なぜ話題にならなくなったか
国内最大のファッションECサイト「ZOZOTOWN」を運営するZOZO。最近すっかり話題にならなくなったと思うのは私だけでしょうか。
ZOZOはカリスマ性を持った前澤社長のもと、高感度な若い世代を中心に顧客数を伸ばし、あっという間に高成長・高収益企業へ成長していきました。
しかし19年3月期は上場後初めて営業減益に陥るなど、徐々に経営にほころびが目立つようになります。そして19年9月にヤフーとの業務提携が発表され、同年11月にZOZOはヤフーの親会社Zホールディングスの完全子会社となりました。
これを機に、前澤氏個人の話題を除いてZOZOの話題はあまり表に出なくなったような気がします。
世界観を大事にした創業時のZOZO
ZOZOがここまで話題にならなくなった理由はなんでしょうか。Zホールディングスの完全子会社になったからでしょうか。私は前澤氏辞任と子会社化により、ZOZOという会社の持つ意味的価値が大きく変化したからだと思います。
創業時のZOZOは出店ブランドの持つ世界観を大事にしてきました。出店ブランドと綿密な打ち合わせを行い、ブランドの世界観を損なわないサイト作りを心掛けていたようです。個性ある新進気鋭のブランドにも手を差し伸べ、クールな街を作り上げていったわけです。
販売力の低いアパレルブランドが行き着く先は百貨店ですが、そこで待っているのは坪効率に伴う売り場縮小です。ブランドの世界観から程遠い空間で売らざるを得なかった多くのブランドにとってZOZOTOWNは聖地ともいえる空間だったのではないでしょうか。
お買い得サイトへの変貌
ゾゾスーツ失敗の意味
出店ブランドの世界観を大事にしてきたZOZOですが、マザーズ上場(07年)と東証1部上場(12年)を果たした頃から様子が変わります。出店ブランドが急増したことで創業時の世界観重視のスタイルは薄れていきます。
18年に話題を集めたゾゾスーツはファッションテックの流れを汲んだプライベート事業でしたが、結局不発に終わります。
私はゾゾスーツ自体に問題があったとは思っていません。ゾゾスーツとはあくまで魅力ある商品をより快適に身に着けてもらうための「ツール」的存在だからです。それがいつしかツール自体にスポットが集まり、洋服よりツールを売ることが目的になった感があります。
ブランドの世界観を重視するかつてのカルチャーが残っていればこうした矛盾は起きなかったでしょう。
意味的価値を失ったZOZO
規模拡大とともに出店ブランドの世界観を軽視するようになったことで、ZOZOTOWNはファッションサイトというより「お買い得サイト」の様相を強めていきます。
私はこうしたZOZOの変貌を頭ごなしに批判するつもりはありません。規模拡大に舵を切る一企業として合理的な戦略でもあるからです。ただ規模拡大に舵を切るということは、もはやかつてのZOZOではないということでもあります。
企業が提供する価値には2種類あります。一つは利便性や機能性を提供する「機能的価値」。もう一つは商品の持つ意味やストーリーを伝える「意味的価値」です。
創業時のZOZOは意味的価値でファンを獲得しましたが、上場後は規模拡大に伴って機能的価値を提供するスタイルになったと言えます。ZOZOが意味的価値から機能的価値に変化する様子は下の図のようになります。
意味的価値から機能的価値へ変化
ZOZOに立ち塞がったキャズムの壁
ZOZOが辿ってきた道程をおさらいしたところで、私は改めて以下の問いかけをしたいと思います。
- ZOZOはなぜ意味的価値を捨ててまで機能的価値のエリアに行かざるを得なかったのか?
- 意味的価値を維持しながら規模拡大を目指す方法はなかったのか?
この問題を考えるヒントとなるのがマーケティングでよく用いられるキャズム理論です。キャズム理論では顧客を以下の5つに分類します。
- イノベーター(Innovators):革新者。情報感度が高く、商品の革新性や先進性に価値を感じる層
- アーリーアダプター(Early Adopters):初期採用者。流行に敏感で、普及可能性のある商品をいち早く手に入れたいと考えている層
- アーリーマジョリティ(Early Majority):前期追随者。流行しているものに乗り遅れないようにする層
- レイトマジョリティ(Late Majority):後期追随者。新しい商品に懐疑的で、本当に役立つ商品と確信しなければ購入しない層
- ラガード(Laggards):遅滞層。新しい商品を嫌う層で、商品が十分浸透しなければ購入しない層
このうちイノベーターとアーリーアダプターは商品の目新しさやストーリー性に反応する層として初期顧客とみなせます。
初期顧客とアーリーマジョリティの間には深い溝(キャズム)があると言われています。キャズム超えを果たせればボリュームゾーンへアクセスできるため、一気に売上を拡大することができます。
創業時のZOZOは初期顧客を獲得しながら成長しました。そして上場後のZOZOはゾゾスーツのような飛び道具を出しながらキャズムを越えようとしますが失敗に終わります。キャズムを超えるためにとったのがヤフーとの業務提携というわけです。
ZOZOに立ち塞がったキャズムの壁
必ずしもキャズムは超えなくていい
キャズム理論から見ると、ヤフーとの業務提携はキャズム超えを果たすために必要な戦略だと結論付けられます。しかし本当にそれしか方法はなかったのでしょうか。
私はあえてキャズムの頂きを越えなくとも出店ブランドの世界観を維持したまま売上拡大を図る道はあったと思っています。それは「横展開」です。
横展開にはグローバルな横展開もあれば、別の市場での横展開もあります。要は意味的価値を維持しつつ、他の国や他の市場の初期顧客にアクセスすればいいわけです。
グローバルに横展開すれば無理をしてまで国内でキャズム超えをする必要はありません。日本の初期顧客が5%とすると顧客数は600万人程度(1.2億人×5%)ですが、そのままグローバルに横展開すれば先進国だけでも潜在顧客は12億人います。
初期顧客だけでも顧客数6000万人(12億人×5%)と10倍に跳ね上がります。顧客数が6000万人もいれば日本では十分キャズム超えを果たしたことになるでしょう。
アパレル企業が利便性・機能性だけを追求するようになったら待ち構えているのは家電業界などお馴染みのコモディティ化(同質化)です。そこはひたすら価格競争のレッドゾーンです。せっかくストーリー性を持った商品があるなら、それを大事にしながら横転換する戦略を取るべきでだったのではないでしょうか。
グローバルな横展開でキャズム超えの必要なし