ネット情報との正しい向き合い方 -反応せず「思考力」をアップさせる3つの方法

【記事のポイント】

  • ネット上の炎上は情報に対して「思考せず反応」することで起きている。
  • ネット情報に反応してしまう理由
    ① 人間は思考が苦手な生き物(選択し反応するほうがラク)
    ② 思考する隙を与えないネット情報の速さ
    ③ 他者の意見に心が支配される
  • 反応せず「思考モード」に入る3つの方法
    (方法1)「デジタル断食」する(スマホをいったん手放す、読書する、リアル空間に触れる)
    (方法2)一次情報に触れる(有効なのは統計情報)
    (方法3)メディアサイトを選ぶ(スロージャーナリズム)
広告

常態化するネット上の炎上

「思考」せず「反応」してしまう

今や当たり前のように毎日起きているのが「ネット上の炎上」です。

Twitterを開くとトレンドワードは目まぐるしく入れ替わり、その裏側で炎上は起きています。失言炎上で世間から消えていく政治家や芸能人も珍しくありません。大半の人は数日でその炎上ネタのことは忘れ、また別の炎上ネタで盛り上がっています。

私は失言をした政治家や芸能人を擁護するつもりはありません。しかし、

次の日には忘れてしまうような炎上ネタが一人の人生を大きく狂わせてしまう

このような事実に強い違和感を覚えます。そしてその違和感の正体をたどると、人々の「情報との向き合い方」「情報処理の仕方」に問題があることがわかります。

  • 玉石混合のネット情報を疑うことなく受け入れてしまう(無思考)
  • 情報を受けた瞬間の感情のまま脊髄反射的にリツイートや「いいね」を押してしまう(反応)

つまりネットの世界では多くの人が「思考ではなく反応」によって情報処理することで炎上という事態が引き起こされているのです。ネット情報に脊髄反射的に反応する今の人々に対し、 評論家の宇野常寛さんは以下のように問題提起しています。

タイムラインに流れてくる情報に対しほとんど脊髄反射的に反応して「発信」する人々は、あるいはニュースサイトが閲覧数目的で選ぶ扇情的な見出しに釣られてタイムラインの「空気を読み」、週に一度生贄として選ばれた目立ちすぎた人や失敗した人に石を投げつける人々は果たして「思考している」と言えるのだろうか

宇野常寛「遅いインターネット」より抜粋

「思考社会」がやってくると期待していた自分

私はインターネットの出現によって皆が自分の考えを出し合う「思考社会」が実現すると期待していました。

  • かつては一部の知識人しか手に入らなかったような情報が誰でも手に入る。
  • その情報をもとに思考を巡らし自分の意見を発信する。
  • しかもミレニアル世代を中心とする今の若い世代は、世間より「自分にとって大事なもの」を共有したがっている。

こうした私の期待は見事に打ち砕かれました。

宇野さんが指摘するように、現実はタイムラインに流れてくる膨大な情報に対し「自分に刺さる意見」を選択して自分の考えとして発信しているのです。そこにあるのは思考ではなく反射的に「反応」しているだけ。あるいは思考していても極めて浅い思考です。

私の考えはどこでどう間違ったのか。以下の点について考えてみたいと思います。

  • 思考せず他者の意見に反応してしまうのはなぜか?
  • ネットでの炎上と反応行動はどう関係しているのか?
  • 反応を止めて思考モードに入るにはどうすればいいのか?

なぜ私たちは思考せず反応してしまうのか

どうして私たちはネット情報に対して脊髄反射的に反応してしまうのか。思考を阻害する要因をいくつか挙げてみたいと思います。

広告

【要因1】人間は「思考が苦手な生き物」

一つ目は、人間とはそもそも「思考が苦手」「できれば思考したくない」生き物だからです。

身も蓋もない理由ですが、人間にとって「じっくり考えるという行為は自然な行為ではない」という前提は押さえておく必要があります。

思考したくないのが人間の基本性能であれば、タイムラインに流れる膨大な他者の思考に「いいね」しているほうが確かに楽です。膨大な情報の波に乗るには必要な処世術なのかもしれません。

バイオ系ベンチャーを起業・運営する高橋祥子さんは自身の著書で以下のように語っています。

そもそも思考というのは、生物学的には多くのエネルギーを消費する行為です。したがって、思考しなくてもよい環境であれば生物は極力思考をしないことを無意識に選択します

高橋祥子「ビジネスと人生の「見え方」が一変する生命科学思考」より抜粋

そう考えると、人々がタイムラインに「いいね」するのは「小難しく一人で考えるより皆と楽しさを共有するほうが集団生活の中で生存確率を高めるからという見方もできます。

思考せず反応するのは身を守るために遺伝子に搭載された生存本能というわけです。

【要因2】考える隙を与えないネット情報の「速度」

普段は考えるのが面倒でも「さすがにこれは深く考えたほうがよさそうだ」という場面はあるでしょう。しかしそうした状況でも思考を阻害してしまのが2つ目の要因です。それは、

ネットの情報が速すぎることです。

ニュースサイトやSNSで流れる情報はあまりに膨大で速すぎるため、ニュース・投稿の一つ一つをじっくり読んで熟考する隙などありません。

SNSの世界では素早く「いいね」しなければ膨大なタイムラインに埋もれてしまうので、必然的に「反応」という形を取らざるを得ません。

ニュースサイトもじっくり読ませる記事よりキャッチ―なタイトルで分かりやすい記事を目指しています。読者に思考の隙を与えない方がYes-Noという「反応」を引き出せますし、結果としてPV数を多く稼げるためです。

今のネット社会は素早くYes-Noを表出させる装置になっており、それを助長しているのが速すぎる情報なのです。

【要因3】「他者の意見」に支配される

情報の速さに加え、人間を考えさせないようにしているのが情報それ自体にあります。評論家の岡田斗司夫さんはネットの情報について以下のような見解を述べています。

情報化社会の本質とは、「世界中の小さな事件の客観情報まで入ってくる社会」ではなく「大きな事件の解釈や感想が無限にあふれ出す社会」なのです。
高度情報化社会とは、情報の数が増えることではない。一つの情報に対する「解釈が無限に流通する」社会です。

岡田斗司夫「評価経済社会」より抜粋

つまりインターネットで流れる情報の大半は事実そのものではなく、事実に対する他者の「意見」や「解釈」のかたまりなのです。

他者の意見は事実そのものより私たちの心にすうっと入ってきます。フィルターバブルという言葉があるように、SNS上の他者の意見とは「自分と志向や価値観が同じ人の意見」です。心にすうっと入ってくるのは当然です。

そうなると事実から自分の解釈を導く前に他者の意見に心が支配されます。「この人の意見は共感できる」「この見方はちょっと違うかな」と選択モードに入ってしまうのです。選択モードはリツイートという行動につながります。リツイートは他者の意見に対する「賛同」の表明であり、それはただ単に選択して反応しているだけなのです。

私自身、タイムラインで次々と膨大な他者の意見を眺めているうちに自分の問題意識などどこかへ吹っ飛んでしまった経験が何度もあります。一度反応モードに入ってしまうとそこから抜け出すのはそう簡単ではありません。

どうしても反応してしまうなら新聞や雑誌を見ればいいのでは?との指摘もあるでしょう。しかしメディアも流している情報は事実に基づいた「意見」です。むしろメディアだからこそ価値判断が入ります。「事実のみ」を流すのではなく、その事実が良いことか悪いことか、なぜそんなことが起きたのか、どうすれば防げたのか、といった価値判断込みの情報を流すのがメディアの世界です。