食をバリューチェーンで捉えた対抗策
大戸屋の食材を自宅に届ける
コロワイドから敵対的TOB(株式公開買い付け)を受け、何かと世間を騒がせている大戸屋ホールディングス。20年8月14日に食品宅配大手のオイシックス・ラ・大地(以下、オイシックス)との業務提携を発表しました。
コロワイドとの対立が鮮明になる中、大戸屋サイドが起死回生の対抗策を打ち出してきた格好です。
発表によると、大戸屋とオイシックスは食材と調味料がセットになった「ミールキット」を共同で開発、自宅に届けるサブスクリプション・サービスを立ち上げるものです。大戸屋は料理の製法や材料を提供し、オイシックスは製造や配送を行います。
食の「内-中-外」を意識
大戸屋は中食市場という店舗以外の販路が開け、オイシックスは取り扱う商品の多様化が期待できるというわけです。このニュースが飛び込んできたときの私の反応は「その手があったか!」です。
コロワイドの提案は同じ「外食エリア」の中で問題を解決しようというものです。そうなると必然的にセントラルキッチンによる合理化策のようなあまり面白みのない選択肢しか生まれません。
これに対し今回のオイシックスとの業務提携は「中食エリア」という別エリアに視点を移したものです。扱っているのが同じ「食」なのだから、内食-中食-外食という「食のバリューチェーン」を通じたサービスの提供をしていきましょう、というのが今回の業務提携のポイントかと思います。
オイシックスの「食を伝える力」
大戸屋の課題は食を伝える力の弱さ
ここで改めて大戸屋が抱える問題について整理しておきましょう。
前稿でも書きましたように、大戸屋の低迷のきっかけは2度にわたる「値上げ」にあります。2018年と2019年に行った値上げは日常メシを食べにくる顧客に割高感を与え一気に客離れが進みました。
大戸屋の問題は値上げそのものではありません。値上げを受け入れてもらえない「顧客との距離」にあります。
大戸屋にとって値上げは美味しさと品質を維持するために必要な対応だったのでしょうが、日常メシを食べにくる顧客には理解してもらえなかった。大戸屋の低迷の本質は「食を伝える力」の弱さにあります。
生産者情報を伝えるオイシックスのサービス
私は今回のオイシックスとの業務提携は離れてしまった「顧客との距離」を縮める絶好のチャンスになるのではないかと感じています。
理由は2つあります。
一つは大戸屋が大切にしている食材の価値やストーリーを顧客に伝えやすくなることです。オイシックスが届ける食材は一つ一つ産地や品質について丁寧に書かれています。下の写真のように、なめこは長野県の滝沢さん、にんじんは北海道の鈴木さんという具合に生産者情報が丁寧に明記されています。
大戸屋のメニューのほとんどはこだわりの食材で作られていますが、食材のもつストーリーまでは伝えきれていません。大戸屋の食材のすばらしさをオイシックスの中食市場を通じて顧客に届ける。そうすれば、値上げで顧客が離れていくようなことも少なくなるはずです。
2つめは「調理体験」を通じて大戸屋の魅力を伝えることができる点です。先のように食材の価値は言葉や画像で伝わります。しかしそこに「調理」という体験が加われば、より深く大戸屋の食材とメニューの素晴らしさを伝えることができるでしょう。
食材と調味料がセットになった「ミールキット」で大戸屋のメニューを自分で作ってみる。「セントラルキッチンでこの味を出すのは難しいだろう」「店内で調理してこそ、この味が出せるのだろう」と感じる人も少なくないはずです。
さらなる強化策を考えてみる
【提案1】産直サービス「ポケマル」と組んで内食サービスを強化
ここで私が提案したいのは、オイシックスとの業務提携効果をさらに強化するための「内食サービス」です。
先の写真のようにオイシックスの食材には生産者の情報もありますが、メインはあくまで中食サービスです。生産者の生々しい情報を伝える内食サービスが欲しいところ。外食(大戸屋)+中食(オイシックス)に内食サービスが加われば、大戸屋はバリューチェーン全体で食の魅力を届けることが可能になります。
では内食サービスはどうしたら提供できるのか。
