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地域の価値を引き出す「デジタル地域通貨」の特徴と課題

PayPayや楽天ペイなどのキャッシュレス決済の普及に伴い、ここ数年注目を浴びるようになった「デジタル地域通貨」。特定の地域内で流通し参加店舗で使えるデジタル地域通貨は、地域経済やコミュニティの活性化につながることが期待されています。本記事では、地域コミュニティの再生と地域経済の好循環にデジタル地域通貨がどう寄与するのか、課題とともに考えます。

デジタル地域通貨の概要

デジタル地域通貨とは「特定の地域でのみ利用できる、デジタル化された通貨」のことです。地域内の参加店等で利用されるため、地域内でお金が循環する仕組みとして期待されています。

デジタル地域通貨の前身にあたるのが紙媒体の地域通貨です。地域通貨は2000年代前半にブームとなり、多くの自治体で導入されました。購入金額に対し何割か金額が上乗せされたプレミアム付き商品券も広い意味で地域通貨の一種と言えます。

その後、地域通貨は紙媒体ゆえに管理・維持コストがかかり、不正利用等の問題もあったことから、2006年頃から下火になります(下図)。紙媒体のデメリットを克服するために登場したのがデジタル地域通貨です。デジタル化することで、管理・維持コストが低減され、不正利用の防止が可能になりました。

地域通貨稼働数の推移

地域通貨稼働数の推移
(出所)泉留維「日本における地域通貨の現状と課題 : 近年の新潮流を踏まえて」

デジタル地域通貨の特徴

ではこのデジタル地域通貨、私たちが普段使用している円などの「法定通貨」と何が違うのでしょう。

【特徴1】対象となる価値が広がる

一つ目の特徴は対象となる価値が広がる点にあります。「価値」とは、その人にとって役に立つもの、大切なもの、心が満たされるものすべてを指します。しかし価値あるものすべてに値段が付いているかというと、そうではありません。「畑でとれたトマトを近所にお裾分け」「大切な人への贈り物」「祭りの手伝い」――人と人の心をつなぐ情緒的な価値は貨幣では交換されにいくい。世の中には貨幣化できない価値のほうが多いといってもいいでしょう。

デジタル地域通貨は、法定通貨では対象にされにくかった地域内での情緒的な価値を可視化することが可能になります。「自治体が祭りを盛り上げてくれた人にポイントを付与」「地元の憩いの場となっている飲食店に対し、料理の代金とは別にお客さんがポイントを贈る」――デジタル地域通貨によって地域内で生まれた価値を可視化し地域内で循環させることが可能になります。

【特徴2】消費者の「受贈的な人格」を引き出す

地域内の情緒的な価値が可視化されることで消費者自身も変化します。

消費者には、便利さとお得感を求める「消費者的な人格」と、誰かを助け応援したいと思う「受贈者的な人格」の2つの人格があると考えられます。キャッシュレスアプリでのポイントキャンペーンは消費者的な人格を刺激します。これに対し、地域活動へ参加することでポイントが付与される体験型サービスは受贈者的な人格を引き出します。デジタル地域通貨の強みは、後者の受贈者的な人格を引き出せる点にあります。

例えば渋谷区のデジタル地域通貨「ハチペイ」は、まちの活動を手伝ってコインを貯められるサービス「まちのコイン」(面白カヤック)をスマホアプリに組み込むことで、渋谷区民の受贈者的な人格を引き出そうとしています。

【特徴3】使用範囲が限られる

3つ目の特徴は使える範囲が特定の地域に限定されるという点。都心などに集中しがちな資金を特定の地域内で流通させることで、地域内でお金が循環する効果が期待できます。

消費者の意識を外から内(地域)に向けさせることで、「こんなところに、こんないい店があったのか」という発見が生まれ、地域を応援しようという意識が高まります。コロナ禍の自粛生活では、近所を歩く機会が増えたことで、地域の魅力を再発見する人も多かったようです。これと同じことがデジタル地域通貨の使用でも起こります。使用できる地域のお店を探すことで、必然的に近所を歩く機会が増えるからです。

