一本(2斤)1000円以上する高級食パン。ここにきてブームに陰りが見えているというニュースが目に付くようになりました。「乱立による過当競争」「毎日は食べられない価格と量」など様々な原因が指摘されますが、どれも本質を捉えきれていません。もっと視野を広げ、食パン市場全体の動きを踏まえてこの現象を捉える必要があります。そこから浮かび上がるのは「パン人気は衰えるどころか成熟しながら進化している」というもの。キーになるのが「作り手の顔をした消費者」です。どういうことかみていきましょう。 |
衰えない食パン人気
高級食パンブームが下火でも食パン人気は衰えていません。まずはデータで確認してみましょう。
食パン需要は高止まり
家計の食パン購入量をみると、2020年はコロナ禍の巣ごもり需要で急増しているのが確認できます。2021年に入ってから若干の頭打ち感はあるものの、依然としてコロナ禍前・2019年の水準を上回っています。
一方、調理パンなど食パン以外の購入量は減少したままです。食パンと調理パンを一緒に食べる人はあまりいないと思いますので、調理パンから食パンに切り替える消費者が増えてきたことを示していると言えそうです。
2021年は徐々に出社の割合を増やす人も出てきましたので、食パン人気の継続はコロナ禍だけで説明するのも厳しい。食パンが食生活に深く入り込み、定着化していると考えるべきでしょう。
家計の食パン購入量(12カ月移動平均)
家計の調理パン等の購入量(12カ月移動平均)
「手作りパン人気」が定着
手作りパン人気も顕在です。家計の小麦粉購入量はコロナ禍1年目・2020年に急激に増加しました。2021年はやや頭打ちの傾向がみられますが、コロナ禍前・2019年を上回る水準を維持していますので、自宅でのパン作りは確実に定着している様子がうかがえます。また、ミネラルや食物繊維が豊富に含まれる全粒粉を使ったパン作りレシピが人気を集めているように、自宅でパン作りは健康志向とも密接に結びついています。
小麦粉はパン以外にもお菓子や様々な調理に使用されていますので、小麦粉の購入量が自宅でのパン作り需要の大きさを表しているとは限りません。しかしコロナ禍でホームベーカリーの売上が急激に伸びていますので、手作りパンが小麦粉の購入量を押し上げているのは確実でしょう。
家計の小麦粉購入量(12カ月移動平均)
「作り手の顔」をした消費者
高級食パンブームに象徴されるように、食パン人気自体は今に始まったことではありません。しかしコロナ禍でじわじわ高まりつつある「手作りパン人気」はこれまでの食パン人気とは何かが違う気がします。それは、
消費者が「作り手の顔」に変わる
ということではないかと思うのです。単に並べられた食パンを購入するのではなく、小麦粉という素材を選択することからはじまるのが食パン作りです。その姿は消費者というより「作り手」です。
多様化する食パンの食べ方
日本の場合、食パンはこれまで「買って食べる」のが普通でした。そこに「作って食べる」が加わる。食パンと食べ方は下図のように多様な広がりをみせています。
場面で変わる食パンの食べ方
この図のように、入手方法(買う・作る)×場面(日常・非日常)によって、食パンの食べ方は以下の4パターンに分かれます。1と3はこれまでの「買って食べる」ですが、これに「作って食べる」が加わることで2と4の食べ方が生まれています。
- 高級食パン(買って食べる)
- 本格手作り食パン(作って食べる)
- スーパーで買う食パン(買って食べる)
- お手軽手作り食パン(作って食べる)
高級食パンと本格手作りパンが比較される?
