レジを打つ店員

地方のスーパーが最強なワケ -「四方よし」で地域を元気にする

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思ったほど普及しない「無人店舗」

アリババとアマゾン

ここ数年、食品小売業界ではカメラやセンサー技術を活用した無人化・キャッシュレス化の導入が急速に進められてきました。

中国ECの巨人アリババが手掛ける「フーマ(盒馬鮮生)」は2016年に開店し、現在は中国内に88店舗展開していますが、2022年までに2000店舗にする目標を打ち立てています。

無人店舗の代名詞となったAmazonのAmazon GOは、入店時にスマホでチェックインした後は購入商品を手に取って店を出ていくだけのジャストウォークアウトで話題を集めました。

日本勢も遅まきながら無人店舗化の導入を進めています。セブンーイレブン・ジャパンはNECと組み、NECの従業員向けに、顔認証技術で入店、決済できる無人コンビニを2018年12月にオープンしました。

コロナ禍でもなぜか弾みがつかない無人店舗

こうした無人店舗化の流れはコロナ禍による「3密」の回避で加速するはずですが、意外にもそのような形にはなっていないようです。

異変はコロナ前から起きています。レジレス先進国の中国や米国をみてみると、Amazon Goは1号店が開設されてから2年以上が経過しているにもかかわらず店舗数は全米で20店台にとどまっています。

急速に出店が進んだ中国の無人コンビニも店舗数は大きく減少しているようです。コンテナ型の無人コンビニ「ビンゴボックス」でさえ、数店規模まで縮小しているそうです。

ECシフトが進んでいることが一因かもしれませんが、日用品などはECシフトが進んでいても、ネットスーパーなど食品のEC購入はコロナ禍でもそれほど進んでいないようです。

買い物の目的は「用事を満たすこと」だけではない

アマゾンやアリババがあれほど懸命に取り組んできた無人店舗が思ったほど伸びていないのはなぜでしょう。

一つの仮説として言えるのは「顧客は無人店舗ばかり求めているわけではない」ということです。極論すると「世の中すべてのお店が無人店舗になったらどう思う?それはさすがに嫌かも・・」ということなのだと思います。

顧客が無人店舗に求めるのは「便利さ」です。仕事で遅く帰宅したときや忙しくて余裕がないときに近所に無人店舗があったら素早く必要なものが購入出来て便利だと私も思います。しかしすべてのお店が無人になったらと言われると私も何か嫌な感じがします。

なぜそう感じるのか。買い物には2つの側面があるからでしょう。一つは「用事」を満たすための買い物、もう一つは「楽しみ」としての買い物、です。

最近は夫婦共働き世帯が増えていますので、忙しい平日は近くのスーパーやコンビニに寄って惣菜を買って済ますということも多いと思います。実際私の家庭もそうなっています。これが「用事」を満たすための買い物です。

一方、仕事や時間に余裕のある週末や休日になると、遠いけど以前から気になっていたお店に行ってみたりすることも多いです。これが「楽しみ」としての買い物です。

顧客には「便利さを求めるスイッチ」と「楽しみを求めるスイッチ」があります。シチュエーションによって2つのスイッチが切り替わるので、売り手からみると何とも移ろいやすくみえるでしょう。マーケティングの世界では、顧客を〇〇タイプとしてセグメントしますが、現実の顧客はシチュエーションによって〇〇タイプにもなれば●●タイプにもなります。

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コロナ禍でも自然に足が向かうスーパー

コロナ禍で顧客が取った消費行動について、先の「便利さ」と「楽しみ」のスイッチ理論で整理してみましょう。

コロナ禍でもネットスーパーではなくあえて感染リスクのあるスーパーに足を運ぶ人が多かったと言われています。私自身、緊急事態宣言中でも無意識のうちに近所のスーパーに足が向いていました。

理由は二つあると思います。一つは「習慣」です。行動心理学でヒューリスティックというものですが、スーパーに買い物に行くことが毎日の行動に刷り込まれているわけです。これは用事・便利さのスイッチが入った消費行動といえます。

もう一つは「外出」です。政府から不要不急の外出は控えるよう言われ、外出したくてもできない状況で唯一堂々と外出できる機会、それが「近所のスーパーへの買い物」です。唯一の外出機会はスーパーの買い物。これがコロナ禍でもあえて店員のいるスーパーに足を運ぶ人が多かった理由だと思います。これは外出する「楽しみ」スイッチが入った消費行動といえるでしょう。

地方のスーパーの強み「四方よし」

このように今の顧客は「用事を満たすための無人店舗」と「外出の楽しみも提供する近所のスーパー」の両方の空間を必要としています。

「用事を満たすための無人店舗」はアマゾンやアリババがより快適な便利さを提供する店舗空間を作ってくれるはずです。ではもう一方の楽しみを提供するスーパーとはどのような空間でしょうか。

