「ノンアルコール飲料」がブームになっています。ノンアルコール飲料が注目される背景はなにか、ノンアルコール飲料の普及で私たちの消費生活はどう変化するのか、消費経済への影響はどうか、という点について考察します。 |
ノンアルコールブームが進行中
「お酒の代わり」と言わせない魅力
私はお酒が好きです。飲酒日は金曜と週末に決めているのですが(一応健康のため)、きつい仕事が入ったときも「これをこなせば、うまい酒が待っている!」と思うと不思議に力がみなぎってきます。そんな私、酒好きがゆえにこれまで見逃していた現象があります。ノンアルコールブームです。
今やスーパーマーケットにノンアルコーナーが設けられているのは珍しい光景ではありません。ノンアルコールコーナーの棚は結構な広さですので、ビール目当てで店内を歩いていても自然とノンアルコールビールが目に留まります。
最近は少しづつ飲み会の機会も増えてきましたが、ノンアルメニューを注文する若い人の姿をよく目にします。酒好き人間からすれば、
- 「本当においしいの?」
- 「飲めない人がお酒の代わりに飲むものでしょう?」
などと思いがちです。しかし最近のノンアルコール飲料は私の想像を超えた進化をみせており、もはや「お酒の代わり」と言わせない魅力を放っています。糖質オフはもちろん、麦の風味が感じられるもの、ライム風味の濃厚な香りと酸味が加わったものなど、ビール通も唸るような商品が次々登場しています。
バーや居酒屋もノンアルメニューに力を入れています。今話題のモクテル(MOCKTAILS)は真似たという意味の「mock(モック)」と「cocktail(カクテル)」を組み合わせた造語で見た目は完全にカクテルそのもの。ホテルのバーなどでモクテルを注文する人も増えているそうです。さらにノンアル飲料に合わせた「ノンアルメニュー」が登場するなど、バーや居酒屋もノンアル対応にしのぎを削る時代になっているようです。
ビール10本に1本がノンアル
「お酒の代わり」とは言わせない商品に進化したノンアルコール飲料。その勢いを裏付けるように販売量は右肩上がりで伸びています。ビール市場を例にノンアルコールビールとビール(以下、発泡酒含む)の販売量を比較したのが下のグラフです。ビールの販売量は過去10年で約3割減少する中、ノンアルコールビール市場は1.7倍に急拡大しています。
ビールとノンアルコールビールの市場規模
ビール類の販売量は2022年で約78.0億本(1本あたり350ml換算)、ノンアルコールビールの販売量は7.7億本ですので、ビールに対するノンアルコールビールの割合は約1割です。つまり、
ビール10本に1本はノンアル
10人で飲み会をすれば1人はノンアルビールを飲む計算になります。「ゲコノミクス」という造語があるほど、今やノンアルコール市場は無視できない大きさになっています。「ノンアルコールは飲めない人が飲み会の雰囲気を壊さないための商品」との認識はすでに時代遅れということです。
ノンアルコールブームの背景
もはや一過性の現象とは言えないノンアルコールブーム。背景には何があるのでしょう。
成人の約5割は「飲まない・飲めない」
ノンアルコールブームの背景を探る上で第一に押さえておきたい点は、そもそも「お酒を飲まない人が増えている」という事実です。「若者のアルコール離れ」と言われて久しいですが、「成人の半数近くはアルコールを飲まない・飲めない」と言われると意外に思われる人も多いのではないでしょうか。見方を変えると「普段はお酒を飲まないのに外では無理して飲んでいた人が多い」ということなのかもしれません。
2019年の「国民健康・栄養調査(厚生労働省)」によると、アルコールを「飲まない・やめた」と回答した人は約4割(39.2%)です。「ほとんど飲まない」を含めると5割以上(55.1%)で、女性に至っては約7割に達します。これを人口に換算すると、「飲まない・やめた」は約4,000万人、「ほとんど飲まない」を含めると約5,700万人と推定されます(下図参照)。
「飲まない」人口(推定値:万人)
男女計 | 男 | 女 | |
---|---|---|---|
20歳以上人口 | 10,487 | 5,044 | 5,444 |
「飲まない・やめた」人の数 | 4,111 | 1,256 | 2,822 |
「飲まない・やめた」(「ほとんど飲まない」含む)人の数 | 5,778 | 1,922 | 3,821 |
ノンアルコールブームをけん引する4つの要因
飲まない人が5割以上もいるという事実を踏まえ、ノンアルコールブームの背景を探ると、4つの要因が浮かび上がります。
健康志向
ノンアルブームを支える要因の一つが健康志向の高まりです。ノンアルコール飲料はカロリーや糖質を気にする人の間で注目されるようになりました。「ノンアルコール飲料=健康やダイエットに良い」イメージになったのは、以下にみられる特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品のノンアルコールビールが多く販売されているからだと思われます。
- アサヒ「ヘルシースタイル」(トクホ)
- サッポロ「サッポロプラス」(トクホ)
- キリン「カラダFREE」(機能性表示食品)
- サントリー「からだを想うオールフリー」(機能性表示食品)
もっとも、アルコール=不健康というわけではありません。百薬の長ともいわれているように、適量のお酒はむしろ健康に効果的という考え方もあります。しかしアルコールはつい飲み過ぎて適量をオーバーすることが多いのも事実。ノンアルコール飲料は内臓脂肪や血糖値などもともと健康面で不安を抱える人にとって効果的な飲み物ということでしょう。
飲まないのがクール「ソバーキュリアス」