先の図を眺めると、高級食パンがここにきて下火になってきたのは「本格手作り食パン」の存在が関係しているような気がします。パン屋さんのようなプロの味を自宅で再現することは決して不可能ではありません。5万円以上するホームベーカリーやストウブのような熱伝導・保温性にすぐれた鋳物ホーロー鍋を使えば、プロ顔負けの食パンが出来上がります。生クリームやはちみつを多めに使い、少し低めの温度で焼けば高級食パン店で売っているような生食パンが仕上がるわけです。
高級食パン店と同じ味が自宅で作れる。であれば、休日など時間に余裕のあるときに、自宅で本格パンを作って家族や友人らと一緒に食べたほうが断然おいしいし、非日常感も味わえるというものでしょう。しかも本格手作りパンを作る消費者はたとえ素人でも「作り手」であることに変わりありません。高級食パンを評価する目も自ずと厳しくなるでしょう。「この味だったら自分で作ったほうがいい」という人もいるかもしれません。
では高級食パンはこのまま手作り本格パンに淘汰されてしまうのでしょうか。私はそうはならないと思います。要は「高級食パンには出せて、手作りパンには出せない要素で勝負する」ということです。
- 圧倒的なプロの技術と素材の良さ
- 素材の持つストーリーをアピール
- プロの作り手の熱量を消費者と共有
高級食パン店がこうした要素を発揮できれば、作り手の顔をした消費者も納得して商品を手にしてくれるでしょう。
素材のストーリーや作り手の想いを共有する。これはコーヒー業界がすでに実践していることです。コーヒースタンドでは、コーヒー豆の産地や作り手の姿を伝えることでコーヒーの持つストーリー性を顧客と共有します。そこで魅力された消費者が自宅で本格コーヒーを淹れるようになっています。これと同じことを高級食パン店が行うことは不可能ではないでしょう。
では、日常の食卓に登場する毎日の食パンはどうなるのでしょうか。高級食パンのように作り手の顔をした消費者に比較されるようなことが起きるのでしょうか。私の今の結論は「必ずしもそうはならない」です。つまり、ヤマザキやパスコをはじめとする大手メーカーの食パンとホームベーカリーで手軽に作る食パンは必ずしもバッティングしないということです。
先ほどのマトリクス図をみると、「自宅で作るお手軽パン」より「お店で買ういつもの食パン」のほうが「より日常に近い」存在であることは事実でしょう。毎日のようにホームベーカリーで食パンを焼く家庭もあるでしょうが、忙しい日常ではやはりスーパーやコンビニで買う食パンが手軽で便利だからです。
ただそうは言っても、私たちの胃袋は一つです。自宅で食パンを作る機会が増えればスーパーで買ういつもの食パンの購入頻度も自ずと低下するでしょう。山崎製パンの食パン部門の売上は2020年からマイナスになっています。コロナ禍でサンドイッチ用食パンが落ち込んでいることが原因とされていますが、サンドイッチ用食パンの食パン部門売上に占める割合は1割程度。サンドイッチ用食パンの落ち込みを他の食パンでカバーしきれないところをみると、自宅パン人気の影響を少なからず受けていると言わざるを得ません。
山崎製パン「食パン部門」の売上高
売上高(億円) | 前年比 | |
---|---|---|
2017年12月期 | 964.9 | 2.5% |
2018年12月期 | 965.5 | 0.1% |
2019年12月期 | 965.8 | 0.0% |
2020年12月期 | 956.0 | -1.0% |
2021年12月期 | 951.6 | -0.5% |
【まとめ】プロと消費者が食パン市場を盛り上げる
作り手の顔をした消費者が新たに食パンの魅力を追及しようとしている
こうした動きをみると、高級食パンブームが下火になっても、食パン人気は息の長いものになりそうです。コーヒー市場が自宅で本格コーヒーを淹れる消費者によってフォースウェーブを盛り上げているのと原理は同じです。
本格食パンを作る消費者は食パン自体のファンですので、魅力的な食パンを提供するお店があれば、お客さんとしても通うようになるでしょう。高級食パン店と同じレシピを自宅で試して「味の答え合わせ」をしようとする人もいるかもしれません。
一時の勢いがない高級食パン店も、こうした作り手の顔をした消費者の期待に応える食パンを提供すれば、再度注目を浴びる可能性は十分あります。高級食パン店にとって今は次のステップに進むための試練の時と言えるでしょう。
プロと消費者が一緒に食パン市場を盛り上げる
食パン人気は新たなフェーズを迎えようとしています。高級食パン店がどんな姿に変わるのか楽しみです。