「円安でも輸出が増えない」は輸出企業の強さの証-値下げに依存しないBtoB企業

円安でも輸出が増えない

私たちには知らぬ間に刷り込まれた思考パターンというのが数多くあります。心理学でヒューリスティックと呼ばれるものですが、経済分析の世界にも溢れています。その一つが、

「円安になると輸出が増加する」

という説です。円安になると輸出企業は、

  • 円ベースの利益額が増える(価格効果)
  • 現地の販売価格を引き下げてシェア拡大(数量効果)

となり、エコノミストの脳内では、

円安⇒輸出拡大⇒収益アップ⇒株価上昇

というプログラムが起動されていたはずです。「円安⇒輸出増加」が成立していたのは確かです。しかし下のグラフにあるように、2010年頃からは為替と輸出の相関性が崩れ、コロナ禍では反対の動きになっています。

円の名目実効為替レートと輸出数量の変化率

(出所)財務省「貿易統計」日本銀行より作成

「円安でも輸出が増えない」のは輸出企業が強いから

円安でも輸出が増えないとなると、円安がもたらすコスト増が輸出企業に重くのしかかってきます。現にトヨタ自動車の2022年4~6月期連結決算では、原材料費の高騰が重荷となって利益が減少するとみられています。

円安でも輸出は伸びずコスト負担がのしかかる。そこだけみると暗澹たる気持ちになりますが、この現象を別の角度からみるとポジティブな面が浮かび上がってきます。それは、

円安でも輸出数量が伸びないのは「輸出企業の強さの証

という見方です。歴史的な円安下でも輸出が増えないのは、日本の輸出企業が新興国企業との価格競争から足を洗い、

「いいものを、安く」から「高くても、売れる」戦略に転換した結果

と捉えるのです。今の円安がコスト負担増を招いているのは事実ですが、輸出企業がそれだけ付加価値の高い商品に特化した証でもある。そうであれば、目の前の円安に一喜一憂せず、企業や投資家も中長期的な目線を持つことができるはずです。

輸出企業は本当に強くなったのか

円安でも値上げする輸出企業

輸出企業が円安局面で行う価格設定行動は主に以下の2つに分けられます。

  • 現地での外貨建て価格を引き下げ、販売数量の拡大を目指す。
  • 現地での外貨建て価格は変えず、円建て価格上昇分の為替差益を得る。

下のグラフは外貨建て輸出価格(≒現地の販売価格)と円の名目実効為替レートの前年比を比較したものです。為替レートと現地の販売価格は同じ方向に動いているのが確認できます。これは円安になると現地で値下げ戦略を行ってきた証拠です。

しかし両者の相関性は最近の円安局面では逆転しています。円安局面でも値下げは行わず、逆に今は現地の販売価格を引き上げているのです。どういうことか。理由としては、

  1. 海外の競合品では値上げが進んでおり、輸出企業も現地の相場に合わせている。
  2. 値下げをしても販売数量の拡大が見込めない。

が考えられます。1は企業として極めて自然な行動です。新型コロナウイルスの感染拡大とロシアのウクライナ侵攻でエネルギー・原材料価格の高騰が起きています。市場価格が上昇している中での値下げは不自然です。

私が注目したいのは2のほうです。インフレ下でも値下げで販売数量の拡大が見込めるなら、不自然と言われても値下げは価格戦略として妥当性を持ちます。それでも値下げをしないのは、値下げをしても販売数量は拡大しないからです。円安による原材料コストの上昇が利益を圧迫する中で、数量効果が期待できない値下げを行う意味はないでしょう。

外貨建て輸出価格と円の名目実効為替レートの変化率

(出所)財務省「貿易統計」日本銀行より作成

輸出品の7割以上は「BtoB」

ではなぜ値下げをしても販売数量が拡大しないのでしょう。その答えが輸出品の中身にあります。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代(70-80年代)、日本の輸出産業は家電や自動車といったBtoC(消費者向け取引)分野が世界を席巻していました。その後、液晶テレビ、ビデオ、デジカメなど一時代を築いた製品の多くは中国のハイアールやグリー、韓国のLGやサムスンに主役の座を奪われ、海外の家電売り場でメイドインジャパンをみる機会は激減しました。

