飲食店と料理人

「終わらないコンテンツ」が熱い(飲食サービス編)-贈与と信頼でビジネスが回る

「終わったコンテンツ」のことを一般にオワコンと言いますが、今後は「終わらないコンテンツ」という意味のオワコンが重要キーワードになりそうです。

今回は「飲食サービス」の世界でも「終わらないコンテンツ」が重要になっている点について解説したいと思います。

飲食サービスの「終わらないコンテンツ」とは?

飲食サービスの「終わらないコンテンツ」って何?と思われる人も多いでしょう。どのような飲食サービスが終わらないコンテンツなのか。

  • お店を出た後に「余韻」が残る
  • お店の外でもお店とつながっている
  • そのお店に行けば近所の誰かと会える

お店を出た後も料理やサービスの素晴らしさが心に残り続ける。自宅にいるときもSNSなどでシェフや店員の行動や考え方に触れ続ける。サービスを受けている時も受けていない時もお店の存在を感じる。お店が地域の特別な空間になっている。飲食サービスの「終わらないコンテンツ」はこのような特徴を持っています。

飲食サービスの価値提供スタイルが二極化

では終わらないコンテンツを提供する飲食店とはどのようなタイプのお店なのでしょう。

飲食店には様々なタイプがありますが、顧客に提供する価値という点でみると、大きく「機能価値型」「情緒価値型」の2タイプに分けることができます。

機能価値店は「はやい・やすい・うまい」で勝負

機能価値とは消費者に便利さや快適さを提供する価値のことです。飲食店の機能価値とは?と問われたときに真っ先に思いつくのが、言わずと知れた吉野家のキャッチフレーズ

はやい・やすい・うまい

です。コロナ禍ではそこに「安心・安全」「近い」の2つの要素が加わることになります。「安心・安全」はテイクアウトやデリバリーサービスのニーズを高め、「近い」は住宅・郊外店のニーズを高めました。

「はやい・やすい・うまい」を提供する飲食店は「終わらないコンテンツ」にはなりえません。「江戸っ子」のように手っ取り早く食事を済ませる。機能価値店が提供するのは、「終わらないコンテンツ」とは真逆の「その場で終わるコンテンツ」です。

機能価値で勝負するのがチェーン店です。例えばコロナ禍で業績を伸ばしている牛丼チェーンは「すき家」です。好調さの理由は「立地」。すき家はもともと郊外や住宅街の立地が多く、在宅勤務時の需要をうまく取り込むことに成功しました。吉野家・松屋は「はやい・うまい・やすい」では負けていませんが、コロナ禍の「近さ」勝負に負けた格好です。

情緒価値店は「ゆっくり・共感・応援」で終わらないコンテンツ

機能価値型の「はやい・やすい・うまい」に対する情緒価値型のキーワードはなんでしょう。それは、

ゆっくり・共感・応援

です。顧客にゆっくりとした時間を過ごしてもらい、素材・調理の考え方に共感してもらい、ファンになってもらう。情緒価値店が提供する価値は機能価値とは真逆です。顧客との「顔の見える関係性」で成り立っているといってもいいでしょう。

情緒価値店のサービスはお店の外でも続いています。SNSや動画でランチメニューに使用する素材を紹介したり調理の仕方を惜しげもなく披露する。情緒価値店はお店の内と外で顧客とつながり続けることで「終わらないコンテンツ」になっています。

「終わらないコンテンツ」を提供する飲食店とは

「終わらないコンテンツ」を提供する情緒価値店とはいったいどんなお店なのか。2つほどご紹介します。

【ケース1】動画を駆使して新規ファンを獲得する「三國シェフ」

コロナ禍で実店舗の集客がフリーズ状態になる中、SNSや動画を使ってお店の外から顧客に有益な情報を提供、新規ファンを獲得しているのが日本のフレンチ界の重鎮「三國清三」シェフです。

三國シェフは20年4月にYouTubeチャンネル「オテル・ドゥ・ミクニ」を立ち上げ、家庭でも手軽に作れるようなレシピを毎日配信し続けています。三國シェフの動画で貫かれているのは徹底した顧客目線。「毎日の献立に悩む」「もっと料理の腕を上げたい」といったニーズに対し、近所のスーパーでも購入できる食材を使ってレストランの味を引き出すれれレシピや技を惜しげもなく披露してくれます。楽しそうに笑顔で調理するシェフの姿をみていると「自分も作ってみたい!」と思わせる魅力があるのです。

かくいう私も御多分に漏れず、シェフの笑顔に乗せられて何品か作らされた1人です。「鶏の悪魔風」「ミートボール」「鶏もも肉のジャンボネット」「秋のフルーツサラダ」など、どれも素晴らしい仕上がりで「自分は料理の天才ではないか!」と錯覚するほどです。

顧客目線でプロの技を披露しまくる三國シェフ。その秀逸さはビジネスとして成立している点にあります。ただビジネスといっても三國シェフの動画には広告が貼られていません。どういうことか。収益化(マネタイズ)の仕組みはこうです。