健康志向と相まって若者を中心に新たなムーブメントになりつつあるのが、
「ソバーキュリアス」
と呼ばれる現象です。「sober(シラフ)」と「curious(好奇心)」の造語で、「飲まないカッコよさ」「シラフこそクール」という意味を表しています。私が若い頃は「お酒を飲むのがクール」でしたが、今の若い人は真逆の価値観です。隔世の感を禁じえません。
ソバーキュリアスの背景にあるのが、
多くの人がお酒でトラブルを抱え、貴重な時間やお金を失っている
という事実。ソバーキュリアスの生みの親はルビー・ウォリントンという英国人です。お酒で問題を抱えるのは世界共通ということです。
味の進化
ノンアルコール飲料の「味の進化」もブームを支えている要因の一つです。発売当初のノンアルコール飲料は深みや飲みごたえが今一歩足りない印象でした。私の中では「やはりアルコールが入らないとあのコクや深みは出ないのだな」と思い込んでいました。
しかし現在発売されているノンアルコール飲料は驚くべき味の進化を遂げています。例えばキリンの「キリン グリーンズフリー」は自然派製法によって麦のうまみと華やかなホップの香りを引き出しています。
「味の進化」の背景にはメーカー各社の厳しい競争があります。その一端を覗かせるのが、2015年の「サントリー・アサヒ訴訟」です。サントリーはアサヒの商品の成分が同社の特許の数値の範囲内であったため、特許権を侵害していると提訴。一方のアサヒはサントリーの特許権は既存製品から容易に説明できると主張しました。結果的に両社は2016年に和解に至りますが、ノンアルコールビールに賭ける両社の思いの強さがうかがえるエピソードです。
メーカーだけでなく、バー・飲食店側の努力も見逃せません。モクテルは種類が豊富で、フレッシュハーブ、カラフルなシロップ、フルーツなどを加えて様々なレシピが日々生まれています。モヒートやマルガリータなど従来のバーメニューだけでなく、レモンハイやライムサワーなど日本の居酒屋メニューも充実しています。バーテンダーのプロ根性が垣間見れます。
飲まないけど「飲み会」は好き
ノンアルコール飲料は、飲みニケーションや駆けつけ3杯といった日本の酒本位社会によって抑え込まれてきた「飲まない・飲めない人のニーズ」に気付かせてくれます。特に浮き彫りとなったのが以下のような「場」に対するニーズです。
- 飲めないけど飲み会のような場で仲間と楽しく会話したい
- 飲めないけど一人でゆっくりバーでくつろぎたい
5千万人を超える「飲まない・飲めない」人々が上記のようなニーズを満たせていないのです。特に女性の7割はお酒を飲まない・飲めません。職場での飲みニケーションなど酒本位社会がもたらすストレスは相当なものだったはずです。
「飲みニケーションはイヤだけど、親しい仲間との飲み会は好き」
こうした女性にとって、ノンアルコール飲料は気兼ねなく楽しめる場を提供してくれたと言えるでしょう。東京・秋葉原にノンアル飲料を提供する「LOW-NON-BAR」がありますが、来店客は通常より10歳若く、女性が6割を占めているそうです。
ノンアルコール飲料はライフスタイルを豊かにする
ノンアルコール飲料は、飲まない・飲めない5千万人のストレスを軽減し、これまでにない豊かなライフスタイルをもたらす可能性を秘めています。では「ノンアルで豊かなライフスタイル」とは具体的にどのようなものか。自宅で楽しむケースと、バーや居酒屋など外で楽しむケースで確認してみましょう。
自宅で楽しむケース
コロナ禍ではお家でお酒を楽しむ「家飲み」が流行しました。飲まない・飲めない人でもノンアルコール飲料によって家飲みを楽しむことができます。一人でゆっくりテレビやネットをみながらリラックスタイムを過ごせますし、最近は自宅でのヨガの練習中にライム味のノンアルコール飲料を飲む人たちも増えているそうです。
ノンアルは家族との会話を増やす効果も期待できます。お酒を飲む人にとって家族が飲まないと「一人酒」のようになって居心地が悪くなることも少なくありません。しかし家族がノンアルコール飲料を飲めば「一緒に飲んでいる感覚」になって会話も弾むでしょう。
コロナ禍で起きている「調理疲れ」は、お酒を飲む家族と飲まない家族がいることで料理の品数が増えたことも影響しているはず。一緒に同じ料理を食べられれば調理負担も軽減されるでしょうし、つまみを一緒につくるなど調理の楽しみも共有できます。
外で楽しむケース
外でノンアルコール飲料を楽しむ場合は自宅以上の変化が期待できます。飲める人も飲まない人もお互い気兼ねすることなく楽しめます。
ノンアル飲料は飲みニケーションへの嫌悪感も軽減できる可能性があります。会社の飲み会でよくある「ビールで乾杯」は飲めない人にとって苦痛でしかありません。ノンアルが選択肢に加わるだけで強要される感覚はだいぶ軽減されるでしょう。
私が個人的に有効だと思うのはビジネスランチの場です。仕事仲間や顧客との食事で「お酒があれば」というシチュエーションは時々ありますが、ランチタイムではそうはいきません。そんなとき、お酒ではなくノンアルコールを一緒に注文すれば、ランチの会話もよりスムーズにいくのではないでしょうか。
ノンアルコールブームが消費を盛り上げる
こうしてノンアルブームを消費者目線で捉えると、一過性のブームで終わるのではなく消費活動を構造的に変化させる可能性をもっていることがわかります。「ゲコノミクス」という言葉があるように、飲まない・飲めない人が(ノンアルを)飲むことの経済効果は非常に大きいと言えます。つまり、
ノンアル革命で5千万人以上の眠っていた消費を掘り起こす
ということです。消費水準をコロナ禍以前に戻すには、このような消費の構造変化をもたらす革命が必要なのかもしれません。