文房具

ペーパーレスでも筆記具が人気のワケ - 文具市場の主役はオフィスから「個人」へ

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コロナ禍で筆記具が売れる

テレワークで筆記具の売れ行きが好調

こんな記事をみかけました。半信半疑ながら少し興味を持ったので、例によって家計調査で調べてみると、なるほど確かに2020年以降、家計の筆記具支出が伸びているのです。

家計の筆記具支出の伸び率(前年同月比)

家計の筆記具支出の伸び率(前年同月比)

筆記具は通常、入学・新学期・入社シーズン(3月、4月)によく売れます。2020年はオンライン授業やテレワーク等の影響で売れませんでしたが、家計調査のグラフからわかるように、6月頃からじわじわと筆記具の支出が増えてきました。2021年は昨年の反動もあって、4月の筆記具支出は7割の急増となっています。

なぜここにきて筆記具が売れるようになってきたのでしょう。テレワークやオンライン授業で筆記具を使用する機会はそれほどないように思えます。オフィスでの作業もPCが中心で伝票を手書きするような場面はほとんどありません。

筆記具が売れているのは、「手で書くことの意味」が再評価されているからではないでしょうか。

書くことは「覚えること」「考えること」と密接につながっています。オンライン授業で学んだことを画面上で「目で見て覚える」より、紙に「書いて覚える」ほうが記憶として定着しそうな気がします。書くことは同時に思考を巡らすことにつながるため、書きながら新たなアイデアが浮かぶ効果が期待できます。

筆記具人気は「心理面」にもありそうです。巣ごもり生活で物理的にモノに触れる機会が減ったことで、キーボードではなくペンで文字を書きたい気持ちになった人も多かったようです。コロナ禍でアナログレコード紙の本が売れているように、将来不安が高まる中で、改めて「アナログ的な温かさ」が見直されているのかもしれません。

参考記事:レコードの復活-再評価につながった4つの要因
コロナ禍で見直される本の価値 - 読書は心の居場所さがしの先導者

思考を地図化する

かく言う私も、最近は自然と筆記具を使用する機会が増えたような気がします。もはや授業を受ける年ではありませんが、本を読んだり人から聞いた話で「これは!」と感じたことは必ず紙に書くようにしています。

仮説を立てたり構想を練ったりするときも筆記具は欠かせません。テーマや作業内容が固まっていればパソコンのキーボードで十分ですが、全体を俯瞰して考える必要があるときはどうしても筆記具が必要になります。

このブログも、紙とペンで書きたい内容をざっくり描いてからキーボードを叩くようにしています。そうしないと部分に入り込んだとき、自分が今どこを歩いているのかわからなくなるからです。思考を地図化する上で紙とペンは欠かせないアイテムになっています。

どんなペンで書くかも重要です。私の愛用はLAMYの4色ペンです。頭の中のごちゃごちゃしたものを取り出して整理するには1色や2色では足りません。4色あればだいたい整理が付きますし、書いた後の気付きも生まれやすいのです。

ラミーの4色ペン

ラミーのペン

主役はオフィスから個人へ

低迷するオフィスの文具需要

コロナ禍で改めて筆記具が見直されていると書きましたが、国内の文具市場はここ数年かなり厳しい状況にあります。下のグラフにあるように、国内の文具・事務用品市場は2017年度から4年連続の減少となっています。

国内文具・事務用品の市場規模

国内文具・事務用品の市場規模

市場低迷の主因はオフィス需要の低迷です。書類の電子化など、今のオフィスは急速にペーパーレス化が進んでおり、それに伴って筆記用具を使用する場面が少なくなっているからです。

オフィス需要の低迷は「時代の流れ」なので止められません。オフィスで筆記具を必要とする場面は今後どんどん少なくなっていくでしょう。

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個人で重視されるのは意味的価値

オフィス需要が低迷する中で文具市場を引っ張っているのが個人の需要です。「文具女子」という言葉が流行ったように、文具市場の主役は個人になりつつあります。

2017年12月にスタートした「文具女子博」は文具の魅力をその場で体験できるイベントで、3回目となる昨年12月は参加企業133社、動員数3万8000人と過去最高の規模となりました。それだけ個人需要への期待が集まっているわけです。

文具需要の主役がオフィスから個人へ移ることは何を意味するのでしょう。モノには便利かどうかで評価される機能的価値と、意味やストーリーがあるかどうかで評価される意味的価値があります。オフィス向け文具の主な役割は、仕事を効率的にこなせるかどうかです(機能的価値)。一方、文具女子博で出品されるような個人を対象とした文具は、それを手に取ることで仕事へのモチベーションが上がったり、創造性が引き出されたりします(意味的価値)。

文房具の中でも特に筆記具は意味的価値を引き出しやすい商品だと思います。文具女子博で出品されるようなワクワク感を引き出すアイテムから、モンブランのようなストーリー性のある高級ブランドまで、筆記具は意味的価値にはまりやすいのです。

このように文具市場の主役がオフィスから個人になるということは、文具市場が機能的価値から意味的価値の市場に移行しつつあることを象徴しています。文具メーカーは180度頭を切り替えなくてはならないということです。

主役は若い世代

では個人の文具市場を引っ張っているのは誰なのでしょう。

先ほど「文具女子」という言葉が出たように、個人向け文具市場のけん引役は女性を中心とした比較的若い世代です。

下のグラフは家計の文具支出の割合を年齢別にみたものです。30歳代と40歳代の支出割合が最も高く、しかも年々増加傾向にあるのがわかります。特に最近は30歳代の支出の増加が目立ち、文具女子のような個人の文具需要は同年代がリードしていることがうかがえます。

年齢別にみた文具支出割合の推移

年齢別にみた文具支出割合の推移

ぺんてる争奪戦は意味的価値を巡る戦い

筆記具の個人向け需要の拡大は文具業界を揺るがす騒動に発展しています。コクヨとプラスによる「ぺんてる争奪戦」です。

2019年11月に総合文具のコクヨが筆記具4位のぺんてるに買収を仕掛け、ぺんてる側は猛反発します。その後、ホワイトナイトに入った文具2位のプラスがぺんてる株を取得し、コクヨによる子会社化は阻まれました。ぺんてるのコクヨに対する不信感は根強く、協業等に関してはいまだ膠着状態が続いているようです。

キャンパスノートで知られるコクヨ、オフィス向け文具・事務用品に強いプラス、ともにペーパーレス化で厳しい状況にあります。そうした中で、成長市場になりうる個人向け筆記具に強いぺんてるは喉から手が出るほど手に入れたい存在なのでしょう。ぺんてるは海外市場にも強いため、グローバル展開を進める上でも戦力になります。

ぺんてるの商品にはモンブランやパーカーなど高級ブランドが持つ深みはないものの、日常をより豊かに彩るための「楽しさ」に満ちています。ヒット商品となった「水彩スティック」は「22時からはじまる、わたしだけの彩る時間」をキャッチフレーズとし、会社帰りの女子に刺さりそうな商品です。

こうしてみると、コクヨとプラスによるぺんてる争奪戦は、文具市場における「意味的価値」を巡る戦いと言えるのではないでしょうか。

音楽業界ではアナログレコードが復活し、食品業界では生産者の顔が見える食品が売れる。文具業界も「規模の経済」から「意味の経済」へとマインドチェンジする時期に来ているのだと思います。