日本でも増え始めた無人店舗
コンビニも導入急ぐ
先日の新聞記事で「ミニストップ完全無人店」という見出しが躍っていました。同社は20年11月から企業の中など約1,000カ所に無人店を設置するそうです。店員は置かず、客がバーコードで商品をスキャンし、キャッシュレスで決済するセルフレジの形になるようです。
他のコンビニも無人化を模索しています。ローソンは生体認証とスマホを組み合わせて入退店する仕組みを導入するようです。最大手のセブンイレブンも実験店舗を利用しながら顔認証技術による入店・決済、AIを活用した発注提案などを展開しています。
コンビニ以外では、20年10月に紀伊国屋が無人決済の新業態店を開設しましたし、イオン系食品スーパーのカスミもオフィス内に無人店舗を設置するなど、食品小売業界全体に無人化の流れが広がっています。
無人化が加速する背景としては、以前から指摘されている人手不足に加え、コロナ禍で感染防止費用の負担が高まっていることがあります。
便利だけど、それだけ?
スマホ決済などキャッシュレス化がだいぶ浸透してきましたし、無人店舗に対する抵抗感もなくなってきたように思えます。最近はシェアオフィスやサテライトオフィスで働く人も増えており、仕事の合間に無人店舗でコーヒーやパンなどを購入する人も多そうです。
しかしこの無人店舗、便利なのに、どこか物足りなさを感じるのは私だけでしょうか。その正体は利便性だけを提供している点にあると感じています。無人店舗なのだから利便性を追求するのは当然ですが、結果として商品の顔ぶれやサービスを一様なものとし、量的な飽和点に達した段階で限界を迎えます。
2020年のコンビニ業界の売上高は全店ベースで4.5%のマイナスとなりました。全店ベースでのマイナスは過去にみられなかった現象です。それはコンビニ市場が飽和点に達したことを意味しています。
便利さを求めるのに便利さだけでは満足できない。これが消費者というものです。どんなに便利な製品でも普及してしまえばコモディティ化の運命が待ち構えている。つまり、
便利さの賞味期限は短い
ということです。本記事では早くも壁にぶつかりそうな無人店舗の未来について考えてみたいと思います。
無人店舗、海外ではすでに下火?
無人店舗の火付け役は海外です。2017年にAmazonが発表した「Amazon Go」は世界中に衝撃を与えました。スマホの専用アプリをゲートにタッチして、店に入り、欲しいものを取ってそのまま店を出る。世界中の小売業者が視察に訪れたと言われています。
無人化の浸透度という意味では米国より中国が上回っています。アリババが展開するキャッシュレススーパー「フーマー(盒馬鮮生)」は生鮮食品などすべての店内商品をアリペイで決済できます。16年に開店したフーマーは2019年に88店舗あり、2022年までに2,000店舗を目指しています。
しかしここにきて、無人化で先行した米国・中国の動きに異変が起きているそうです。以前の記事でも書きましたが、無人店舗の出店が思ったほど加速していないのです。なぜか。
Amazon Goは1号店が開設されてから2年以上が経過していますが、店舗数は全米で20店台にとどまっています。「21年までに3,000店」という計画は結局達成できませんでした。中国も同様で、コンテナ型の無人コンビニ「ビンゴボックス」も数店規模まで縮小しているそうです。フーマーについてはまだ調べていませんが、おそらく状況は似たようなものだと推察されます。
2017年から海外で始まった無人ブーム。ここにきての「下火」は何を意味しているのでしょうか。これから無人化を加速させようとしている日本はこのまま無人化を推し進めて良いものなのでしょうか。
小売業界を生態系としてみる
利便性だけが無人店舗のウリではない
私は海外で無人ブームが下火になっているのはむしろ自然なことではないかと感じています。食品小売の店舗に求める顧客ニーズは実に多様です。
- 仕事の合間に小腹を満たしたい。
- 仕事帰りにささっと買い物を済ませたい。
- 休日に家族と一緒に少し遠出して買い出しに行きたい。
- 近所の人や顔なじみの店員さんに会いたい。
などなど、利便性を重視するときもあれば、楽しさを重視するときもある。店舗に求める顧客ニーズとは時々のシチュエーションによって大きく変わるものです。無人店舗は多様な顧客ニーズの一部に対応しているにすぎないのです。無人化そのものに問題があるというより「無人化だけで顧客ニーズのすべては満たせない」ことを示しています。
多様な顧客ニーズに対応した店舗が存在するということは、小売業界がそれだけ豊かな生態系を形成していることを意味します。下の図は食品小売業の価値ポジションを整理したものです。店舗には、
- 利便性や効率性を重視した「利便性重視タイプ」
- 生産者の思いや食材の持つストーリーを重視した「ストーリー重視タイプ」
に大別できます。
食品小売業界の生態系(イメージ)
利便性重視タイプの代表は、AIなどの最新技術を駆使したのがAmazon Goやフーマーなどの無人店舗です。ストーリー重視タイプは、生産者のメッセージを伝えたり食材の調理法を実演したり、顧客との対話を重視した店舗・サービスで、道の駅や地元のスーパーが入ります。ネット上で生産者のストーリーを伝える「ポケマル」のようなサービスもこのタイプです。
では顧客はどのタイプの店舗を望んでいるのでしょうか?
