深刻化する高齢者の孤独問題。自治体や地域コミュニティが機能不全に陥る中、孤独問題の解決に「企業の力」が必要とされています。そんな中で注目されているのが、人をつなぐプロ「コミュニティナース」という存在です。コミュニティナースは高齢者の孤独問題を解決する新たな“切り札”となるのでしょうか。
共助・公助の機能不全を「企業の力」でカバー
過去、高齢者の孤立を防ぐ役割を果たしてきたのが近所付き合いを中心とする地域コミュニティによる「共助」です。しかし今は向こう三軒両隣の付き合いさえ少なくなりつつあります。自分の畑で取れた野菜を近所の人におすそ分けするような光景もあまりみなくなりました。
自治体による「公助」も厳しい状況です。財政ひっ迫や人材不足等を受け、地域の高齢者一人ひとりにまで手が届かないというのが実情です。
共助も公助も期待できない──。そこで期待が寄せられているのが地域に根差した「企業の力」です。その先頭を走っているのが、相互扶助関係のビジネス化に取り組む株式会社CNC(コミュニティナース・カンパニー)という会社です。最近はCNCのように地域をベースに社会的価値と企業価値の両立を目指す企業が目立つようになりました。
住民同士をつなぐコミュニティナース
CNCのサービスの担い手となるのが「コミュニティナース」という存在──「地域の人と楽しみをつくり、心と体の安心を提供する」をモットーとする「住民同士をつなぐプロ」です。メンバーの多くは看護師ですが、看護師資格は問いません。コミュニティナースは全国に1,100人ほどおり、たった5人で住民2,000人にアクセスします。「スーパーに行くと全員知り合い」と言われるほど、コミュニティナースは地域に溶け込む存在になっています。
コミュニティナースの現場は病院ではありません。病院ではなく「まちで暮らしている」段階でケアができれば、病気や要介護にならずに済む──コミュニティナースは地域住民の暮らしに寄り添ったケアを目指します。
地域の一人ひとりと顔の見える関係性を築くことで育児や介護の負荷を減らしたり、孤立状態を和らげたり、病気の進行を未然に防ぐ。結果として住民同士のつながりが深まり、互いに助け合うコミュニティを取り戻すことにつながるわけです。
郵便局が「まちの保健室」に
コミュニティナースの仕事は看護や育児に限定されません。目的はあくまで「住民同士をつなぐ」こと。住民同士をつなぐ有効な手段があれば看護以外でもいいわけです。
実際、コミュニティナースはガス会社のメーターチェック担当者に同行したり、おにぎり店の店主になるなど、「住民との自然な出会いの場」を重視します。
自然な出会いの成功例として挙げられるのが郵便局の活用。雲南市三刀屋郵便局では局内のコミュニティルームを「まちの保健室」とし、住民の健康相談の場として活用しています。そこではコミュニティナース(保健師)が住民の骨密度や血圧等を測定し健康相談に乗っています。高齢者は普段、郵便局で年金の確認をしたりお金をおろしたりしますが、用事を済ませて帰るだけではもったいない。ついでに健康相談ができ、住民や局員らと会話ができれば日常の楽しみが一つ増えることになります。
同局のコミュニティルームには住民の方が作ったクラフト作品や書道などの展示の場も用意されています。高齢者が趣味の刺し子を披露し、刺し子を習いたい住民にレクチャーするなど、趣味を通じた交流の場となっています。
普段は助けられることの多い高齢者が自分の得意なことで誰かを助ける。こうして自尊心が満たされ孤独感も癒されます。ハンナ・アーレントの言葉を借りると、自分の手で何かを創造する「仕事」が他者とつながる「活動」を生み、人間らしさを取り戻すことになります。
コミュニティナースを地域に広げるには
孤独問題の切り札になりそうなコミュニティナース──今後どのように地域内に広げていけばいいのでしょう。
住民の生活動線上にコミュニティナースを配置する
コミュニティナースは「住民との自然な出会い」を重視します。住民が日常的に利用する生活動線上にコミュニティナースがいれば、そこが自然な出会いとなるはずです。
住民、特に高齢者が日常的に利用する場所といえば、先の郵便局をはじめ、銀行、スーパー、コンビニ、パン屋、喫茶店、書店などが思い浮かびます。
年金生活のやりくりや貯蓄の取り崩しに不安を抱えているが、金融機関に相談するのは躊躇してしまう──こうした悩みをもつ高齢者も少なくないはずです。銀行窓口に顔見知りのコミュニティナースがいれば、資産運用の担当者にスムーズにつなぐことができるでしょう。
高齢者の多くがほぼ毎日利用するであろうスーパーやコンビニ。一昔前のスーパーの売り場では、顧客と店員が仲良く会話する姿をみかけたものです。しかし近頃はセルフレジの導入など売り場の効率化によって、顧客と店員が仲良く会話する姿をあまり見なくなりました。売り場にコミュニティナースがいれば、その場で栄養管理の指導もできますので、スーパーにとっても顧客サービスの向上に役立つはずです。
生活動線上にコミュニティナース
住民自らコミュニティナースになる
コミュニティナースが行っていることは何も特別なことではありません。「地域の人と楽しみをつくり、心と体の安心を提供する」──以前なら住民ひとり一人が行っていたことです。それが消費社会の情報の渦に巻き込まれることで、人の顔よりテレビやスマホの画面をみる機会が多くなった。こうして地域コミュニティの糸が切れてしまったのが今の姿です。
コミュニティナースの役割は、切れてしまった地域コミュニティの糸を再接続することです。ただし、いつまでもコミュニティナースの力を借りているわけにはいきません。つなぐプロの力を借りた後は、住民自らがコミュニティナースのようになり、地域コミュニティの糸を強くしていく必要があります。
畑で取れた野菜を近所の高齢者におすそ分けしたり、スーパーや飲食店の店員は積極的に高齢者に話しかける──こうした取り組みの積み重ねで孤独問題は少しずつ解決に向かっていきます。
住民自らの力という点で私が期待しているのが若者の積極活用です。Z世代と言われる今の若者は、つながりを大切にするマインドを強く持っています。地域移住を希望する若者、カフェや書店を立ち上げる若者が強く意識するのは地域とのつながりです。
若者世代がコミュニティナースのような存在となって孤独問題など地域の課題を解決する──割と期待できるシナリオではないかと感じています。