街のパン屋

「街のパン屋」が好調-転機を迎えるパン業界で独り勝ちのワケ

ここ数年のパンブームでパン業界では過当競争による閉店・倒産が目立つようになりました。その一方でコロナ禍でも好調さを維持しているのが近所にある「街のパン屋」です。なぜ街のパン屋が人気を集めているのか理由を探ります。

転機を迎えるパン業界

パン屋の閉店・倒産が急増

ここ数年パンブームが続いてきましたが、ここにきてパン屋の閉店・倒産が目立つようになりました(下図)。パン屋の閉店・倒産が認識されるようになったのは、帝国データバンクが2020年2月に発表した「パン屋の倒産件数が31件に達し過去最多を更新した」という調査結果です。「空前のパンブームなのになぜ?」と業界に大きなショックを与えました。

「パン屋」閉店数の推移

「パン屋」閉店数の推移
(出所)開店閉店ドットコム

パン屋の閉店・倒産はコロナ禍と物価高の影響を受けてより顕著になっています。パンブームをけん引してきた高級食パン店も2021年頃から閉店のニュースが次々飛び込んでくるようになりました。さらにクリームシチューパンなどで地元客に親しまれていたベーカリー「マミーブレッド」が22年8月に倒産するなど、閉店・倒産はパン業界全体に広がっています。

過当競争と消費者の厳しい目線

帝国データバンクのレポートによると、2022年以降の倒産は物価高が最後の追い打ちとなって事業断念に追い込まれる「物価高倒産」が多いそうです。重要な点は「最後の追い打ち」と指摘している点です。つまり倒産の主因は物価高以外にあるということです。物価高以外の要因としては以下の2点が指摘できます。

  1. 過当競争による競争環境の悪化
  2. 消費者の舌が肥えた

空前のパンブームでパン屋の店舗数が急激に増えたことでパン業界は自らの首を絞めています(①)。さらに、素材に徹底的にこだわる「本格ベーカリー」が増えたこと、コロナ禍で「自宅で手作りパン」をする消費者が増えたことで、お店のパンに求める消費者のハードルが上がっています(②)。

高級食パンの最大のウリはふわふわ感と甘さです。しかしふわふわ感をもたらすストレート法と呼ばれる製法は発酵時間が短く大量生産しやすい利点がある一方、美味しさのピークは当日で次の日から味が落ちる傾向にあります。「高級食パン=素材の良さ」というイメージがある中、この製法を知って高級食パンを買わなくなった消費者も多いと聞きます。

好調を維持する「街のパン屋」

「安さ・美味しさ」以外の魅力とは

パン業界の競争環境が厳しさを増す中でも安定的に顧客を集めているのが住宅街にひっそり佇む「街のパン屋」です。千葉県を中心に10店舗を展開するベーカリー店「あせる王様」は、2020年夏に食パン専門店として初出店しましたが、21年からは総菜パンも扱うお店(五井店)をオープンするなど、普段使いできる「街のパン屋」への転換を進めています。平日の昼間でも主婦や家族連れがひっきりなしに訪れ、1店あたりの売り上げは伸び続けているようです。

なぜ近所にある街のパン屋の人気は継続しているのでしょうか。まず思いつくのが、

  • コロナ禍で在宅時間が増えたから
  • 美味しいから
  • 価格がリーズナブルだから
  • 素材や製法にこだわっているから

などですが、どれも決定的とは言えません。コロナ禍で「近場」の需要が高まったことは事実ですが、コンビニやスーパーは以前から近場に立地してますし、パンも安くて美味しい商品が並んでます。素材や製法へのこだわりに関しても、メディアに登場する本格ベーカリー店ほど徹底したこだわりではない気がします。

街のパン屋の人気の秘密は「安さ・美味しさ・素材へのこだわり以外」にある。そう考えざるをえません。

地元客を知り尽くした強み

ではコンビニやベーカリーチェーン、本格ベーカリー店にはない「安さ・美味しさ・素材へのこだわり以外」の街のパン屋の魅力とは何でしょう。それは地理的距離ならぬ「顧客との距離感」にあります。

  • 同じ時間に同じパンを買いに来るシニア客
  • 会社帰りに寄っていくサラリーマン客
  • 町内会の帰りに来店する町内会メンバー

こうした地元客一人一人との距離感の近さが街のパン屋の最大の強みと言えます。シニア客の多いパン屋ではやわらか食感のパン、学生のお客さんの多いお店では腹持ちの良いたっぷり具材の惣菜パンが多くなるでしょう。客のリクエストに応えるうちに壁一面にメニューが増えていく町中華のようです。本格ベーカリーのパンはハードタイプが多くサイズも小さめですので、必ずしもシニア客や学生層の口に合うとは限りません。

店員さんも地元に住む人が多いので、地元客一人一人の仕事や趣味などもよく知っています。地元客をよく知る店員さんとの会話であふれる店舗空間は、チェーン店や本格ベーカリー店にはない価値を生み出しています。

皆さんもハンバーガーチェーン店の店員の顔は思い出せなくても、いつも行く近所のパン屋さんの店員の顔はすぐ思い出せるのではないでしょうか。街のパン屋が過当競争の波に巻き込まれにくい理由はここにあります。

街のパン屋にはまだ成長余地がある

もっとも街のパン屋と一口に言っても、地元客をがっちりつかんで成功しているお店もあれば、競争過多の波に巻き込まれて苦しんでいるお店もあります。両者の違いはやはり顧客との距離感にあります。苦しんでいるお店の多くは「美味しいパンを作ること」に意識が向けられ、肝心の顧客が置き去りにされているケースが少なくありません。いくら他店に負けない美味しいパンを作っても「どのようなお客さんに食べてもらうのか」がイメージできなければ地元客は付いてきません。

しかしこうした事実は裏を返せば、街のパン屋にはまだまだ成長余地があることを意味しています。以下のような取り組みを進めることで、現在不振の街のパン屋も再生できるはずです。

  1. 顧客との対話を心がける
  2. 街全体を観察する
  3. コラボ先を見つける

顧客が好むパンを作るには「顧客を知ること」です。顧客との対話を常に心がけることで「あのお客さんは〇〇だから、〇〇なパンが好きなはず」といった経験知が磨き上げられます(①)。

さらにお店の外に出て人々が何をしているのかを観察することも重要です(②)。例えば顧客がどのような流れで自分のお店にたどり着くのかをイメージするのです。スーパーの帰りに寄るケース、会社帰りに立ち寄るケース、近所の人とばったり会って立ち寄るケースなど、人々の動きを観察することでイメージが鍛えられ、来店客との対話もはずむようになるはずです。

顧客との対話を心がけ、顧客目線で街全体を観察すると、思いもよらないアイデアやコラボ先が見つかったります(③)。

  • 自店のパンを隣のコーヒー店で提供する
  • 地元農家の小麦を使ったパンを作る
  • 顧客にパン作りを体験してもらう

といった具合に、パン屋の枠を越えた発想が生まれるはずです。コーヒー好きの地元客がいればコーヒーに合うパンを隣のコーヒー店で楽しんでもらう。地元素材への関心が高いと感じたら、地元産小麦を使用した「生産者の顔が見えるパン」を作ってみる。こうした取り組みは地元のお金が地元で回る好循環を生み、地域エコシステム(生態系)を強化します。

自治体によっては街のパン屋の再生が地域活性化の起爆剤となるケースもあるかもしれません。地域エコシステムとして街のパン屋を見つめ直すことも必要ではないでしょうか。