「ポケマル」というスマホアプリをご存じでしょうか。全国の農家や漁師さんからスマホ一つで直接食材が購入できる産直アプリで、生産者と直接話せる機能も付いています。食材の持つ魅力をダイレクトに伝えることができるため、コロナ禍でも顧客数を伸ばし続けています。
このサービスを運営しているのがポケットマルシェという会社ですが、こうした「内食」に強い企業と連携すれば上流から下流、すなわち食のバリューチェーンを一気に取り込めます。生産者の生の声を顧客に届けることができれば、大戸屋の食材とメニューに別のストーリー性が加わることになるからです。
こうして大戸屋の食材へのこだわりを内食-中食-外食の3つのエリアを通じて届けることができれば、値上げに対する顧客の反応も悪いものにはならないでしょう。
結果として大戸屋のポジションは下の図のように変化します。便利さを求める日常メシと食材やメニューの意味を感じながら食事を楽しむ非日常メシの「あいだ」に移行できるわけです。
バリューチェーン全体で大戸屋の価値を引き上げる
【提案2】外食と中食のメニューを変える
もう一つの強化策はメニューの差別化です。大戸屋の本来のステージは外食です。経営陣も中食市場を本業にしようとはさすがに考えていないでしょう。
先のように中食というフィールドで大戸屋の食材やメニューの意味的価値を高めることができれば、店内で本物を味わいたいというニーズは必ず出てきます。
自宅で大戸屋の味を100%再現できればいいのでしょうが、プロの調理人でしか出せない領域というのが必ずあるものです。そこがセントラルキッチンではなく店内調理という大戸屋のこだわりにつながっています。
とはいえ、中食と外食のメニューが同じというのは店舗への訴求力としては弱いと言わざるを得ません。中食で貯まったポイントを店舗で使ってもらうには、店舗ならではのこだわりメニューが必要になります。
世界中でレストラン事業を展開する「ウルフギャング・パック」は、魅力あるテイクアウト・メニューを提供することでコロナ禍の苦境を乗り切ろうとしています。当初は店内と同じメニューを提供していたようですが、徐々に注文がこなくなります。そこで店舗メニューとは違うテイクアウト専用のメニューを開発したところ、新鮮な驚きとともに顧客が戻ってきたそうです。
日常メシと非日常メシの「あいだ」に相応しい料理を大戸屋の店舗で味わってみたいものです。
【追記】コロワイドによるTOB成立を受けて
20年9月8日、コロワイドの大戸屋HDに対するTOB(株式公開買い付け)が成立したようです。コロワイドが保有する約19%とTOBへの応募株の合計で47%程度となり、40%を下限とする成立条件を上回ったことによります。これで大戸屋HDはコロワイドの連結子会社となります。
TOB成立は既定路線だったようですが、私としては、同じ外食エリアでの解決を目指すコロワイド案より、内-中-外の食のバリューチェーンを通じて大戸屋の魅力を伝えるオイシックス提携案に驚きと共感を覚えていただけに今回の結果はちょっと残念な印象を持ちました。
こうなるとセントラルキッチンによる合理化を目指すコロワイド案が再建の柱になりそうなところですが、果たしてそうでしょうか。マスコミが描く二者択一の議論は非常にわかりやすいですが、経営とはそう単純なものではないはずです。
そもそもセントラルキッチンか店内調理かという議論に意味はありません。大戸屋の業務ごとのバリューをしっかり精査し、セントラルキッチンで効率性と品質が上がるものは即座に取り入れ、そうでないものは店内調理を採用すればよいわけです。煮込み用のスープなどはセントラルキッチンのほうがより安定した品質を出せるでしょうし、時間が勝負の炒め物や焼き物は店内調理がベストでしょう。
大戸屋の再建で最も重要な課題は「伝える力」を高めることです。セントラルキッチンと店内調理のハイブリットで効率化と高品質化を目指す。そこに以前より格段においしくなった大戸屋の定食の魅力を「伝える力」が加われば値下げの必要もなくなります。「伝える力」のカギを握るのはオイシックスとの連携です。
セントラルキッチン+店内調理+オイシックス連携が実現すれば、いままでにない外食ビジネスが誕生するでしょう。コロワイド経営陣にはセカンドベストではないベストな選択をしてもらいたいと思います。