【記事のポイント】
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改定メニューで「値下げ」
1,000円超えメニューが減少
定食チェーン「大戸屋」は21年3月の改定メニューで「値下げ」を行いました。
過去2度にわたる値上げで批判を浴びた同店ですが、改定メニューでは約10のメニューで値下げ行われています。1,000円超えで批判の声が上がった「しまほっけの炭火焼き定食」ですが、改定メニューでは980円(税込み)に値下げしました。
【21年3月改定メニュー(税込み)】 大戸屋ランチ定食 790円⇒740円(▲50円) |
20年9月のTOB成立で大戸屋ホールディングスの親会社となった外食大手「コロワイド」との共同仕入れでコストが下がり、今回の値下げが実現したようです。コロワイド経営陣のインタビュー記事をみても、大戸屋の再建は「安くておいしい」を目指す
まずは仕入れコストの削減と物流の効率化を図る。仕入れ条件やオペレーション(店舗の運営)などを見直し、(コロワイド)グループと(食材購入などの)スペックを合わせていく。そうすることでスケールメリットを出し、効率化を図っていきたい。
東洋経済ONLINEの記事より抜粋
上はコロワイド経営陣のインタビュー記事(20年9月)の抜粋ですが、この内容を見る限り、コロワイド経営陣が描く大戸屋再建は
「安くておいしい」定食屋
を念頭に進められていることがわかります。
値下げ効果は限定的
この値下げの効果はどうだったのでしょう。売上高のトレンドを確認するため、売上高の12ヵ月移動平均をみると、21年5月でようやく底打ちした感があります。値下げが底打ちのきっかけを作った可能性はあるかもしれません。
大戸屋の月次売上高(12ヵ月移動平均)の推移
しかしです。値下げは底打ちのきっかけを作ったかもしれませんが、問題は業績のトレンドを上向きに変えられるかどうか。実際、値下げ後の売上高をみても横ばい状態が続いており、コロナ禍以前の水準には遠く及びません。
私は値下げでは業績トレンドを上向きに変えられない、と考えています。
値下げは底打ちのきっかけにはなっても、大戸屋を力強い成長軌道に乗せることはできないのです。
コロナ禍で高まる2つの価値の重要性
「値下げで業績のトレンドは変えられない」のは私が偉そうに言わなくても経営者なら身に染みて感じているはずです。ただその度合いがコロナ禍でより強まっている、という点は強調しなくてはいけません。
外食ニーズは「普段使いとしての日常メシ」と「普段味わえない食体験を提供する非日常メシ」に分けられます。前者は手軽さと安さで勝負する機能価値、後者は食のストーリー性で勝負する体験価値を提供していると言えます。
コロナ禍ではこの2つの価値をめぐる競争がより熾烈になっています。手軽で安い機能価値で勝負するにせよ、ストーリーを提供する体験価値で勝負するにせよ、大変な戦いを強いられるということなのです。
大戸屋がこの2つの価値で勝負できるのかどうか検証してみましょう。
「機能価値」エリアは強者だらけ
機能価値の重要な要素は「手軽さ」と「安さ」です。
機能価値で勝負する外食の代表がマクドナルドなどのファストフード業界です。選択しやすいメニューと提供時間の早さは忙しい日常メシにピッタリはまります。コロナ禍でデリバリーサービスも強化しており、機能価値にさらに磨きをかけています。
大戸屋と競合しそうなご飯ものを提供する吉野家・松屋など牛丼チェーンも早くから「安くて早くてうまい」機能価値をモットーに取り組んでいます。
「内食」商品も外食に負けない機能価値を提供しています。最近はラーメン店を上回るクオリティのチルド麺も多く、安さと美味しさで顧客を魅了しています。
外食と内食が入り乱れる機能価値の競争で大戸屋はプレゼンスを発揮できるでしょうか。
残念ながら厳しいと言わざるを得ないでしょう。1,000円を少し切る程度の価格で安さはアピールできませんし、外食店に負けない美味しさを提供する内食商品との差別化も簡単ではありません。
大戸屋は手軽さと安さの機能価値で勝負する道は避けた方がよさそうです。
「体験価値」エリアはもっと強者だらけ
機能価値のエリアでガチ勝負できないとなれば、ストーリー性で勝負する体験価値のエリアはどうでしょう。
ここはもっと厳しいです。体験価値エリアは突き抜けた強者が多い世界なのです。
体験価値の象徴は有名シェフのいる一流料理店です。有名シェフがいかにストーリー性を持った存在なのかはYouTubeの動画をみればよくわかります。最近は、道場六三郎、日高良実、三國清三といった料理界のドン達が惜しげもなく技術とレシピを公開しています。
なぜドン達は余すところなく技術を公開しても平気なのでしょう。「技術が盗まれる」「レシピが真似される」という恐れはないのでしょうか。
それは彼らが生み出す価値の源泉はもはやアウトプットしての料理ではなく、出来上がるまでのプロセスに宿るストーリーにあるからです。レシピや技術はコピーできるかもしれませんが、ドン達の「生き様」であるストーリーはコピーできません。「なぜあれだけ素晴らしい料理が生み出されるのか」の答えとなる圧倒的なストーリー性・哲学があるからこそ堂々と技術やレシピを公開できるのです。
ヒントは消費者にあり
「突き抜けなくていい」と発想を変える
手軽さ・安さの機能価値もダメ
ストーリー勝負の体験価値もダメ
