は結婚を機に郊外に移り住み、夫婦と子供からなる核家族を形成する一方、親族という形で一緒に住んでいた高齢者は取り残され、単身高齢者となって孤立していきました。

65歳以上の全世帯に占める単身世帯の割合は、00年の約20%から20年には約30%に増加し、今後も増加が見込まれています。「無縁社会」という言葉に象徴されるように、家族から地理的に離れた単身高齢者は、孤独死や無縁遺骨といった深刻な社会問題を生んでいます。

②友人関係で孤立

2つめの孤立は友人関係です。国際比較調査グループISPPの調査によると、中高年は若い世代と比較して、悩みごとを相談できる友人の数が少ないことがわかっています。

悩みごとを相談できる友人とは、すなわち親友です。「年を取ると友人を作るのが難しくなる」と言われるように、社会人になってからできる友人は限られ、親友となるとさらに厳しいでしょう。

距離の問題も重要です。多くの人は小学校や中学校の頃に親友ができます。しかし地方から都市に移住してきたことで、かつての親友と疎遠になってしまい、結果として、友人が少なくなっている可能性があります。

さらに中高年男性は「男は一人で生きていくべき」という社会規範が根強くあり、寂しくても友人に助けを求めにくいことも問題を深刻にしています。

悩みごとの相談相手がいない人の割合(年代別)

悩みごとの相談相手がいない人の割合(年代別)
(出所)ISPP「社会的ネットワークと社会的資源」

③職場で孤立

3つめは職場での孤立です。高度成長期からバブル時代までを経験した中高年サラリーマンは、自宅から電車を乗り継いで都心に仕事に行き、家には眠りに帰るだけの生活を送ってきた人が多い世代です。それだけモーレツに働けたのは、終身雇用制によって企業が社員の生活保障の多くを担ってきたからです。

しかしバブル崩壊後、年功序列や終身雇用制が崩壊し、右肩上がりだった給与は減少に転じ、リストラで失業する人も急増しました。企業というシェルターを失った今の中高年サラリーマンは強いストレスにさらされ、職場内で孤立する人が増えています。

昨今の働き方改革も中高年サラリーマンの居心地を悪くしています。社員一人一人のプライベートな時間が重視され、かつて中高年サラリーマンが慣れ親しんだ「飲みニケーション」はアルコールを飲まない人も多い今の若い社員から敬遠される傾向にあります。

このように今の中高年サラリーマンは職場の中でつながりを見出すことが難しくなっているのです。

④地域コミュニティで孤立

中高年男性は地域コミュニティの中でも孤立を深めています。特に自宅と会社の往復の毎日を送ってきた中高年サラリーマンの場合、平日はただ寝るためだけに地域に帰ることになり、近所の人と会話する機会などほとんどありません。日常的な近所付き合いがないと、祭りや町内会などの地域イベントに参加するのも億劫になり、地域とのつながりはどんどん薄くなっていきます。

地域とのつながりの希薄化が顕在化するのがリタイア後です。60代男性の「地域デビュー」が自治体の課題になっているように、地域コミュニティと関わってこなかった人がある日突然、地域の人とつながろうとしてもうまくいくはずがありません。こうしてリタイア後の中高年男性は、地域コミュニティから孤立し、自宅にひきこもる人が多くなっているのです。

顔の見えるつながりを取り戻す

家族から孤立し、友人関係から孤立し、職場で孤立し、地域で孤立する。今の中高年男性の多くは、顔の見える強いつながりを失った状態にあります。

顔の見える強いつながりを失った中高年男性はどこへ向かうのか。行き先はネットの世界です。行き場を失った中高年男性のそばに「誰か」はいませんが「スマホ」はあります。他人に正義の制裁を加えると脳の快楽中枢が刺激され、一瞬でも寂しさを忘れられる。こうして次々と罰する対象を探し求めてはSNSで誹謗中傷を繰り返すようになります。

孤独感を解消しない限りこの悪循環は続きます。もっとも、新たに顔の見えるつながりを作ることはそう簡単ではありません。若い人ならオンライン・サロンや地域住民だけが利用できるSNSサービスを活用することで、強いつながりを作れるでしょう。しかし中高年男性にそれが出来る人は限られるでしょうし、それができるならそもそも孤立などしていません。

ではどうしたらよいのか。孤独感の解消に近道はありませんので、以下のようにステップバイ・ステップで進めるのがよいでしょう。

  • 自分の趣味を通じて人間関係を広げていく。
  • 職場で若い人の意見をよく聞く。
  • ウォーキングを習慣にし、近所の人と顔を合わせる機会を増やす。
  • 馴染みの飲食店でお店の人に話しかける。
  • 久しく会っていない友人に連絡してみる。

——身近なところから人とのつながりを取り戻す。こうして孤独感が解消すれば自己肯定感が高まり、周りに対する寛容性も生まれ、SNSで誹謗中傷などしなくなるのではないでしょうか。