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高齢者はなぜキレやすくなったのか-「年をとったら丸くなる」の嘘

年をとっても丸くならない

キレる高齢者

一昔前までは高齢者というと、「穏やかで優しい」「どっしり落ち着いている」「教養がある」「人付き合いがうまい」といった姿が思い浮かんだものです。川の石が下流へ運ばれるうちにぶつかり合って角が取れていくように、人間も年月を重ねて角が取れて丸くなっていく。そこから生まれた言葉が「年をとると丸くなる」です。

しかし最近の高齢者のイメージはどうでしょう。「キレやすい」「せかせか落ち着きがない」「教養を感じない」「人付き合いが下手」──一昔前の高齢者とは違う「年をとっても丸くならない」姿が浮かんでしまいます。

年をとっても丸くならない高齢者の姿は犯罪データからも伺えます。高齢者(65歳以上)の刑法犯検挙人員に占める割合は2000年の5.8%から2021年の23.6%と「20年で4倍」に急増しています。「高齢者の割合が増えたからでは?」と思いきや、高齢者人口の割合は1.7倍の増加ですので、高齢化の影響を考慮しても多いのです。

高齢者の犯罪と人口

高齢者による刑法犯の割合高齢者の人口割合
19851.4%10.3%
19902.2%12.1%
19953.9%14.6%
20005.8%17.5%
200510.9%20.3%
201014.9%23.2%
201519.9%26.9%
202022.8%29.0%
202123.6%29.3%
(出所)法務省「犯罪白書」、厚生労働省「人口動態統計」

高齢者が怒りっぽくなる理由として、加齢による脳機能の低下など身体的変化がしばしば指摘されてきました。しかし近年になって高齢者の脳機能低下が増えたといった報告はなさそうです。となると、今と昔の高齢者の違いには、社会や生活環境の変化が関係していると考えた方がよさそうです。

生活行動が大きく変化

では高齢者の生活環境はどのように変化したのでしょう。手がかりになりそうなのが昭和51年から続いている「社会生活基本調査」総務省です。

高齢者の1日の生活時間を行動別にみていくと、過去20年でもっとも増えたのがテレビ・ラジオ・新聞・雑誌などの情報メディアで、家事、身の回りの用事、買い物がこれに続きます。

これに対し、もっとも減少したのが「休養・くつろぎ」時間です。休養・くつろぎ──家族との団らん、おやつ、うたたねなどは、老人の特権といえる贅沢な行動です。同じく老人らしい行動の一つ「交際・付き合い」も減少傾向にあります。

このように高齢者の生活は、くつろぎとつながりの時間が減り、せかせかする時間が増えていることが見て取れます。

高齢者の生活行動時間の変化(2021年/1981年)

高齢者の生活行動時間の変化(2021年/1981年)
(出所)総務省「社会生活基本調査」

老人らしさ奪う3つの変化

くつろぎとつながりの時間が減り、せかせかする時間が増える。──これでは穏やかで落ち着きのある老人らしさが失われていくのも無理はない気がします。このような生活環境をもたらしたのはなぜか。3つの社会環境の変化が指摘できます。

①家族形態の変化

今の高齢者から老人らしさを奪っている社会環境の一つは、家族形態の変化です。高度経済成長以降、地方圏から大都市圏への人口移動が進み、地方では子供と別居する親が増加します。三世代同居世帯の割合は22年に1割を切るなか、単独世帯と夫婦世帯が6割を占めています。子供と離れた親世代はやがて高齢夫婦世帯となり、どちらかとの死別・離別を機に高齢単身者になります。

高齢者世帯のソロ化が進むと、かつては家族のだれかが行っていた家事や身の回りの用事を自分自身で行わなくてはいけなくなる。先に見たように、高齢者の生活時間の中で家事や身の回りの用事にかける時間がメディアに次いで増えているのは単身化が影響しています。これまでやることのなかった家事や身の回りの用事に時間を費やされ、心の余裕を失ってキレやすくなる──このような姿が想像できます。

②近所付き合いの減少

2つめは地域コミュニティとのつながりが減っていることです。最も身近なつながりである「近所付き合い」はネットの普及とともに減少傾向にあります。

近所付き合いの機会が減ると孤立化が一気に進行し、高齢者から生きがいを奪っていきます。内閣府調査によると、「困ったときに頼れる人がいない」「近所づきあいがない」など、孤立しやすい高齢者ほど生きがいを感じていないことがわかります(下図)。

