地方に移り住む若者が増える一方、地域に溶け込めず去っていく例は少なくありません。移住者の態度や自治体の政策だけでなく、迎える側の地元住民にも問題はないのか──。移住者問題のような人の交わりを俯瞰的に捉えるときに役立つのが「乳化」という現象です。「乳化」を手がかりに人が根付く地域の条件について考えます。
地域に溶け込めない移住者
古民家を改装したカフェ、焙煎したての豆を並べるコーヒースタンド──。小さな田舎町でこのような魅力的なお店に出くわすことが多くなりました。そこで働いている人の多くは都市から移り住んだ若者です。
高齢化が進む地方にとって彼らは心強い地域の担い手のはず。ところが彼らの話を聞くとそう単純ではありません。「なかなか地元に溶け込めない」「よそ者扱いされる」──こんな声がこぼれます。迎える地元住民も、彼らとどう接すればよいか測りかねています。
地域と外とをつなぐ側に立ってきた地域おこし協力隊も例外ではありません。隊員の約65%は任期後もその地域に住みますが、3 〜4年後には約25%が、7 〜8年後には約43%が地域を去っていくそうです(国立国会図書館の調査資料)。移住の難しさを知り、地域に溶け込む術を心得ている彼らでさえ、いざその地に根付こうとすると壁にぶつかるのです。
志を持って飛び込んだ若者移住者とそれを遠巻きに見る地元住民──。こうした構図が静かに広がっているのです。
問われる地域の乳化力
地域の乳化とは
住民(水)、移住者(油)、仲介役(乳化剤)の3点セット
移住者と地元住民の噛み合わなさはどこに原因があるのでしょう。移住者と住民の関係性は、料理などでよく用いられる「乳化」に例えるとよくわかります。
乳化とは「水」と「油」のように本来混ざり合わないものが均一に混ざり合う状態を指します。水と油が混ざり合うには両者をつなぎ合わせる「乳化剤」が必要です。マヨネーズは、酢(水)、油、卵黄(乳化剤)の3点セットで作られます。下の図にあるように、油を少しずつ加えながら泡立て器でかき混ぜる「撹拌(かくはん)」によって乳化状態になります。
これを地域に当てはめると、水は住民、油は移住者、乳化剤は両者を橋渡しする仲介役(自治体、地域おこし協力隊など)に相当します。地域を乳化させるには、住民、移住者、仲介役を泡立て器で撹拌する必要があります。祭りや地域の行事、飲み屋などが泡立て器となり、住民、移住者、仲介役を混ぜ合わせることで地域が乳化状態になります。
移住者が地域と乳化するプロセス

住民(水)はつながってなければならない
ここで重要なのは、水に相当する住民側の状態です。マヨネーズの中では、水がひと続きにつながっていて、その中に油が細かな粒となって浮かんでいます。油の粒が散らばっていられるのは、受け止める水がつながっているからです。
地域でいえば「住民同士のつながり」がこれに当たります。垣根越しの立ち話、回覧板の手渡し、採れ過ぎた野菜のおすそ分け──。こうしたやりとりが活発な地域では、住民同士が日常的につながっています。そこでは、一か所で生まれた接点が地域全体に広がっていきます。仲介役が移住者を飲み屋に連れて行くと、居合わせた客の一人が知り合いを呼んで一緒に盛り上がる──乳化する可能性が高くなるわけです。
反対に、住民同士の交流が乏しく水がつながっていない地域では、移住者が誰かと知り合っても接点が広がっていきません。移住者や仲介役がいくら努力しても溶け込むのが難しいのはこのためです。住民同士がつながっていなければ、地域の乳化はおぼつかないということです。
乳化が崩れる失敗パターン
移住者が地域に溶け込めない──乳化がうまくいかない現象にはいくつかパターンがあります。典型的な3パターンをみていきます。
一つ目は「孤立型」です。これは移住者が自ら孤立してしまうパターンです(図左)。都会の生活に疲れ、「ただのんびりと暮らしたいだけ」と近所付き合いや地域の行事に全く無関心な人がこのパターンに入ります。住民との接触がない点で乳化の気配さえありません。