答えは「すべて」です。シチュエーションによって異なるとも言えるでしょう。忙しく時間に余裕のない平日は、必要なものが素早く効率よく手に入る無人店舗はありがたく感じる。一方、時間に余裕のある休日は平日では行けないような店に足を延ばし、生産者の思いを感じながら食材の持つストーリーを感じながら買い物を楽しみたい。シチュエーションによって顧客の顔は切り替わり、それに応じて店舗ニーズも変化するのです。
平日午前のスーパーで起きていること
私は今年の6月から自宅をオフィスとして仕事をしています。家の中で調査結果を分析したり原稿を書いたりという生活ですので、放っとくと一歩も外にでないなんてこともありうるわけです。
さすがに一歩も外に出ない生活はマズいだろうと思い、これだけは実行しようと思ったことがあります。
「毎日スーパーに行く」
です。スーパーに毎日行けば多少なりとも運動になりますし、何より気分転換になります。
買い物は昼食の調達もかねて午前中に行くことが多いです。これまで午前中にスーパーに行くことなどなかった自分ですが、行ってみて気付いたこと、それはシニアが多いことです。当然と言えば当然ですが、下のグラフにあるように、
シニア世代の買い物時間のピークは午前中です。
つまり今の私と同じように、健康維持を目的とする外出機会と昼食の調達をかねて午前中にスーパーに行くのだと思います。今はシニアの最大の楽しみである旅行が満足にできない状況にありますので、スーパーに出かけることの意味は大きいのです。
年齢別に見た買い物の行動時間の分布
もう一つ大きな発見がありました。午前中のスーパーは明らかに店舗の雰囲気が夕方とは違うのです。違いの正体は
顧客と店員が仲良く会話する姿
にありました。ある日レジで並んでいると、明らかに混んでいるレジ列に並ぼうとしているシニア客がいる。空いている列があるのになぜ?と思っていると、そのシニア客は笑顔でレジ打ち店員と会話をしているのです。
お目当てのレジ打ち店員と話すために多少混んでいてもそのレジ列に並ぶ。シニア客にとって食品スーパーは単に必要な商品を買う場ではなく、店員や近所の人と会話する楽しい空間でもあるわけです。
スーパーで店員との会話を求めるのは海外も一緒です。オランダのスーパー大手ユンボ(Jumbo)は2015年から顧客とのおしゃべりを業務とする「おしゃべり専用レジ係」を設置し、孤独な高齢者が孤立しないようにしているそうです。特にコロナ禍では重症化リスクの高い高齢者が強い孤独感を味わっています。唯一の外出機会となるスーパーで気兼ねなく会話ができるメリットは大きいでしょう。
AIで食材のストーリーを伝える
食品小売店は店員や近所の人と触れ合う場でもあります。一方、同じ触れ合いでも「生産者」との触れ合いを重視した空間を目指そうとしている店舗もあります。
道の駅や産直アプリを展開する「ポケマル」もそうですが、AIなど最新技術を活用して「生産者との触れ合い」を実現しようとする店舗があります。イタリアコープが2016年にオープンした「未来のスーパー(Supermercato del Futuro)」という店舗です。
腰ほどの高さの陳列棚にゆったりと並べられた野菜や果物を指さすと、人感センサーが反応し、上部にあるモニターに品種や産地、栄養成分、旬の時期、カロリーなどの情報が表示されます。
The Cuisin Pressから
この店舗は顧客が「この空間に長く居たい」と思うよう設計されているそうです。店内も顧客同士で話が弾むように、陳列棚は低く、隣の通路を見渡せるよう設計されています。
イタリアコープもAmazon GoもAIという最新技術を活用していますが、Amazon Goは利便性を重視し、イタリアコープは情緒やストーリー性を重視している点で、目指す価値空間が違います。
日本の無人店舗はコモディティ化を越えられるのか
このように同じ無人店舗でも、
- Amazon Goのような利便性を徹底追求した空間を目指すのか
- イタリアコープのように生産者の想いや顧客同士の会話を引き出す楽しい空間を目指すのか
によって、まったく異なる店舗空間になるわけです。一番大事なのは「どのような空間にしたいのか」という店舗コンセプトです。AIはあくまで店舗コンセプトを実現するための手段に過ぎません。
日本の無人店舗はどのような店舗コンセプトを目指そうとしているのでしょう。私が見る限り、日本の無人店舗はAmazon Goのような利便性重視の空間を目指しているようです。ただ中国や米国の状況をみると、利便性重視タイプの店舗はそろそろ成長の限界がきている。利便性を重視した商品がコモディティ化しやすいのは家電製品等をみても明らかです。利便性重視の無人店舗がコモディティ化の道を辿るのは時間の問題なのです。
これに対し、ストーリー重視の店舗は地元でしか手に入らない商品や生産者情報を扱うため、コモディティ化しづらいのが特徴です。顧客同士や店員とのつながりも一つとして同じつながりはない。替えのきかないつながりはコモディティ化しないのです。
「不便益」という言葉があります。少し不便なほうが人の記憶に残りやすく、伝えたい魅力を伝えやすくなることを意味する言葉です。無人店舗も便利さの中に少し不便な要素を取り入れたほうが顧客の記憶にも残りやすいはずです。利便性もストーリー性も顧客ニーズに対応したものですが、日本の無人店舗がどちらの方向性を目指すのか。これから注目して見ていきたいと思います。