あえて不便にすることで得られる効果を不便益と呼びますが、特定地域に限定するデジタル地域通貨は不便益の好例と言えます。

【特徴4】使用期限がある

デジタル地域通貨の4つ目の特徴は使用期限がある点です。

貨幣は「貯蔵」機能を持ちます。「将来が不安だから、貯蓄しておこう」というのは貨幣の貯蔵機能を活用していることになります。円などの法定通貨は貨幣の価値(交換レート)がゼロにならない限り、半永久的に価値貯蔵として機能します。これに対し、デジタル地域通貨・地域通貨には使用期限があります。

例えば、滋賀県が2022年7月にサービスを始めたデジタル地域通貨「ビワコ」は90日で失効します。使用期限があるのは、デジタル地域通貨が地域のつながり地域経済の活性化を目的としたものだからです。家のタンスにしまわれては、近所のお店にお金が回りませんし、地域のつながりも強化されません。将来に備えるのが法定通貨なら、「今」を大切にするのがデジタル地域通貨といえるでしょう。

法定通貨とデジタル地域通貨の違いを貨幣の3つの機能、「価値の尺度」「価値の交換・流通」「価値の貯蔵」に沿って整理したのが下の表です。

法定通貨とデジタル地域通貨の違い

法定通貨とデジタル地域通貨の違い
(出所)筆者作成

デジタル地域通貨の課題

では、上記のような特徴を持つデジタル地域通貨は、地域コミュニティと地域経済の活性化を生み出しているのでしょうか。残念ながら現実はそううまくは進んでいません。

「お得さ」に依存してしまう

なぜうまくいっていないのか。先に見たデジタル地域通貨の特徴がうまく発揮されていないからです。デジタル地域通貨の利用を高める方法として「お得さ「便利さ」に頼ってしまうケースが多いのです。例えば、新たにデジタル地域通貨を発行する際、注目を集めるため「プレミアム率50%:1セット(1万円)で1万5千円分の商品が購入できます」のようなキャンペーンを展開するケースが多くみられます。

確かにPayPayのようなキャッシュレスサービスを上回るようなポイント率を提示すれば、販売枚数は伸びるでしょう。最近は特定の地域に限定せず他の自治体まで使用範囲を広げるケースもみられます。しかしお得さや便利さに飛びついた人は「受贈者的な人格」ではなく「消費者の人格」になっています。消費者の人格が引き出された状態では、デジタル地域通貨が本来目的とする地域経済や地域コミュニティの活性化は生まれません。

地域アプリの1機能にする

お得さ・便利さのような損得勘定ではデジタル地域通貨が持つ価値は発揮できません。購入者の受贈的な人格を引き出し、意味・助け合い・共感による情緒的な価値を生み出せる仕組みが必要です。

では情緒的な価値が生まれる仕組みとはどのようなものでしょう。デジタル地域通貨がお金の機能を持つ以上、損得勘定に引っ張られてしまうのは仕方ないことかもしれません。だとすれば、デジタル地域通貨を損得勘定から離れた状態で使用できるような仕組みにする。例えば、デジタル地域通貨を地域のつながり強化を目的とした地域のスーパーアプリの1機能と位置付ける。地域アプリの利用者は受贈的な人格を持った状態ですので、デジタル地域通貨を使用するときもその状態がキープできるかもしれません。

まとめ

まだまだ課題の多いデジタル地域通貨ですが、希薄化した地域コミュニティを再生し、地域経済の好循環を生む仕組みとして十分期待できると考えられます。地域アプリで地域のために活動している人を知り、その人にポイントを送る——。これまであまり認知されていなかった地域内の価値が可視化されることで、住民同士のコミュニケーションが活発化し、ひいては地域経済の活性化につながる。デジタル地域通貨は地域の価値を引き出す通貨としてもっと普及してほしいと思います。