となると、大戸屋のような定食チェーンにはもはや差別化できるポジションなど残されていないということなのでしょうか。いや、そんなことはありません。ポジションはあります。ただそれには発想を少し変える必要があります。それは、
「一つの価値で突き抜けなくてもよい」という発想に切り替えるのです。
周りから「これからは簡便さと安さで勝負する機能価値の時代だ」と言われても、競合店の価格を下回る値下げまでする必要はない。
「これからは食のストーリー性で勝負する体験価値の時代だ」と言われても、道場六三郎を上回るストーリー・哲学を持つ有名シェフを雇う必要はない。
- 機能価値と体験価値に対し、自社なりの折り合いをつける。
- そこから見えてくるポジションで差別化を図る。
このほうが大戸屋にとって地に足のついた店舗運営ができると考えます。
消費者は「最高の価値」だけを求めているわけではない
「2つの価値に対して自社なりの折り合いをつける」とは、機能価値と体験価値の両方で一番を目指さないということです。そんなことで独自のポジションなど見つけられるものでしょうか。
ヒントは「消費者」にあります。
私たち消費者は様々な顔を持っています。多忙な日の食事で優先されるのは「手軽さ」です。外食ならファストフード店や立ち食い蕎麦屋、自宅ならデリバリーでサクッと済ませたいものです。私も〆切が迫る日の食事はデリバリーか近くのコンビニという生活になります。お店に求めるのは最高の機能価値です。
一方、仕事も片付き自由時間がたっぷりある日の食事はどうでしょう。そんな時はYouTubeをみて惚れ込んだ有名シェフのいるお店に足を運びたくなるものです。お店に求めるのは最高の体験価値です。
しかし消費者が最高の価値を求めるシチュエーションは実際にはそう多くありません。
〆切に追われて毎日マックやコンビニという人は少ないでしょう(そういう人もいますが)。有名シェフのお店に毎日のように足を運ぶ人もいないでしょう。つまり最高の機能価値を求める日も最高の体験価値を求める日も1年の中で数えるほどしかないのです。
現実の消費生活は最高とは言えない価値を受け続けることで成り立っています。機能価値も体験価値も欲していることは事実ですが、常に最高でなくていいのです。最高の価値を毎日浴び続けていたら普通に生活などできなくなるからです。
「ほどよさ」がもたらす心地よさ
そこで出てくるキーワードが「ほどよさ」です。
私の近所の立ち食い蕎麦屋は「ほどよい塩梅」に手軽さとストーリー性を味わえます。その立ち食い蕎麦屋はチェーン店ですが、店主が気さくな方で常連客が多いお店です。常連客は年配の方が多くいつも店主と世間話を楽しみながら蕎麦をすすっています。
最近になってその立ち食い蕎麦屋の空間に少し変化がみられるようになりました。 コロナ禍の飲食店の苦労を知ってか、常連客とは思えない若いお客さんも店主と話をしているのです。食べ終わった後は「ごちそうさま、また来ます」と出ていく。立ち食い蕎麦屋ではあまり見ない光景です。
立ち食い蕎麦屋は手軽さ(機能価値)がウリですが、そこに店主との楽しい会話(体験価値)が加わることで「ほどよく手軽さとストーリー性を味わえる空間」になっています。
大戸屋は「ほどよい手軽さとストーリー性」で勝負
これまでの考察から言えるのは「機能価値や体験価値で突き抜ける必要はない」ということです。それよりも、
- 手軽さ・簡便さだけでは味気ない。
- かといって一流料理店に行くのはハードルが高い。
そんな消費者に「ほどよい手軽さ」と「ほどよいストーリー性」を提供する。大戸屋の目指すポジションにそこにあるような気がします。
マックほどの手軽さと便利さはなくてもいい。三國シェフの料理ほど深い学びがなくてもいい。先の立ち食い蕎麦屋のように「何かに突き抜けているわけではないがどこかホッとする空間」であれば手軽さとストーリー性がほどよく醸成され、結果として消費者はそのお店に引き寄せられるはずです。
では今の大戸屋はどうか。
「ほどよい手軽さ」についてはいいところまできています。コロワイドとの共同仕入れで値下げできるコスト体質になりました。テイクアウトサービスも強化しています。国産野菜や調味料にこだわった「大戸屋 おかず処」をデパ地下に次々展開しています。
問題は「ほどよいストーリー性」のほうです。
大戸屋のウリは「食材の良さ」と「手作り感」です。この2つの要素は顧客の共感を引き出すストーリー性(体験価値)に直結します。しかし今の大戸屋はせっかくの「食材の良さ」と「手作り感」をストーリーにつなげることができていない。そこが問題です。
実は大戸屋のストーリー性を後押しする材料はすでに手元にあります。20年8月に業務提携した食品宅配大手のオイシックスの存在です。オイシックスは食材のストーリーを伝えるプロです。大戸屋の「よい食材」にストーリー性を付与するのにこれ以上のパートナーはいないでしょう。
「手作り感」のほうはどうでしょう。コロワイドはセントラルキッチンで合理化を図ろうとしています。これは手作り感にとってはマイナス要素です。しかし高級レストランのように調理のすべてを「手作り」にする必要はありません。「ほどよさ」があれば十分です。例えば炒め物メニューの仕上げは調理人がフライパンを振る姿をみせる。そのほうが手作り感が伝わってきますし、調理人と会話ができれば親近感も生まれるはずです。
大戸屋のようなチェーン店は今ある資源を生かして「ほどよい手軽さ」と「ほどよいストーリー性」を実現させれば自然と道は拓けてくるのではないでしょうか。