都市から地方に向かう新幹線

相続資産の1.2兆円は地方へ還っている|東京一極集中を緩める3つの要因

資産の東京圏への集中が鮮明です。それを後押しするのが相続資産の移動です。この傾向は今後も続くという見方が一般的ですが、果たして本当にそうなのでしょうか。東京圏から地方への資産移動という逆向きの動きが起こる可能性について考えてます。

定年を機に郷里に還ってくる人々

東京を離れてこっちに戻ってくる人が増えた──。先日、実家に帰省した際に地元の友人から聞いた話です。定年を機に地元に戻るというのは以前から聞いていましたが、親を見送った後に戻ってくる人も多いそうです。

わたし自身実感していることですが、中高年になると親の様子を見に地元に帰省する機会が増えてきます。旧友に会ったり自然に触れたりと、田舎の良さを再確認することも多い。いずれは地元に戻ってきたい──Uターン移住の思いが定年や相続をきっかけに顕在化するのは珍しくないはずです。

東京は「相続資産のブラックホール」と言われています。しかし、Uターン移住のような動きが広がれば資産の東京一極集中に歯止めがかかるかもしれない──。帰りの新幹線でこんな思いを巡らせながら帰宅しました。

東京圏と地方の資金移動の現状

東京圏は相続資産のブラックホール

まずは東京圏を巡る資金移動を確認します。現実の数値は、新幹線で抱いた私の期待を打ち砕くように、東京一極集中を如実に示しています。

相続に伴って発生する金融資産額を推計すると、年間およそ31兆円となります。そのうち約5兆円(16%)が地域間を移動しています。

資産が向かう先はやはり東京圏です。東京圏への相続金融資産は差し引き約7,600億円の流入超過となり、他地域と比較して突出しています(下図)。同じ大都市圏でも大阪圏は約▲1,400億円、中京圏は約▲1,300億円の純流出です。東京圏が「相続資産のブラックホール」と呼ばれる所以です。

相続金融資産の地域間流出入(ネット)

相続金融資産の地域間流出入(ネット)
(注)2004年推計値
(出所)「人口移動調査」国立社会保障・人口問題研究所、「人口動態統計」厚生労働省、「全国家計構造調査」総務省、「資金循環統計」日本銀行、「相続性申告実績」国税庁より筆者推計

東京圏から地方へ約1.2兆円が逆流

しかしここで思考を止めてはいけません。東京圏に流入する7,600億円はあくまで流入から流出を引いたネットの金額です。出入りを相殺する前の総額(グロス)で捉え直すと別の景色がみえてきます。

下図は東京圏に対する相続金融資産の流入と流出をみたものです。東京圏には年間約2兆円の相続金融資産が流入していますが、それと同時に、約1.2兆円が東京圏から地方へ流出しているのがわかります。

つまり、流入の6割に達する相続金融資産が東京から地方へ還っているのです。東京はただ呑み込んでいるのではなく、呑み込みながら噴き出しているというのが正しい構図です。

しかも、この1.2兆円は相続人がすでに地方に住んでいるケースの金額です。相続を機にこれから移住する人の分は、まだこの数字に入っていません。

東京圏を巡る相続金融資産の移動(グロス)

東京圏を巡る相続金融資産の移動(グロス)
(注)2024年推計値
(出所)「人口移動調査」国立社会保障・人口問題研究所、「人口動態統計」厚生労働省、「全国家計構造調査」総務省、「資金循環統計」日本銀行、「相続性申告実績」国税庁より筆者推計

東京一極集中の勢いを削ぐ3つの要因

東京圏への純流入が反転することはさすがにないでしょう。しかし東京圏から地方へ逆流する1.2兆円を太くすることで東京一極集中のトレンドに一定の歯止めをかけることは可能ではないか──。これが私の問題提起です。

では、東京一極集中に歯止めをかけるには何が必要なのか。ここでは3つの要因を取り上げます。

ライフイベントが移住の背中を押す

一つ目の要因はライフイベントです。私が地元で聞いたように、地方へ帰郷する人の多くは定年や相続というライフイベントがきっかけになっています。

なぜライフイベントが地方移住を促すのか。東京で暮らした親の家を相続した場合、まず直面するのが相続税の負担です。さらに、住まない家であっても固定資産税は毎年かかり続けます。管理の手間も遠隔地からでは重い。放置して管理不全空家等に指定され勧告を受ければ、住宅用地の特例が外れて固定資産税が最大6倍に跳ね上がるリスクもあります。

こうして浮かび上がるのが資産売却という手段です。東京の不動産は流動性が高く、売却は比較的スムーズに進みます。売られた不動産は現金へと姿を変えます。地方志向の高い相続人であれば、まとまった現金は地方移住の決断を後押しするはずです。これがライフイベントが移住の背中を押すメカニズムです。

