【記事のポイント】
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コロナ禍で広がる食のバリュエーション
コロナ禍で私たちの食生活は外から内に急激にシフトしました。食事の回数や量はほぼ変わらないはずなので、外食が減った分だけ自宅での食事(内食)が増える理屈です。下のグラフは2021年の内食と外食の伸び率をコロナ前(2019年)と比較したものですが、どの年齢層でも内食の増加と外食の急減というコントラストがみてとれます。特にリモートワークによって現役世代は内食シフトが進み、感染リスクに敏感な高齢層が外食を控える動きが顕著です。
2021年の内食・外食の年齢別伸び率(コロナ前・2019年との比較)
コロナ禍では半ば強制的に内食生活を強いられてストレスを抱える人も多いと思います。しかし私は決して悪いことばかりではないと感じています。なぜなら以前とは違う食生活を送ることで新たな消費者ニーズと新たな商品・サービスが生み出されるからです。これは「食のバリュエーション」が広がっていることを示すものです。
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これらの消費者行動はコロナ禍の内食生活で起きた食の広がりを示すほんの一例です。様々な食のスタイルを経験してみたことで私自身、食や健康に対する意識が変化したように感じます。
食のバリュエーションの広がりは私たちの食生活がより豊かにします。心地よいと感じた体験は定着するものです。新しい食のスタイルはコロナ禍が収束すれば元に戻るようなものではないでしょう。
- コロナ禍で広がった食のバリュエーションは定着する?
- 食のニューノーマル(新常態)が生まれるとすればどのようなものになる?
本記事ではこうした疑問について、アンケート調査の結果などをみながら考えてみたいと思います。
調理の「楽しさ」と「疲れ」
内食生活の中心は「調理」です。調理機会が増加する中で起きているのが「楽しさ」と「疲れ」という相反する意識です。コロナ禍で起きている食のバリュエーションの広がりは、調理の「楽しさ」と「疲れ」によってもたらされていると考えられます。
調理の楽しさ ⇒ 素材志向
では調理の「楽しさ」はどのような消費者行動に結びついているのでしょうか。
素材からしっかり調理したい
ここ数年で食を巡る価値観は大きく変化しました。食は「生きる糧」だけでなく「生活に彩りを与えてくれるもの」として見直されています。近年のエンゲル係数の再上昇は、生活における食のプライオリティが高くなったことと無関係ではありません。
食のプライオリティの高さを象徴するのが「素材からしっかり調理したい」というコロナ禍前からある消費者ニーズです。素材からの調理は時間がかかりますが、コロナ禍でおうち時間が増えたことでそれが可能になりました。時間に余裕がある中で素材からしっかり調理をすれば、調理は「楽しい」ものに変わります。
例えばコロナ禍で増えた「手作りパン」は素材から作る調理の楽しさを象徴するものです。子供は外出自粛でストレスを抱えていますので、手作りパンは家族みんなで楽しめるエンターテインメントになります。手作りパンをゆっくり味わう空間作りとして「おうちカフェ」のような言葉も生まれました。
素材からの調理はコロナ禍が収束しても続けたいと思う人が多いようです。私が調査分析に参加させて頂いた全国スーパーマーケット協会の消費者アンケートによると、「このまま感染が継続した場合も、収束後でも増やしたい日常の食事」として筆頭に上げられたのが「素材から調理した食事」でした。「冷凍食品の活用」は感染拡大の収束によってニーズの低下がみられますが、素材から調理した食事は感染拡大が収束してもニーズは高いままです。
増やしたい日常の食事とは
プロの技から刺激を受ける
素材からの調理ニーズを後押ししているのがSNSやYouTubeなどの動画サイトです。特に一流シェフの技を惜しげもなく披露した動画サイトは素材からの調理ニーズを刺激する効果絶大です。
フレンチ料理界の重鎮、三國清三シェフは20年4月からYouTubeチャンネル「オテル・ドゥ・ミクニ」を立ち上げ、動画をアップしまくっています。イタリア料理界の巨匠、日髙良実シェフも20年7月から自身のYouTubeチャンネル「日高良実のACQUAPAZZAチャンネル」を開設しました。
何より素晴らしいのは、私のような料理の素人でもおいしく作れるよう配慮されている点です。 一流シェフと呼ばれる方は教え方も一流です。 近所のスーパーでも購入できる食材でレストランに近い味を引き出す技を懇切丁寧に伝授してくれます。動画をみているうちに、
これなら自分でも作れるかも!作ってみよう!
