若手社員はなぜ退職代行サービスを利用するのか-「ここではない」の危うさ

若手社員の離職率は上がっていない

「今日入社式だったけど辞めてきた」「思っていた働き方と違ったので辞めることにした」──毎年のように話題になるのが新入社員の「即ヤメ」です。新入社員の即ヤメ自体、今も昔もみられる現象でそれほど珍しくはありません。厚生労働省の調査をみても、新入社員の1年以内の離職率は1割超で30年以上大きな変化はみられません(下図)。

大学卒1年以内離職率の推移

大学卒1年以内離職率の推移
(出所)厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」

私が気になったのが、ここ数年「退職代行サービス」を利用する若手社員が増えていること──すなわち「辞め方」にあります。退職代行サービスとは、業者や弁護士法人が、本人に代わって退職に関する一切の手続きを代行するサービスのことです。退職の意思を直接伝えられない若手社員がここ数年増えている背景には何があるのでしょうか。

なぜ退職代行サービスを利用するのか

若手社員が「辞めたい」と思うとき

若手社員はどのようなときに「辞めたい」と思うのでしょう。リクルートマネジメントソリューションズが23年3月に行った調査によると、以下のような理由が会社を辞めたいと思った理由として上位に挙がっています。

  • 仕事にやりがい・意義を感じない(27.0%)
  • 給与水準が満足できない(19.0%)
  • 自分のやりたい仕事ができない(12.8%)
  • 会社の将来性に不安がある(12.3%)
  • 労働環境・条件がよくない(12.3%)
  • 職場の人間関係がよくない、合わない(11.8%)
  • 今後のキャリアが描けない、目指すキャリアにつながらない(10.9%)

これらの理由をみて、誰しも思い当たる節があるのではないでしょうか。私自身、採用面接でやりたい仕事を明確に伝えていたにもかかわらず、実際の配属先がそれとは異なる部署だったときは「辞めたい」と思ったものです。

理想の会社で理想の仕事を思う存分にやっている自分──入社後、理想とかけ離れた地味な作業を行っている自分──新入社員が理想と現実のギャップに思い悩むのは今も昔も変わりません。

「辞めたい」と思った瞬間、何をするか

重要なのは「辞めたい」と思った次の瞬間に何をするか──理想と現実のギャップに直面したときに、その問題にどう向き合い(状況判断)、どのように対処したか(行動)です。問題に対し具体的な行動を起した人と、行動を起さず自己判断で退職を決めてしまう人とでは、同じ退職代行サービスを利用する場合でも意味合いがまったく異なるからです。

①解決に向けて行動を起こす

まずは具体的に行動を起こしたケースについて考えます。彼は上司のパワハラに悩み、人事部に相談しますが、配属先を代えるような対応をしてもらえません。上司に退職の意向を伝えても「いったん預かる」と言われたまま一向に話が進まない。埒が明かないため、退職代行サービスを利用するに至ります。

このケースの場合、退職代行サービスの利用が「正解」となります。会社側に訴えても何の反応もないため、そのまま放置すれば精神的に追い詰められ、うつ病などの精神疾患を患う可能性があります。一度精神的に病んでしまうと回復に時間がかかってしまうだけでなく、退職後の転職活動にも影響を及ぼすでしょう。

この若手社員は問題解決に向けて人事部に訴えるなど具体的な行動を起こし、結果として退職代行サービスを利用するに至りました。自身の問題としっかり向き合い、具体的な行動に移すというプロセスを経ており、退職代行サービスの利用は賢明な判断と評価できます。

②行動を起こしても無駄だと自己判断する

では2つめのケース──何も行動に移さず自己判断で退職を決めてしまう人はどうでしょう。彼は人事部に相談しても何も変わらないだろうと勝手に思い込んで退職を決意しているわけです。

①のケースのように、人事部に訴えても何も変わらないのであれば、速攻で退職代行サービスを利用するのもありでしょう。しかし人事部が彼の訴えを聞き入れ、別の配属先を手配するなど適切な対応を取ってくれる可能性もある──行動に移せば得られたであろうチャンスさえ逃していることになります。

「合わない」「思っていたのと違う」と思った瞬間、退職代行会社に連絡する──そんな自分の力で何とかしようとしない若手社員の姿に危うさを感じずにはいられません。マッチングアプリのように条件に合わなければ「ここではない」とキャンセルボタンを押す。ショートカットで決断しようとする若手社員は次の転職先でも同じ結果が待っているはずです。

