【記事のポイント】
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出社とテレワークがせめぎ合い
テレワーク一色だった企業の姿勢に少しずつ変化がみられるようになりました。
総合商社第2位の伊藤忠商事は、一定の在宅を認めたうえで「出社が基本」の姿勢を打ち出しています。同社の鈴木善久社長は日経ビジネスのインタビューで「社員一人一人が『商人』であることを非常に大事にしています。」と述べています。店頭に立って商品を売ったり、荷物を届けたりするのが「商人」だという見方です。
一方、出社比率の引き上げに慎重な企業も依然として多いようです。
日本経済新聞が21年9月に実施した「社長100人アンケート」によると、回答企業の6割は出社比率を「上げる」と回答したものの、残る4割は出社比率を変えず現状を維持すると回答したそうです。パーソル総合研究所によると、在宅勤務実施者のうち継続を希望する人の割合は20年4月に53.2%だったのが、21年7月には78.6%にまで高まっているとの結果が出ています。
統計データで人の流れを確認しましょう。国交省の「鉄道輸送統計調査」で鉄道の利用者数を調べると、緊急事態宣言中の20年4・5月は前年比で5割近く急減した後、回復に向かったものの、依然としてコロナ禍前より2~3割ほど低い水準にあります(下のグラフ参照)。
電車利用者数の推移
このようにアンケート結果や統計データからは出社とテレワークがせめぎ合っている姿が透けて見えます。せめぎ合いの背景にあるのが、
出社とテレワークの目安・基準がはっきりしない
という問題です。経営者と従業員で意識ギャップがあるのは当然としても、従業員同士でも出社とテレワークを巡る意識のズレはあるようです。そこで本記事では、「テレワークと出社の最適なバランスを実現するための目安や基準はあるのか」という点について考えてみたいと思います。
テレワークと出社の境目
「ひとり完結型」はテレワーク
テレワークと出社の目安となる基準はあるのでしょうか。
一つ考えられるのは、仕事に関わる「人の数」で決めてみる、というものです。その日行う仕事が、
- 自分一人で完結する仕事なのか
- 自分以外の誰かと共同で行う仕事なのか
によってテレワークか出社かを決める。下の図のように今日行う仕事を、「ひとりで完結する仕事」と「共同で作業する仕事」に振り分け、テレワークと出社で生産性やモチベーションがどう変わるのか自問自答してみるのです。
テレワークに向く仕事と出社に向く仕事(例)
まず、ひとりで完結するような仕事はどうでしょう。私の場合、原稿やブログの執筆、クライアント向け資料作成、データ分析作業などが一人完結型の仕事に相当します。単純作業であれ難易度の高い仕事であれ、ひとり完結型の仕事は出社よりテレワークのほうが生産性が上がりそうです。
生産性 = 仕事の成果 ÷ コスト
分母のコストは出社で通勤地獄を味わうよりテレワークが明らかに優位ですし、分子の仕事の成果も自分が集中できる環境を自由に選択できるほうが成果が上がるのは明白です。自宅でもカフェでも公園でも一人で集中できるならどこでもいい。これがテレワークの最大の利点です。
ただテレワークはインフラ面に大きな課題があります。
日本の住宅の多くは自宅で仕事をする前提で設計されていませんので、自宅に小さな子供がいる場合は仕事どころではなくなります。私の知人は自宅に小さな子供がいるので、在宅勤務のときは逃げるように近所の喫茶店で仕事をするそうです。喫茶店のほうが仕事がはかどるとしても、よほど神経の図太い人でない限り喫茶店で長時間仕事をするのは難しいでしょう。
ペーパーレスに対応していない場合もテレワークだと厳しくなります。典型的なのが印鑑です。作業自体は単独でできても、印鑑を押してもらうためにどうしても出社せざるを得ないケースは多いです。
ただインフラ面は時間をかけながら解決できるものです。一人完結型の仕事は原則テレワーク、インフラ面が整うまでは出社もあり、という具合でいいのではないでしょうか。
「共同作業型」はケースバイケース
テレワークは一人完結型の作業に向くという考えは広く共有されていると思います。ノマドワーカーと言われる人たちは、自宅だろうが旅行先だろうが、作業環境を整備してパフォーマンスを最大化しています。
では、複数の人が関わるような仕事はどう考えればいいのでしょう。皆がノマドワーカーになれるわけではありません。ほとんどの人は、上司や部下、同僚などに囲まれて仕事をしています。先の図でいうと右側の領域で仕事をしているわけです。
流れ作業系は出社が優位
