定食

【大戸屋(1)】値上げが顧客に受け入れられない理由 - 目指すは日常と非日常の「あいだ」

外食産業 復旧か構造改革か

新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、外食産業からは次々と店舗閉鎖のニュースが舞い込んできます。

吉野家ホールディングスは国内外3300店舗のうち21年2月末までに最大150店舗を閉店すると発表しました。日経新聞の調査では外食産業で店舗の閉鎖を強いられた数は8月29日時点で1000店舗を超えたそうです。

前回お話ししたように、消費がコロナショック前の水準に戻るまで3年以上かかるとなると、店舗閉鎖は今後さらに増加する可能性が高いのではないでしょうか。

企業が危機に直面したときにとるステップは、「止血」⇒「治療」⇒「構造改革」です。自然災害など危機が局地的かつ短期の場合は、復旧プロセス(止血⇒治療)で回復に向かいます。しかし今回のコロナ禍のように危機が後半かつ長期に及ぶ場合、企業によっては業態転換など3つ目の構造改革まで踏み込む必要がでてきます。

構造改革が必要かどうかの境目はコア事業の競争力です。コア事業の競争力は十分あり業績悪化の原因がコロナ禍の影響だけであれば、取るべき対応は復旧プロセスで十分です。飲食の場合はテイクアウトや宅配などの「手段」を強化する流れになります。

しかしコロナ禍以前から競争力の低下が起きている企業の場合、復旧だけでは不十分です。構造改革まで踏み込まなければ明日はないということです。

大戸屋「復旧」より「改革」

前置きがなくなりましたが、今回取り上げるのはコロワイドによる敵対的なTOB(株式公開買い付け)で何かとお騒がせの大戸屋ホールディングス(以下、大戸屋)です。

他の外食企業同様、大戸屋も厳しい売上急減に見舞われています。同社が取るべき危機対応は先の3つのプロセスのどこでしょう。

私は同社が取るべきは止血⇒治療の復旧プロセスでは不十分だと考えます。構造改革まで含んだフルセットで取り組まない限り再生は不可能ではないかと危惧しています。

下のグラフは大戸屋とファミレス全体の売上高伸び率を比較したものです。3月以降は大戸屋も他の外食企業もほぼ同じレベルでコロナ禍のダメージを受けていますが、注目すべきは2019年です。

2019年のファミレスの売上はほぼ横ばいでなのに対し、大戸屋の売上は19年に入って右肩下がりとなっています。これは大戸屋がコロナ禍という外部ショックが起きる前から構造的な問題を抱えていたことを示唆しています。

大戸屋とファミレスの売上高伸び率

大戸屋とファミレスの売上高伸び率の比較

2度にわたる値上げ

2019年の売上減少を起こした要因の1つがメニューの「値上げ」と言われています。

大戸屋は人件費や食材の高騰等を理由に、2018年7月と2019年4月の2度にわたって値上げを行っています。19年4月のメニュー改定では安価で人気だった「大戸屋ランチ」720円(税込み、以下同)を廃止し、定食メニュー12品目を値上げしました。「しまほっけの炭火焼き定食」(970円→1,040円)のように1,000円超えメニューも登場しました。
その後「大戸屋ランチ」は790円で復活しましたが時すでに遅し、客離れは止まりませんでした。

顧客はなぜ高いと「感じた」か

値上げが客離れを招いたのは疑いようもありません。重要なのは、なぜ顧客は値上げを受け入れることができなかったのか、すなわち「高いと感じたか」です。

価格そのものには高いか安いかという絶対基準はありません。どんな商品でも高いと感じ出れば高いし安いと感じれば安いわけです。リッツ・カールトンでは100円のコーラを1,000円で売っても苦情はきません。1,000円でも高いと感じていないということです。

顧客が値上げを受け入れるかどうかは空間やシチュエーションに大きく依存します。大戸屋は「定食」という私たちにとってより身近で日常的な商品を提供しています。私が大戸屋で食事するときはだいたい平日のランチ時で1,000円未満のメニューを注文することがほとんどです。限られた時間でおいしい食事がとれる手軽さとリーズナブルさを重視します。