人とのつながりを失うと、家事や身の回りの用事を繰り返す日々の暮らしが虚しくなり、ちょっとしたことでキレるようになるのではないでしょうか。

生きがいを感じていない人の割合(60歳以上)

生きがいを感じていない人の割合(60歳以上)
(出所)内閣府「高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査」

消費社会の影響

3つめはすべての現代人から心の余裕と落ち着きを奪っているもの──消費社会です。あらゆるものが商品・サービスとして記号化され、お金によって交換される消費社会は、人々の欲望を満たす装置です。欲望が消費社会を通じて満たされるようになると、生きるために必要なモノだけでは充足できなくなり、承認欲求や自己実現欲求を満たすための際限ない欲望のループ化が起きます。その象徴がバブルの崩壊です。

今の高齢者は消費社会の洗礼を受けた第一世代です。欲しいものを手に入れるため猛烈に働いてお金を稼ぐ──このときに形成された価値観がやがて自分自身を苦しることになります。「お金がなければ生きていけない」という価値観が定着し、老後2000万円問題のような根拠が曖昧な情報に振り回される羽目になるのです。

家族(①)や地域コミュニティ(②)との関係性が薄れる中、「お金がなければ生きていけない」という消費社会の呪縛(③)が追い打ちをかける──。このように高齢者を取り巻く生活環境の変化が「年をとっても丸くならない」姿にしているのです。

「老人らしさ」を取り戻すには

では「年をとると丸くなる」かつての穏やかな高齢者像を取り戻すにはどうすればいいのでしょう。社会環境はそう簡単に変えられるものではありません。まずは高齢者一人一人ができることに取り組むことが近道となります。

ハンナ・アーレントのメッセージ

「年をとると丸くなる」は高齢者が人間らしさを取り戻すことと同義です。ここで参考になるのが20世紀を代表する哲学者ハンナ・アーレントの言葉です。

アーレントは、人間を人間たらしめている行為として3つの活動力──「労働」「仕事」「活動」を掲げています。「労働」は生命維持にとって必要な行為(料理、掃除)。「仕事」は現代の意味とは少し異なり、永続的で耐久性のあるものを生み出す創造的な行為(美術作品、耐久財)です。「活動」は言葉を通じて他者とコミュニケーションをとる行為を指します。アーレントは産業革命以降、社会が「作っては消費」を繰り返す労働中心に変化し、人間らしさを失わせていると指摘しました。

アーレントの警告は今の高齢者にそのまま当てはまります。朝起きて朝食の支度をし、掃除や洗濯をこなし、近所のスーパーで生活必需品を購入、夕飯の支度をする。まさに「労働」の繰り返しです。

「仕事」に相当する趣味はどうか。高齢者の趣味の上位は、旅行、テレビ、映画、グルメですが、これらは創造的な活動(仕事)というより、作っては消費の「労働」に近いものです。旅行が終わった瞬間「次はどこへ行こうか」となるわけです。

アーレントが今の高齢者の姿を見たらこう助言するでしょう──「労働中心の消費社会から少し距離を置きなさい」と。

「没頭できる趣味」を持つ

労働中心の消費社会から距離を置くには、創造的な仕事≒「趣味」を持つことが一番です。旅行やグルメといった消費社会が提供する趣味はほどほどにする。ショーペンハウアーが指摘するように、自分の手で何かを創り上げる趣味を持つことが幸せにつながります。

人の能力は用いられることを求めてやまず、人はそうした成果をなんとか見たいと願う。しかしながら、この点で最大の満足が得られるのは、何かを「作る」こと、仕上げることだ。籠でもいい、本でもいい。ひとつの作品が自分の手で日々、成長し、ついに完成したのを見ると、直接的な幸せが味わえる。
ショーペンハウアー「幸福について」

「年をとると丸くなる」と言われたかつての高齢者の趣味といえば、編み物、盆栽、陶芸など自分の手で何かを作り上げるものでした。その姿は一人の時間を楽しんでいるようにもみえ、孤独感など微塵も感じさせません。

趣味のように没頭できるものがあれば、孤独もまた楽しみの時間に変化します。そして何かを作り上げる人には他者が寄ってくるものです。趣味を通じたつながりが生まれ、失われた地域コミュニティとのつながりも戻ってくるはずです。

まとめ

「年をとると丸くなる」高齢者に戻ることは、自分と向き合い、自分を取り戻すこと、です。言い換えると、世間に合わせようとする外的自己(消費社会)から抜け出し、自分の内側の声に耳を傾ける内的自己(没頭できる趣味)への回帰です。ネット情報に振り回される現代人に対するメッセージでもあります。