自ら地元住民と距離を置こうとしている点で本人の選択の結果と言えなくもないですが、地方では地元住民と関わらないと様々な面で生活に支障をきたすことになり、最終的に地域を去っていくことになります。
二つ目は「仲間内で孤立型」です。移住の理想像を固めすぎ、その理想像を共有する仲間内とだけ盛り上がり、結果として孤立してしまうケースです。仲間内でだけ固まった状態です(図中央)。「田舎でカフェが夢だった」と理想の店づくりを優先するあまり顧客は仲の良い仲間だけとなり、集客がうまくいかずに店をたたんでしまう──。意識高い系の人が多いのが特徴です。
最近話題の都市部から子育て世帯を呼び込む「教育移住」もこのパターンに陥る可能性があります。移住者同士で居心地のよい集団ができるため、定住はするものの住民とは並存にとどまります。去らないぶん失敗は見えにくいのですが、地域全体から眺めると孤立状態です。
三つ目は「分離型」です。外国人移住の問題でこのパターンがみられます。マヨネーズは油を少しずつ垂らしながら撹拌すれば乳化しますが、一気に入れると乳化剤が油の粒を包みきれずに分離します。外国人移住を一気に進めると外国人同士の結びつきは強まりますが、地元住民とは分離状態に陥ります。仲間内で孤立型がエスカレートした状態と言えます。
外国人移住による分離型は外国で目立ちますが、日本も例外とは言えなくなりました。出雲市のように特定企業の雇用に連動して急速に流入するケースでは、乳化剤の処理能力を超える恐れがあります。
留意すべきは、「移住者同士の結びつきそのものは悪ではない」ということです。問題はそれが唯一の接点になることにあります。米ホプキンス大学の研究では、敵対的な反応を招くのは移民の量ではなく、流入の速度と政治化だと指摘しています。
地域の乳化が失敗する3パターン

どうすれば移住者と住民が混ざり合うのか
では、失敗の3パターンに陥らないためには、具体的にどうすればいいのでしょう。水(住民)、油(移住者)、乳化剤(仲介役)の3つの視点から考えてみます。
【水】住民同士のつながりを取り戻す
失敗の根っこは「水」
そもそも地域が乳化しない根源は、住民同士がつながっていないことにあります。移住支援金やふるさと住民登録制度など、移住者を呼び込み、関係人口を増やす政策は整えられつつあります。しかし、それらが強化しているのは油と乳化剤の側です。肝心の水がつながっていなければ、いくら乳化剤を投入し、泡立て器を回しても、乳化には至りません。
先の3パターンも根っこは同じです。孤立型の移住者は、一見すると自ら交流を拒んでいるように見えます。しかし日頃からおすそ分けのような習慣があり、住民同士が声を掛け合っている地域なら、その声は自然と移住者にも向かいます。垣根越しに一言かけてくれる隣人がいれば、地域を去るところまでは至らないはずです。
仲間内で孤立型も同様です。地元住民が普段から集まる飲み屋や寄り合いがあれば、移住者がそこに顔を出すうちに「話してみたらいい奴だった」となることは少なくありません。水がつながっている地域では、こうした泡立て器が仲間内の輪と地域の輪を自然に重ね合わせます。
教育移住でいえば、学校は本来、地元の家庭と移住者の家庭を同じ場に集める強力な泡立て器です。ところが子どもの多くが移住者で、地元の家庭とのつながりが細っていれば、泡立て器が回っても混ざるのは油同士だけになってしまいます。
分離型では、水のつながりに加えて「速度」も問われます。私の知る地域では、外国人がぽつりぽつりと入ってくる町では、むしろうまくいっています。マヨネーズと同じく、油を「少しずつ」加えれば、つながった水がその都度受け止められるからです。ただし、一人ずつ入ってきても水がつながっていなければ、孤立型と同じ道をたどります。うまくいく条件は「少しずつ」と「水がつながっていること」の掛け算です。
義務ではなく、自発的な付き合いが必要