無人店舗が便利さ徹底追及したモデルであるのに対し、楽しみをもたらすスーパーとは、店員との会話を楽しんだり、作り手の顔が見える食品を販売したり、調理コーナーを設けたりするなど、人とのつながりが生む価値空間となります。前者を機能価値、後者を情緒価値と呼んだりします。

地方のスーパーは情緒価値にあふれています。「地域とのつながりから生まれる情緒価値」が地方のスーパーの強みであり、コロナ禍でも足を向かわせる吸引力を生み出しています。

「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方良しは近江商人の商売の心得として知られるる言葉ですが、地方のスーパーでは「売り手よし、買い手よし、働き手よし、地域よし」となって「四方よし」となります。

売り手である生産者を満足させ、買い手であるお客さんを満足させ、働き手である従業員を満足させ、最後にこれらをひっくるめて地域全体をハッピーにする存在です。

地方のスーパーの「四方よし」

地方のスーパーの「四方よし」

佐藤さんの椎茸

地方のスーパーが生み出す「四方よし」とは具体的にどのようなものでしょう。

佐藤さんの椎茸と「3つの価値」

地元で長年椎茸栽培をやってこられた佐藤さんという方がいたとします。大変な努力家で30年以上かけて肉厚の椎茸を作り出すことに成功しました。

この佐藤さんの椎茸には3つの価値があります。一つは食材としての価値です。肉厚さ、ジューシーさ、栄養素などどれをとっても満点の評価です。

2つめは佐藤さん自身の価値です。30年以上も椎茸づくりにかけた情熱がストーリー価値として椎茸にのっかっています。

3つめの価値は佐藤さんの椎茸を生み出すベースとなる土地と空気です。1つめと2つめの価値だけなら、佐藤さんの椎茸は売れるでしょうが地元にまでわざわざ足を運んで買ってくれる人はいないかもしれません。3つの価値すべてが引き出されることによって、佐藤さんの椎茸は地域全体を活性化させることになるわけです。

佐藤さんの椎茸と「四方よし」

佐藤さんの椎茸が持つ3つの価値がどのように「四方よし」とつながるのでしょうか。

佐藤さんにとって地元の食品スーパーは自分の椎茸を売ってくる場所あると同時に、自分の椎茸づくりに対する情熱を理解してくれるパートナーでもあります。まさに「売り手よし」です。

お客さんにとってはどうでしょう。佐藤さんは顔なじみで誠実な人柄であることも知っていますので、安心して購入できます。さらに佐藤さんの椎茸は地元の郷土料理に欠かせない食材です。これぞ「買い手よし」です。

スーパーで働く店員はどうでしょう。地方スーパーの場合、店員はお客さんとも佐藤さんとも顔なじみの関係にあります。その関係性の中から佐藤さんの椎茸の最適な売り方を思いつくかもしれません。例えば地元の味付けで惣菜を出すというアイデアが生まれるでしょう。自分のアイデアが売上につながれば働くモチベーションまでアップします。まさに「働き手よし」です。

地域はどうでしょう。私の田舎では年に一回「キノコ祭り」というイベントが行われますが、そのような場所で佐藤さんの椎茸コーナーを設けることも可能でしょう。また食育事業として佐藤さんに地元の小学校で椎茸について話をしてもらうこともできます。「地域よし」そのものです。

佐藤さんの椎茸と四方よしの関係性は下の図のようになります。

佐藤さんの椎茸と「四方よし」

佐藤さんの椎茸と「四方よし」

地方のスーパーは無人店舗と同じ土俵に立ってはいけない

このように佐藤さんの椎茸の3つの価値は、売り手も買い手も働き手も地域もハッピーにすることにつながります。買い物を楽しむ場を与える地方のスーパーにはこれだけの力があるということです。

残念なことは、地方のスーパーの多くは自分たちの店舗空間にこれだけの価値があると気付かず、無人レジや均一的な商品を入れて効率化を目指そうとしています。「便利さ」「効率性」ではAmazon GOやアリババに勝てるわけがありません

無人店舗はいずれ地方にも進出してくるでしょう。そのときに地方のスーパーまで「便利さ」を目指しているようでは地域経済などおぼつきません。無人店舗は便利さを提供し、地方のスーパーは食材の豊かさや地域つながりを提供する。2つの価値を両輪としてはじめて豊かな地域経済が実現します

テクノロジーの進化によって食品業界も多様な生態系を持つ市場になりつつあります。この絶好の機会を逃すことのないよう、地方のスーパーは自分たちの価値を再認識し、地域経済を大いに盛り立ててほしいと思います。