と思わせるのです。私もその気にさせられた一人で、日高シェフと三國シェフのレシピをいくつか試してみました。写真は三國シェフの動画をみて作った2品(トマトソース風肉団子、悪魔風チキン)ですが、どれも満足のいく料理に仕上がりました(あくまで自己評価)。
三国シェフの動画を見て作った2品
調理疲れ ⇒ 簡便志向
調理機会が増えて「疲れ」も
素材からしっかり調理することで調理の楽しさを味わう人が増えてくる一方、調理機会が増えたことで「調理疲れ」も目立つようになりました。特に緊急事態宣言時は学校休校とテレワークへの移行で、家族全員分の食事を作らなければならない状況になりました。さすがに疲れます。
調理も立派な仕事です。会社員には週休がありますが、家事には決まった休みがありません。合間合間にお休みを入れなければ疲れるのは当然です。
特に共稼ぎ夫婦の場合、どちらが食事の支度をするかで夫婦喧嘩に発展するケースもあるようです。時間に余裕のある休日なら一緒に調理したりする楽しさを味わえるでしょうが、忙しい平日の調理となると楽しさどころではありません。
消費者アンケートの結果では、自宅調理について半数近くの人が「楽しいが負担に感じることもある」と回答しています。下のグラフのように、単身世帯より複数世帯、複数世帯でも子供のいる世帯で調理に負担を感じている人が多いようです。
「調理を負担に感じている」と回答した人の割合
最近は世帯構造だけでなく、地域によっても調理疲れの程度はだいぶ異なることがわかってきました。日常的に外食を利用する都市部に住む人と外食は休日しか行かない地方の人ではコロナ禍の食生活への影響度はまったく異なるからです。調理疲れの地域差については以下の記事で詳しく取り上げています。
簡便調理でも質は落としたくない ⇒「簡便」×「素材」
忙しくて調理が面倒になると即席めんやお弁当などについ手が出そうですが、コロナ禍の食事は必ずしもそうはなっていません。もちろんカップ麺やチルド麺の売れ行きは上がっており、私もチルド麺のうまさに驚かされました。
しかしここ数年の健康志向もあり、忙しい中でも素材からの調理が望ましいと考えている人は多いようです。そこで注目されているのが、時短メニューや調理器具などを活用しながら「簡便」×「素材」の調理スタイルを取り入れる方法です。
コロナ禍で調理家電が売れていることは知られていますが、中でも「簡便×素材」に対応した調理器具の売れ行きが好調です。その代表がシャープの自動調理機「ヘルシオ ホットクック」。20年1~3月期の販売台数は前年同期比で2.5倍になったそうです。ホットクックの特徴は余分な水分を加えず野菜など食材が持つ水分のみで調理する「水なし調理法」。「簡便×素材」にぴったりはまった調理器具なわけです。
外食が内食化する
簡便志向はテイクアウトやUber Eatsなどのデリバリーの増加にも表れています。私たちは忙しいときにスーパーで惣菜などの中食を利用することが多いですが、最近は選択肢の一つにテイクアウトやデリバリーが加わりました。
出前というスタイルは以前からありますが、最近のデリバリーは「内食メニューの一つ」として活用される傾向にあります。私もUber Eatsを時々活用しますが、注文するのは「おかず系」のみでスープやごはんは自分で用意するというスタイルです。
自宅で調理する中で「あと一品がほしい」 |
デリバリーやテイクアウトはこうした内食の中の一部として活用される傾向が強まっています。
どんな状況でも豊かな食生活が可能になる
このようにコロナ禍以降、調理の「楽しさ」と「疲れ」に対応するかたちで新しい商品・サービスが投入され、結果として私たちの食のバリュエーションはどんどん広がっています。シチュエーションに応じて様々な食を選択できるようになったということです。
【時間に余裕があるとき】
好きなシェフの調理動画をみながら時間をかけて素材から調理を楽しめます。子供と一緒に粉まみれになりながらパン作りをするのもいいでしょう。若い人は自分で作った料理をZoom飲み会で披露すれば盛り上がるかもしれません。
【仕事が忙しくお疲れモードのとき】
ヘルシオのホットクックなどを活用して簡便かつ栄養価の高い食事を心がけます。一品足りないときは近くのスーパーの惣菜を利用したり、テイクアウトを利用する手もあります。忙しい中でプチ贅沢をしたいときもあるでしょう。そんなときはUber Eatesで高級フレンチ店の料理をデリバリーしてもらうことも可能です。
このように今はシチュエーションに応じて食のバリュエーションを広げることが可能です。実のところ、私たちの食生活は以前より豊かになっているのです。
時間があるときもないときも豊かな食生活を送れるようになった |
コロナ禍ではなかなか気付きにくいことですが、食を巡る環境は確実によくなってます。一流シェフの動画をみながら調理するもよし、最新調理器具を使って手軽に素材を生かした料理を作るもよし、Uber Eatsで高級料理に舌鼓を打つもよし。今まで食に関心がなかった人もこれを機に食の楽しさに目覚めてほしいと思います。