一方、同じ定食でもシチュエーションが変われば価格に対する許容範囲は変化します。久しぶりに会う友人とランチをするようなシチュエーションでは、丸ビルのようにゆっくり話ができる落ち着いた空間を選択します。定食でも値段は1,000円を超えますが特に高いという印象はありません。

一人でさくっと食べる定食と友人とゆっくり話をしながら食べる定食。前者と後者ではシチュエーションが異なるため、同じ定食でも許容できる値段が異なるのは当然です

下の図は大戸屋の値上げがなぜ顧客に高いと感じさせたかを示しています。大戸屋に来店する顧客のモードは「手軽においしい食事をリーズナブルな値段で」です。そこで1,000円を超えるメニューは「日常メシ」としては高いと感じるのは当然です。

2度の値上げと大戸屋が向かう先

2度の値上げと大戸屋が向かう先

coco壱番屋も値上げで客離れ

このように大戸屋の低迷の本質は、日常メシのモードで来店する顧客に対して許容範囲を超える値上げを行ったことにあります。 

大戸屋と同じ理由で値上げによる客離れに苦しむ企業がいます。カレーハウスcoco壱番屋(ココイチ)を展開する(株)壱番屋です。ココイチも人件費や食材の高騰を理由に度重なる値上げを行ってきました。

2019年3月には定番メニューのポークカレーが484年から505円に21円値上げされた(東京23区内)。ココイチの魅力は豊富なトッピングにあるが、少しトッピングしただけで1,000円を超えるようになりました。私も最近は手軽にカレーを食べたいときは松屋に行く頻度が上がったように思えます。

インバウンド客ならまだしも、日本人にとってココイチは大戸屋と同じ日常メシの存在です。トッピング付きで1,000円を超えるとなると、さすがに日常メシとしては松屋や吉野家がリーズナブルに感じます。

一方、家族や友人と話題のおいしいカレーを食べに行く非日常メシのときは本格的なスパイスカレーを提供する専門店に足を運ぶでしょう。

日常と非日常の「あいだ」

このように大戸屋やココイチなど、顧客の日常メシに寄り添いながら業績を伸ばしてきた店舗はコストアップによる値上げでかつてのポジショニングを失いつつあります。

では大戸屋やココイチはどこへ向かうべきなのでしょう。取りうる方向性は2つあります。一つはコロワイドが大戸屋に提示したスタイル、すなわち合理化戦略です。日常メシのエリアで勝負する限り、いくら店内調理で質をアピールしても今の値段では客の許容範囲を超えてしまいます。セントラルキッチンの導入で合理化すれば値下げも可能になります。

これに反発する大戸屋経営陣の気持ちもわかります。仮に合理化で値下げができても日常メシのエリアは やよい軒、松屋、吉野家、王将など競合他社だらけのレッドオーシャン市場だからです。

そこで登場するのが2つ目の選択肢です。それは非日常メシの要素を取り入れることです。顧客が日常メシのモードで来店する限り1,000円超えメニューは受け入れらない。であれば1,000円超えメニューが受け入れられるような空間、つまり非日常メシの要素を取り入れるというものです。

非日常メシの要素を取り入れるにはストーリー性や意味付けが重要になってきます。使用する素材には生産者の熱い想いがこめられていることを伝える。店舗内は友人や家族ともゆったりくつろげる快適空間を目指します。落ち着いた店舗空間で食材やメニューのストーリーを伝えられれば、1,000円超えメニューも決して高いとは思わないでしょう。

ただ大戸屋が非日常エリアに完全にシフトするのは得策とはいえません。非日常エリアにはすでに料亭や丸ビルなどに入っている和食の名店がいるからです。

私はもともと大戸屋が持っていた庶民的でほっとする空間を捨てる必要はないと思っています。日常の先にあるちょっとした非日常も味わえる空間、すなわち日常と非日常の「あいだ」にこそ大戸屋の新しいポジションがあるのではないでしょうか。

どちらを選択するかは経営判断であり正解はありません。ただ今は消費が回復するまで3年以上もかかる長期的な危機下にあります。手をこまねいている時間は残されていません。