仕事観のズレ

なぜ簡単に退職代行サービスを利用してしまうのでしょう。その根底には仕事観を巡るズレがあるような気がします。

他者の存在が抜け落ちている

多様な他者との関係のなかから自然と立ち上がってくるもの──私は仕事をこのように捉えています。一方、ショートカットで決断を急ぐ若手社員は、仕事をもともとそこに「あるもの」と捉えています。このため、入社後に「思い描いていたもの」と「あるもの」が異なると、「ここではない」「聞いていた話と違う」という反応になる。「あるものを変えよう」という発想がないため、誰にも相談せず退職代行を利用する──要するに「他者」の存在が抜け落ちているのです。

他者の重要性を示すコロナ後の「オフィス回帰」

仕事における他者の重要性に改めて気づかされたのがコロナ禍のリモートワークです。私たちはリモートワークによって自分のペースで効率的に仕事をする働き方があることを体験しましたが、同時にモニター越しのやり取りではチーム内の達成感の共有や新たなアイデアが生まれにくいといった問題が発生することもわかりました。仕事は単に業務をこなすのではなく「互いに創り出すもの」という文脈の重要性への気付きがオフィス回帰を引き起こしていたといえます。

リモートの方が「効率的に仕事ができる」「自分の仕事に集中できる」「社内のわずらわしい人間関係から逃れられる」──こうした意見は多様な他者との関係性を否定的に捉えたものです。ショートカットで退職代行サービスを利用する若手社員は、このような意見を持っているものと思われます。

退職代行の瞬間利用を防ぐには

多様な他者との関係性から価値ある仕事が生まれる──そうであるなら、瞬間的に退職を決意し、退職代行サービスを利用してしまうのは、自ら輝かしいキャリアの道を閉ざしていることになります。退職代行の瞬間利用を防ぐには何が必要なのでしょうか。

スキル依存の仕事観から抜け出す

「ここではない」と瞬間的に自己判断してしまうのは、「キャリア形成にもっとも重要なのはスキルアップ」という考えを強く持っていることに一因があります。スキルを早く身に付けなければ厳しい競争社会で生き残っていけない──必要なスキルが習得できない職場は自分の居場所ではない──こうしたスキル依存の仕事観が視野を狭くし、退職代行の瞬間利用を招きます。

  • 仕事は一人ではできない。
  • 価値ある仕事は他者との関係のなかから生まれる。
  • スキルはそのための道具にすぎない。

こうした仕事観の変化が必要です。

スキル志向の持つリスクは人類学でも指摘されています。タンザニア商人は、一つの仕事・一人のスキルに依存するリスクを回避するため、常に複数の仕事を持っています。どんな仕事でもうまくいかないことはある──複数の仕事に携わって色々な人たちとつながっておくほうが安全だ──という考えです。政府は「リスキリング(学び直し)」を推進していますが、タンザニア商人から見ると「スキルアップもいいけど、もっと人とつながったほうがいいことがあるよ」と突っ込まれるはずです。

答えのない不確実な状態を楽しむ

VUCA時代と言われるように、現代のビジネス社会は不確実性をいかに味方につけるかが重要になっています。しかしその一方、好みの曲を自動配信してくれるサブスクサービス、今日観る映画やランチを決めてくれるルーレットアプリなど、私たちの周りは不確実性を除去したコスパ・タイパ型サービスで溢れています。こうしたサービスに慣れ親しんだ今の若い人は不確実性に対する免疫がありませんので、ビジネス社会に足を踏み入れた瞬間「思っていたのと違う」となるのです。

必要なのは、答えのない不確実な状態を楽しめるようになることです。答えのない不確実な事態に耐える力のことを哲学の世界では「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼びます。「わからない」「思っていたのと違う」という事態に直面したとき、その先には必ず発展的な深い理解が待ち受けていると確信し、謎を謎として興味を抱いたまま宙ぶらりんの状態を耐え抜く力──これがネガティブ・ケイパビリティです。

新入社員がネガティブ・ケイパビリティを身に付ければ、一瞬辞めたいと思っても、「なぜこのようなことが起こるのか、もう少し考えてみよう。そのうち、なにか打開策が見えてくるかもしれない。」と事態を前向きに捉えることができます。

「昭和のゆるさ」に学ぶ

「パワハラ上司が怖くて退職を切り出せない」「のらりくらり退職話をかわされて退職できない」──このようなケースにおいて退職代行サービスは助け舟となるでしょう。一方、会社側としっかり対峙することなく「ここは自分の居場所ではない」と脳内で自己完結的に結論を出してしまうのは非常にもったいない──これが私のメッセージです。

若い人からすると「昭和のおっさんが言いそうなこと」かもしれませんが、ビジネス社会がAI化するほど他者との関係性がより重要になるのです。スキルはAIに代替されても、他者との関係性から生まれる「文脈」は代替されることはないからです。

自分とは全く違う能力やスキルを持った人と接続しながら文脈を作っていく。「昭和のゆるさ」から学ぶべきことも多いのではないでしょうか。