住民基本台帳で人口移動をみると、東京に入ってくるのは圧倒的に20代です。しかし相続を経験する世代(60~70代)に関しては軒並み転出超過──東京圏を離れているのです。

2025年で見ると東京圏の転出超過は60〜64歳が最も多く4,538人、次いで65〜69歳が2,931人。相続を控えた55〜59歳(3,020人)まで含めれば、転出超過の上位はすべて相続期前後の世代で占められています(下図)。相続期の世代だけが、東京圏から静かに出ていく構図です。いつの時代も人を移動させるのはライフイベントであることが統計をみてもわかります。

注目すべきは、ボリュームゾーンの団塊ジュニア世代(1971年〜1974年生まれ、2026年時点で52歳〜55歳)が今後は相続を受ける側になることです。同世代の一定割合が東京圏を離れるとなれば、相続資産の流出は無視できない大きさになるでしょう。

東京圏の年齢別転入超過数(2025年)

(注)△は東京圏からの転出を表す。
(出所)「住民基本台帳人口移動報告」総務省

地方移住を促す「ソロ社会」

2つ目の要因は「ソロ社会」です。地方に移住したいのに、なかなか東京を離れられない──このような人は多いです。理由の筆頭に挙げられるのが家族の反対です。私の知人も、故郷に還りたいが妻や子供に猛反対されるのは目に見えていると弱々しく語っていました。住み慣れた場所から離れたくないのは当然です。

一方、単身世帯では家族という制約は働きません。もちろん東京での交友関係など移住を阻む要因はあるでしょうが、家族の反対ほど大きなものではありません。

東京都の65~74歳の世帯構成比をみると、約4割は単身世帯、夫婦のみ世帯は約3割です。つまり約7割は移住の意思決定を本人または配偶者だけで完結できる世帯です。一方、子が同居する世帯は約25%。家族の反対が実際に起こりうるのは4世帯に1世帯にすぎません。

東京に住む単身世帯の最大の問題は「孤独」と言われます。もちろんソロ活ブームにのって一人キャンプを楽しむ中高年の単身者もいますが、単身高齢者の社会的孤立は繰り返し指摘されてきました。懐かしい同級生がいる故郷に還りたいという気持ちがふと湧いてくるのは当然です。

地方志向の強い「若い世代」

ここまでは今起きていることですが、3つ目の要因は時間差で効いてくるものです。それは「若い世代」の意識と行動にあります。

内閣官房が東京圏在住の20代を対象に行った調査によると、地方移住に「関心がある」と答えた人は40.3%。非東京圏の出身者に限れば47.8%にのぼります。しかも関心層の42.4%は、半年以内に移住先の住宅や仕事を調べる、相談窓口に行くといった具体的な行動まで起こしています。

それでも移住には至りません。理由は経済事情にあります。同じ調査で最大の不安として挙げられたのは「求めている仕事が見つからない」(50.3%)、「賃金が安くなる」(43.0%)でした。心は地方に開いていても、仕事と収入が最後の一歩を押しとどめている──これが地方志向の若者の現状です。

しかし未来に向けると事情が変わります。思い起こしたいのは、今東京に住む彼らもやがて相続人になるという事実です。地方志向をこれだけ明確に持った世代が相続を受ける側に回るのは、おそらく初めてのことになります。

まとめ

ここまで見てきた三つの要因は、いずれも東京一極集中を反転させるほどの力は持っていません。東京圏には依然として年間十数万人の転入超過が続いており、20代を中心とした若年層の流入が止まる気配もない。相続資産もグロスで1.2兆円が地方へ還っているとはいえ、それを上回る2.0兆円が東京圏に流入しています。東京が資産を吸い込む側にいる事実はそう簡単には変わらないでしょう。

それでも、この差し引き(ネット)の金額は今後縮まっていく可能性は十分あります。相続世代はすでに東京を離れ始めており、その動きを引き止める「家族」というアンカーは、単身化の進行とともに弱まっている。そして、いま地方志向を抱えたまま東京にとどまっている20代は、働き盛りを終える頃に相続人になります。一極集中の勢いを削ぐ要素は、少なくとも複数、同時に進行しているということです。

冒頭で紹介した、定年を機に地元へ戻った友人の話に戻ります。あの時わたしは、彼を例外的な人だと思っていました。しかし数字を追ってみると、彼のような人はすでに一定の厚みを持って動いており、その背中を押す条件は、これから整っていくように見えます。

都市に住み続けることが本当に幸せなのか——。東京で暮らしながら、実家が地方にある人間なら一度は抱いたことのある問いだと思います。わたし自身、この問いに明確な答えを出せていません。ただ一つ言えるのは、その迷いは個人的な気分の問題ではなく、統計に表れるだけの規模を持った現象だということです。そして、迷ったまま動き出すきっかけは、多くの人にとって、そう遠くない将来にやってきます。