「町中華」が注目を集めています。チェーン店が台頭する中で今なお人々を惹きつける町中華の魅力とは何か。町中華の最大課題「店主高齢化による後継者問題」にどう向き合うか──。町中華の「絶メシ化」を回避するにはどうすればよいか考察します。
「町中華」とは
中国料理店ともラーメン屋とも異なる「日本式昭和スタイル」の中華料理店。それが町中華です。皆さんの近所にも一軒はあるのではないでしょうか。
そんな古くからある町中華が今ブームとなっています。情報番組や雑誌では「町中華」特集が組まれ、『町中華で飲ろうぜ』(2019年~)や『絶メシロード』(2020年~)など、町中華を題材としたTVドラマが人気を集めました。これまで町中華に馴染みのなかった若者の間でも「町中華飲み」「町中華歩き」がブームとなっています。
中華料理店の約7割が町中華
町中華の多くは個人経営です。「生活衛生関係営業実態調査」(厚生労働省)によると、中華料理店の約7割(68.0%)は個人経営店で、そのほとんどは町中華と推測できます。
「中華料理店」経営主体別店舗数の構成割合
中華料理店の7割を占める町中華。なぜそれだけ多いのでしょうか。町中華は駅前ではなく住宅地にひっそり立地していることも多く「何でこんなところにわざわざ出店したのか」と首をかしげる人も多いかもしれません。中華料理店の立地店舗数の割合をみると、商業地と住宅地が約4割とほぼ同じ割合です。
町中華が駅から離れた住宅地に多いのは、そこがかつて中小零細の町工場などが数多く存在していたことと無関係ではありません。コンビニもまだ普及していない時代、昼どきに腹をすかせた工場労働者たちが向かった先が町中華でした。仕事の後は晩酌を兼ねた晩飯という具合に、町中華は工場労働者の胃袋を満たす空間だったのです。
「中華料理店」立地別店舗数の構成割合
今残っている町中華は希少な勝ち組
労働者の胃袋を支えてきた町中華ですが、90年代以降はコンビニ、ファミレス、中華料理チェーンなど新勢力に押されていきます。さらに工場の海外移転で工場労働者の数も減少。下のグラフはチェーン店を含む中華料理店全体の店舗数の推移を示したものですが、2001年をピークに明らかに減少傾向にあります。減少店舗の多くは規模の小さな町中華であることは明白でしょう。
このように町中華ブームと言っても店舗自体はどんどん姿を消しているのが現状です。しかしこれは見方を変えると、今残っている町中華店は「時代の荒波を乗り越えてきた希少な勝ち組」とみることができます。
中華料理店の店舗数
今も惹きつける町中華の魅力とは
今もなお人々を惹きつける生き残りの町中華。その魅力について整理します。
①「ほどほど」が心地よい
1つ目は「ほどほどの良さ」です。町中華の料理は高級中華料理店のような唸る味ではありませんし、先鋭化するラーメン競争からも距離を置いた存在です。
- 町中華の料理はどこかほっとする味付けで、週に一度は食べたくなる。
- 値段はリーズナブルではあってもチェーン店ほど安くはない。
そんな「ほどほど感」が中途半端な印象とならず、「居心地のよさ」「ほっとする空間」になっているのが町中華の魅力ではないでしょうか。
②壁一面に貼られたメニュー
町中華の名物と言えば「壁一面に貼られたメニューの数々」ではないでしょうか。カレーライスやオムライスなど中華料理以外のメニューがあるのも珍しくありません。
壁一面のメニューの背景には「地元常連客の存在」があります。店主に聞くと「お客さんのリクエストに答えるうちにこうなった」と返ってきます。壁一面に貼られたメニューの数々は常連客と店主の信頼関係を表す「年輪」です。
③最大の魅力は店主そのもの
そして町中華の最大の魅力と言ってよいのが「店主の存在」。店主の存在がほどほどの値段と味付けを居心地の良さに変え、地元の常連客を惹きつけています。寡黙に見える店主でも話し好きで気さくな人も多く、週末の午後などはサロンのようにくつろぐ常連客の姿を見ることができます。
コロナ禍で町中華は相当な打撃を受けました。時短要請解除で真っ先に向かったのが馴染みの町中華という人も多いと聞きます。「あの中華屋のオヤジ、元気にしてるかな」と心配した常連客が町中華を支えています。
最大の課題「後継者問題」
7割は後継者なし
町中華の最大の魅力は店主そのもの。そこで問題となるのが店主の高齢化による「後継者問題」です。中華料理店(個人経営)の店主の約5割は60歳以上と高齢化が進んでいる状況です 。しかも後継者について中華料理店の経営者に聞くと7割は「後継者なし」という衝撃的な結果となっています。平成26年度の調査でこの数値ですので、後継者問題は現在かなり深刻な状況にあるはずです。
「中華料理店」経営者年齢の構成割合
「中華料理店」後継者の有無
現実味を増す町中華の絶メシ化
冒頭で紹介したTVドラマ『絶メシロード』は日本全国の絶滅しそうなメシを求めて一泊二日の旅をする物語です。絶メシの危機にあるお店の希少な価値に焦点を当てた点は素晴らしいのですが、「消え去る」ことを前提としているのはなんとも悲しい気持ちになります。
価値ある町中華がドラマのように「絶メシ」になってよいはずがありません。町中華を消えゆくものへの哀愁として葬り去るにはあまりに惜しい存在といえないでしょうか。
町中華の「絶メシ化」を回避するには
言うまでもなく、町中華の絶メシ化を食い止めるには後継者問題を解決するしかありません。問題は腕の立つ料理人に味とレシピを伝授できても後継者問題を解決したことにならない点にあります。技術のみならず、店主の持つ人間性までひっくるめて引き継げるかどうか。最大の課題はここにあります。
では替えがきかない町中華の店主の後継者とはどのような人物なのでしょう。重要となるのが、上述のようにメニューや味付けだけでなく、店主が醸し出す情緒的な価値(センス)をどれだけ引き継げるかという点。町中華の後継者問題の解決は「常連客も認める人物に引き継げるかどうか」にかかっています。常連客が認めた人物であれば、はじめは味が今一歩でも、「だんだん先代の味に近づいてきたね」と長い目で見守ってくれるでしょう。
「店主が醸し出す情緒的な価値(センス)まで引き継ぐ人物を育てる」
かなり高いハードルですが、ポイントは後継者候補と店主が同じ空間にいる「時間の長さ」にあります。常連客は店主と後継者候補が一緒に鍋を振る姿を目にすることで、後継者候補に店主の影(センス)を感じるようになり、引継ぎ後も自然にお店に足を運びやすくなるはずです。
つまり、町中華の後継者問題を成功させるには、早い段階から、
- 後継者候補を決めておく。
- 後継者候補と常連客の関係性を深めておく。
こうした取り組みが不可欠です。店主のセンスの引継ぎは同じく個人経営のスナックや喫茶店など地元に根差したお店すべてに共通する課題でもあります。町の貴重な財産を絶メシにしないよう、町ぐるみで取り組む必要があるのではないでしょうか。