では、水のつながりはなぜ細ってしまったのでしょうか。移住者向けの心得「池田暮らしの七か条」で物議を醸した福井県池田町の例が示唆的です。福井新聞の取材によれば、作成のきっかけは、集落の集会や行事が年々減り、参加に消極的な人も出てきて、コロナ禍がそれに拍車をかけたことへの危機感でした。泡立て器が回らなくなり、水のつながりも細っていく。その不安が、移住者への注文という形で表に出たとも読めます。
どうすればよいのでしょうか。行事や共同作業を義務として増やすことではありません。七か条への反発が示したように、義務の言葉は移住者にとってむしろ壁になります。必要なのは、立ち話やおすそ分けのような自発的な付き合いを、住民同士の間に取り戻すことです。朝の散歩で顔を合わせる、行きつけの店で隣り合う──。住民同士が身近に顔を合わせる機会を積み重ねることが、遠回りに見えて最も確かな乳化の下地になります。
【油】二拠点生活・二段階移住でリスクを軽減
移住者の側にできることは何でしょう。理想は、乳化の条件が整った地域、つまり水がつながっている地域を選ぶことです。しかし、住民同士がどれだけつながっているかは、観光や短い下見ではまず見えません。現実的なのは、住んでみてから判断できる余地を残しておくことです。
そのための方法は二つあります。一つは「二拠点生活」です。都市の住まいを残したまま移住候補地と行き来すれば、地元の人と言葉を交わし、飲み屋や行事に顔を出しながら、その地域の水がつながっているかを確かめられます。合わなければ引き返せるので、孤立したまま追い詰められることもありません。
もう一つは「二段階移住」です。いきなり小さな町に飛び込むのではなく、まず地方都市に移り住み、地方の暮らしに慣れたところで本命の町へ移ります。地方都市で身につけた人との距離感や作法は、次の町で住民と混ざり合うときの足場になります。
どちらも、油を一度に注がず少しずつ垂らすやり方です。分離型で見た「少しずつ」の原理は、地域が外国人を受け入れるときだけでなく、一人の移住者が地域に入っていくときにも当てはまります。
【乳化剤】地元企業が仲介役になる
仲介役はどうか。仲介役を担うのは、自治体の職員や地域おこし協力隊だけではありません。乳化剤は、水と油の両方になじむ性質を持つからこそ両者をつなげます。地域でいえば「内を知り、外を行き来する存在」です。この条件を満たすのが、地域に深く根付く地元企業です。
なかでも適任なのが地域金融機関の職員です。職員は地元に深く根を張りながら、一つの町内に閉じない広い視野で地域を見渡しています。取引先を通じて地元企業同士をつなぐ橋渡しも、日常の仕事として担っています。商店主、生産者、移り住んだ起業家──。日々さまざまな人とつながっている職員は、住民同士をつなぐ役(水をつなぐ役)と、住民と移住者をつなぐ乳化剤の両方を担える稀有な存在です。
加えて、金融機関にはお金の流れが見えます。移住者の店がどこから仕入れ、誰と取引しているかを見れば、その店が地域に溶け込んでいるのか、経済的にも浮いているのかがわかります。数字に表れる取引のつながりから、数字に表れにくい乳化の度合いを読み取れる。これは他の仲介役にはない強みです。
まとめ
移住者が地域に溶け込めない現象は、「乳化」に例えると構造が見えてきます。一人で浮いて去っていく孤立型、仲間とだけ固まる仲間内で孤立型、一気に流れ込んで層に分かれる分離型──。見かけは違っても、根源は共通しています。住民同士がつながっていないことです。
移住を促す政策は油と乳化剤の側に偏り、水をつなげる手立てはほとんど講じられていません。移住者が根付く地域とは、移住者のために特別な何かを用意した地域ではなく、住民同士が日頃からつながっている地域です。垣根越しの立ち話が交わされ、誰からともなく野菜のおすそ分けが回ってくる──。そんな地域なら、移住者もいつしかその輪の中にいるはずです。問われているのは、油の性質ではなく水の側なのです。

