【記事のポイント】
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第3ブームに突入する「さば缶ブーム」
家計の缶詰支出割合は過去最高
「さば缶ブーム」が続いてます。2020年はコロナ禍の巣ごもり食品としてさば缶が注目され、スーパーの缶詰コーナーは客で溢れかえりました。
今のさば缶ブームは「第3次」と言われています。
第1次さば缶ブームは2013年に起きました。テレビ番組の「たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学」で、さば缶がダイエットに良いと紹介されたのがきっかけのようです。SNSでは「スーパーの棚からさば缶が消えた」というつぶやきが多く見られました。
続く第2次さば缶ブームは2018年。2013年のブームで「さばは健康に良い」という認識が広がる中、「プレミアムさば缶」など高品質な商品が登場したことで消費者のすそ野が一気に広がります。さらに2018年は「クックパッド」がさば缶を「食トレンド大賞」に、「ぐるなび総研」も「今年の一皿」にさば缶を選定し、ブームを勢いづかせました。
では今回の第3次さば缶ブームはどれだけのインパクトを持つ現象なのでしょう。下のグラフは「魚介の缶詰(さば缶含む)」に対する家計の支出割合(対食品支出)の推移を示したものです。
第1次ブームの2013年頃は魚介缶詰の支出割合に特段大きな変化はみられません。魚介缶詰の支出割合が急増し始めたのは第2次ブームの2018年頃からです。家計の魚介缶詰の支出割合は2000年の統計公表以来最高の水準に急増し、2020年以降も高水準で推移しているのがわかります。
「魚介缶詰」の支出割合(対食費)
第3次さば缶ブームは「本物のブーム」
2013年のテレビ番組がきっかけで火が付いたさば缶ブームですが、「しょせんブームはブーム」という声があるのも事実です。
今回の第3次ブームも消費者の熱が冷めれば去っていき、またいつか思い出したようにメディアで取り上げられて第4次・第5次ブームが来る。こうしたブーム&バーストのサイクルが繰り返されるのでしょうか。
私はそうは思いません。今回の第3次さば缶ブームは単なるブームの域を超えた「本物のブーム」になる可能性が高いと感じています。
「本物」のブームとはメディアやSNSのような外部刺激に依存したものではなく、食パンブームのように、消費者の食生活に深く根付くという意味です。
2013年の第1次さば缶ブームは話題の域を出ないふわっとしたものでした。しかし第2次ブームのあたりからスーパーで自然にさば缶を手にする人が増え、さば缶が人々の食生活に深く入り込んできた。そして今回の第3次ブームからいよいよ「本物」になってきたと言えないでしょうか。
先のグラフをみても2018年の第2次ブームでさば缶の支出割合が急増し、そのまま高止まりしたまま第3次ブームに突入しています。
さば缶ブームで「魚離れ」は食い止められるか
長期にわたる魚離れの深刻さ
このさば缶ブーム。私は「さば缶」という商品の枠を超えた可能性をひそかに感じています。その可能性とは、
日本人の「魚離れ」を食い止めること
です。
ここで日本人の魚離れがどれだけ深刻なものか、データで確認してみましょう。
下のグラフは家計の食費に占める魚介類と肉類の支出割合をみたものです。魚介類の支出割合は低下し続けているのに対し、肉類は上昇トレンドにあり、肉類と魚介類の支出割合は2013年に逆転しました。日本人の食卓の中心が魚から肉に変わったことがよくわかります。
魚介類と肉類の支出割合(対食費)の推移
さば缶ブームで魚離れは食い止められる
今のさば缶ブームが食パンブームのようなうねりに変化すれば、さば缶が鮮魚市場全体に波及し、長年言われ続けてきた日本人の「魚離れ」が食い止められる可能性は十分あると思っています。
日本人の魚離れに対する取り組みはこれまで何度も行われては失敗を繰り返してきました。にもかかわらず、なぜ今の第3次さば缶ブームが魚離れを阻止できると考えられるのか。理由は3つほどあります。
(理由1)切羽詰まった健康意識
一つめの理由は、
コロナ禍で健康面に対する切迫感が増した
ことです。
第1次さば缶ブームでよくみられたキャッチフレーズは「ダイエット効果」。魚に美容効果があることを強調することで若い女性層を取り込む狙いがありました。第2次さば缶ブームはプレミアムさば缶など、さばの美味しさをアピールする動きが高まったように思えます。