共同作業の課題はコミュニケーションです。プログラミングのように、仕事内容や役割が人単位で明確に区分けされていれば、メールやクラウド上で成果を共有すれば、テレワークの方が生産性が上がるケースが多いでしょう。実際、プログラミングはグローバルな分業体制で成り立っています。
一方、一つの作業を「複数の人間」で「同じタイミング」でこなさなくてはいけないような場合は、オンラインだとどうしても流れが悪くなる可能性があります。工場の流れ作業はまさにこのケースですが、経理業務のようなオフィスワークでも同じです。同じ空間で一緒に作業していたほうが全体の流れをリアルタイムで的確に把握することができますし、隣の人のミスに早く気付く効果も期待できます。
オンラインミーティングの課題「Zoom疲れ」
共同で行う仕事といえば、打ち合わせや議論もそうです。「Zoom疲れ(Zoom Fatigue)」という言葉があるように、オンラインでの会議や打ち合わせでくたくたになっている人も多いと聞きます。私も何度かZoomで会議をしましたが、終わった後はどっと疲れます。
オンライン会議はなぜあれほど疲れるのでしょうか。それは脳に大きな負担がかかるからだと言われています。
下の図にあるように、脳の情報処理の流れは、
- 感じる(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)
- 意味を理解する
- 思考・吟味する
- 判断・実行する
となります。オンライン会議の場合、視覚と聴覚で感じ(1)、話の意味を理解(2)し、内容について吟味し(3)、判断して意見を述べる(4)の流れになります。
脳の情報処理プロセスとオンライン会議
Zoom疲れの主因は最初の感覚のプロセスにあるようです。「人は見た目が9割」という本があるように、人の知覚の割合は視覚がダントツで高く、次いで聴覚、嗅覚、触覚、味覚となります。最近はスマホ脳と言われるように、視覚系への依存が増していることが報告されています。
その視覚系に強く依存するのがオンライン会議です。しかしオンライン会議で多くの人が経験するように、会話中に画像が乱れたり相手の表情が読みにくいなど、リアルとはまったく違う不自由さを感じます。混乱した脳はそれを補強しようとするので疲れるわけです。
オンライン会議は深い議論には不向き
私がオンライン会議で意識していること。それは、
「深い議論はしない」
です。視覚・聴覚環境が不十分な中で深い議論をしようとすると、脳に過度な負荷がかかり、正常な思考が妨げられるからです。ブレストや深い議論をするときは、オンラインではなくリアルの場で直接相手の表情や空気を感じながら行うようにしています。リアルの場では話す相手の息づかいを感じることで、言葉に込められた思いを感じ取ることができます。これは空気の振動を通じた「触覚」が作用しているのかもしれません。
どうしてもリアルで議論できない場合、私は電話を利用するようにしています。視覚情報の乱れで脳が混乱するなら、聴覚だけで会話したほうが余計な負荷がかからない気がするのです。
そもそも聴覚系は視覚系より脳の機能(記憶系、思考系、理解系など)と関係が深いという研究結果もあります。スマホ脳から抜け出すにはラジオを聞けという学者さんもいますが、それには脳科学的な根拠があります。
オンライン会議に向いているのは、進捗報告のような「ほうれんそう系」の打ち合わせではないでしょうか。特に深い議論は要求されず進捗状況を共有するだけなので脳への負担はそれほどかかりません。Zoom飲み会も日常会話が中心ですので、多少画像が乱れても脳に負担はかからないでしょう。
テレワークと出社の目安は一人一人が柔軟に判断する
テレワークか出社か。現時点の私の結論は、上記のような原則を念頭に入れつつも、
各自が柔軟に判断して決めればよい
というものです。だいぶ歯切れの悪い結論ですが、仕事の生産性を引き上げるための方法として、テレワークか出社かを一人一人が自問自答することが何より大事だと思います。ここでいう生産性は効率性のことではなく、分母のコストと分子のアウトプット(仕事の成果)の両方を意識するということです。
企業側もあまり画一的な基準を設けないように注意が必要です。「出社比率〇%」のような目標を掲げる企業が目立ちますが、感染対策としては意味があるとしても、働き方や生産性の観点からいうとあまり意味がありません。
「今日の打ち合わせは進捗報告が中心なので在宅にしよう」「今日はブレスト会議なので出社にしよう」といった具合に、一人一人が仕事の種類や性質に応じて柔軟に働き方を選択できるようにすることが重要ではないでしょうか。