  1. 顧客目線でひたすらギフトしまくる
  2. 顧客は「健全な負債感」のような心理になる
  3. 受け取ったギフトのお返しをしたくなって来店 ⇒マネタイズ

「人々の調理の悩みを解決したい」「料理に対する考えを知ってもらいたい」といった思いを胸にシェフは毎日動画でギフトしまくる。すると動画を見ている人は「こんなに頂いちゃっていいのかな・・」と健全な負債感のようなものが溜まり、「お礼をしたい」「お返しに行かなくては」とお店に予約を入れる。情緒価値の交換がビジネスを成立させているのです。素晴らしいと思いませんか。

【ケース2】支援し合う関係性を大事する「クルミドコーヒー」

「終わらないコンテンツ」を提供する情緒価値店。2つめは東京国分寺のカフェ「クルミドコーヒー」です。

2008年に1号店、2017年に2号店をオープンさせていますが、チェーン店のような規模展開はせず、あくまで地域密着型でやっていく方針のようです。規模を拡大せず地域密着にこだわるのは、同店が「人々の関係性から生まれる価値」を大事にしているからです。スタッフとの関係性、お客さんとの関係性、仕入れ先の方との関係性すべての関係性を大事にする。

顔の見える関係性を重視することで何が起こるのか。

スタッフは従業員ではなく一人の「人」になります。同様にお客さんも顧客ではなく「人」、仕入れ先の方も生産者ではなく「人」。取引関係者というより近所の人や友人のような関係性になる。それは立場を越えた付き合い、つまり、

助けたり助けられたりする「支援し合う関係」

となります。「支援し合う関係」はお金を支払ったらそこで終わりにはならない。つまり必然的に「終わらないコンテンツ」となるわけです。

店主の影山氏は著書の中で以下のように「利用し合う関係」から「支援し合う関係」の大事さを訴えています。

会社は、会社の目的のために社員/従業員を利用する。逆もまたしかり。こうして「利用し」「利用される」関係が、会社/ビジネスのまわりに広がっていく。
(中略)
相手に利用価値を求めるということは、自分も利用価値を求められるということ。
ぼくらはその逆をいきたいと思っている

影山知明「ゆっくり、いそげ」大和書房 より抜粋

終わらないコンテンツは「贈与」と「信頼」で成り立つビジネス

「取引・信用」と「贈与・信頼」の違い

こうして終わらないコンテンツを実践する飲食店の例をみて、あるワードが浮かび上がってこないでしょうか。

贈与」と「信頼」です。

人々の調理の悩みを解決したいと動画で毎日アドバイスする「三國シェフ」。地域の人々との顔の見える付き合いを大事にする「クルミドコーヒー」。共通するのは見返りを求めない贈与的な姿勢です。

資本主義の基本は「交換・取引」です。ギブ&テイク、ウィン-ウィンという損得勘定が基準となり、人との関係性は「信用」という言葉で表されます。信用ということは相手がギブできないと成り立ちませんので、その時点で関係性も終わってしまいます。こうした利用し合う関係から「終わらないコンテンツ」は生まれません。

一方、見返りを求めない贈与的な行動がベースにあれば、相手がギブできなくても切り捨てたりせず、ギブできるよう支援するでしょう。こうした支援し合う関係を「信頼関係」と言います。利用し合う関係(信用)と支援し合う関係(信頼)はまったく異なります。

贈与と信頼は「値上げ」を可能にする

皆さんの中には、

「贈与とか信頼とか、綺麗ごとをいってもお金にならないんじゃ元も子もないのでは」

こうお感じになられた方も多いかもしれません。しかし三國シェフやクルミドコーヒーの事例をみてもわかるように、贈与と信頼から生まれる「終わらないコンテンツ」はビジネスとして立派に成立します。いや、むしろビジネスとして成功させるために贈与と信頼が重要になるといっていいかもしれません。なぜか。

三國シェフが広告を貼らない動画で贈与しまくり、贈与を受けまくったユーザーが感謝のしるしとしてお店に予約を入れる。こうして三國シェフの贈与が情緒価値となって収益化(マネタイズ)されるのです。

私は取引・信用をベースとした経済活動よりも、贈与・信頼をベースとした「終わらないコンテンツ」のほうがビジネスとしても成功する可能性が高いと感じます。それは「値上げ」に対する消費者の反応に表れます。

棚に置かれた商品をレジに持って買い物をする場合、商品を作った生産者の顔までは見えませんので、消費者の意識は価格や品質といった損得勘定が支配します。損得勘定が優位になると値上げに対する反応はネガティブなものになり、結果的に値上げしづらい環境が生まれます。日本の小売店の売り場はそのような状態にあります。

一方、クルミドコーヒーのように贈与・信頼をベースとするお店の場合、コーヒー一杯にどのような人が関わっており、どれだけ苦労しているのかが見えますので、値上げに対する反応は「理解できる・応援しよう」というポジティブなものになります。

多くの飲食店は原材料の高騰を前に値上げできずに苦しい思いをしています。取引・信用をベースに商売をしている限り値上げは厳しいのは当然です。三國シェフやクルミドコーヒーのように贈与・信頼をベースに「終わらないコンテンツ」を目指す。そうすれば価値と値段がイコールとなり、結果的に値上げしやすくなるのです。