第3次さば缶ブームが1次・2次ブームと明らかに異なる点。それが「健康面の切迫感」なのです。
コロナ禍の巣ごもり生活で運動不足となり、体重が増えたり体調が悪化する人が増えました。かく言う私もコロナ禍の生活習慣が一因で入院する羽目になった一人です。入院中に先生に聞いたところ、「(私のように)生活習慣病の悪化で入院する人が急増している」そうです。
それを示すエビデンスもあります。一般社団法人日本生活習慣病予防協会が2021年3月に行った医師に対する調査結果によると、半数以上の医師がコロナ禍で「糖尿病を診断する基準として重要な『HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)』の数値が悪化している」と回答。8割の医師が「糖尿病リスクが高まっている」と回答しています。
こうした結果をみても、糖尿病を含む生活習慣病のリスクはコロナ禍で高まっていることはほぼ確実です。
コロナ禍で悪化した患者の検査項目の割合(医師アンケート)
コロナ禍でもっとも生活習慣病リスクが高まっているのは中年世代ではないかと思います。もともと40・50代の中年世代は生活習慣病リスクが高い上、通勤がなくなったことで運動不足に陥っているからです。
コロナ禍で体調不良を感じた中年世代は健康面において以前とは異なる切迫感や危機感を感じている人も多かったのではないでしょうか。
下のグラフにあるように、コロナ禍(2020年)の魚介缶詰の支出は40・50代で顕著に増加しているのがわかります。もちろんこれだけで「健康意識⇒魚介缶詰の支出」とは断定できませんが、コロナ禍で健康不安を感じる中年世代が「健康のために」とサバ缶を買う姿は容易に想像がつきます。
世帯年齢別にみた家計の魚介缶詰の支出変化率(2020年)
(理由2)魚の美味しさに気付く
さば缶ブームを受けて改めて「魚本来の美味しさ」に気付く人も増えているようです。さば缶ブームをきっかけに焼き魚や煮魚が食卓に上がる頻度が増えているのです。
先にみたグラフ(魚介類の支出割合)をみても、低下トレンドだった魚介類の支出割合が最近になって反転の兆しをみせているのがわかるでしょう。さば缶ブームが魚介類全体の支出を底上げしている可能性があるのです。
魚の美味しさに気付く動きは食品小売の現場にも出ています。最近になってスーパーや駅ビルの食品フロアに特定の食材を扱う専門店が増えてきたのにお気づきでしょうか。
鮮魚専門店:「魚卓」「さかなや旬」
肉専門店:「肉処 大久保」
青果専門店:「九州屋」
「せっかくだから鮮度の良い美味しい魚を手に入れたい」というニーズが消費者を魚屋に向かわせています。おうち時間が増えたことで素材からしっかり調理する時間が生まれたことも影響しています。
(理由3)魚料理の調理負担が軽減
3つめの理由は魚料理の調理負担が軽減されてきた点です。
魚離れが進む要因として「調理が面倒」というものがあります。魚をさばくのも骨を取るのも面倒だと。
しかし今はスーパーの売り場でもしっかり骨抜きされた魚が売ってありますし、魚屋ではメニューや調理法に合わせてさばいてくれるところがほとんどです。
魚を簡便に調理するための商品開発も進んでいます。イオンはキューブ型にカットした冷凍魚「トップバリュ パパっとできる魚おかず」シリーズを 21年5月に発売し話題を集めました。
インターネットの影響も大きいです。一流の料理人がYouTubeなどで惜しげもなく魚料理の作り方を伝授してくれます。ハードルが高かった魚料理も「これなら自分にもできる」と思わせるのが動画のすごいところです。
コロナ禍で「調理疲れ」という現象もみられる中、魚料理の調理負担を下げる環境が充実してきたことは、消費者をさば缶から一歩先の魚料理に導く流れにつながるはずです。
豊かな食生活を手に入れるチャンス
- 切羽詰まった健康意識
- 魚本来の美味しさに気付く
- インターネットで魚料理の調理負担が軽減
これらの理由から、今の第3次さば缶ブームは長年の魚離れを食い止める可能性を持っていると考えられます。
同じことは「納豆ブーム」にも当てはまります。健康意識から手に取った納豆が食卓に欠かせないものとなり、納豆と切っても切り離せない「お米」の需要が増える。こうして「コメ離れ」を食い止めるかもしれません。
健康意識と美味しい食事が結びつくと食生活は本当の意味で豊かになります。コロナ禍の今こそ豊かな食生活を手に入れるチャンスが来ている。そんなふうに考えたいものです。