BtoCはコモディティ化によるレッドオーシャン市場となり、過剰品質と揶揄された日本の製品はコスト競争力を失ったことが低迷の原因です。コストを下げるために現地生産を拡大し、円安局面では現地の販売価格を引き下げる。こうした対策を打っても目に見えた効果がなくなってきた。「いいものを、安く」戦略が限界に達したのが今の日本のBtoC産業です。

BtoCに変わって今の日本の輸出を支えているのはBtoB(企業間取引)です。下のグラフにあるように、輸出の7割以上は、一般機械(21年:22.3兆円)、化学製品(10.6兆円)、鉄鋼・非鉄金属(9.9兆円)、乗用車除く輸送機器(16.2兆円)など、BtoB向け製品で占められています。

輸出品の7割以上はBtoB向け(2021年、兆円)

(出所)財務省「貿易統計」より作成

日本のBtoB製品の最大の特徴はBtoCのようにコモディティ化していない点にあります。半導体装置をはじめ、日本のBtoB製品の多くは他国企業では簡単に真似できないオンリーワンなものが多いのです。つまり日本のBtoBは世界最強で「高くても、売れる」がゆえ、不毛な価格競争の波に巻き込まれることがない。値下げでシェア拡大する動機も必要性もないのです。

日本が誇るべきBtoB企業

「高くても、売れる」製品に特化することで円安局面でも値下げをする必要がない。そんな世界最強のBtoB製品を作っている日本企業をいくつか紹介したいと思います。ソニーや任天堂のようなBtoC企業と違って一般消費者にはあまり知られていない企業が多いのですが、「日本が誇るべき企業」として知っておく必要があるでしょう。

半導体製造装置メーカー

半導体と聞けば韓国・台湾・中国の企業を思い浮かべる人も多いと思いますが、アジア3カ国が強いのは半導体を用いた電子部品「半導体デバイス」です。一方、今なお日米欧の企業が圧倒的に優位なのが「半導体製造装置」です。

半導体製造装置は前工程と後工程に分かれ、日米欧の有力企業が強力なエコシステムを形成しています。前工程の代表が、米アプライドマテリアルズと日本の東京エレクトロン(TEL)です。東京エレクトロンは国内トップの半導体製造装置メーカーで、世界でもトップクラスのシェアを誇る企業です。類似の性能を持つ競合機種が少ないために価格交渉力は強く、その裏返しとして、コロナ禍にもかかわらず、2022年3月期の売上高は2兆38億円(前期比+43.2%)、営業利益は5,992億円(前期比+86.9%)と、過去最高を記録しています。

後工程は巨大企業がいる前工程とは違って個々の工程ごとに棲み分けが進んでいる。後工程で活躍する日本企業としては、ダイサー・グラインダー(切り・削り・磨き)のディスコや東京精密、テスター(試験)のアドバンテストなどがあげられます。

工作機器メーカー

日本が誇るべきもう一つの装置産業。それが″機械を作る機械”といわれる「工作機械」です。ファナック、安川電機、DMG森精機、ダイフク、キーエンス、ナブテスコなど、工作機械メーカーには世界に君臨する有力企業が多く存在します。

産業用ロボット分野で強みを発揮するのがファナックと安川電機です。ファナックは工作機械の頭脳となるNC(数値制御)装置で世界トップシェアを誇る企業で、最近では人と一緒に働くことができる協働ロボットで注目されています。安川電機は産業用ロボット累計台数で世界トップです。特に産業用ロボットの関節などに使われるACサーボモーターに強みを持つ企業です。

FA(工場の自動化)の追い風を受けているのが、DMG森精機、ダイフク、キーエンスです。NC旋盤や金属加工に使われるマニシングセンター最大手のDMG森精機は、工具を自動で交換できる装置を開発しています。生産拠点や物流拠点内の原材料、仕掛品、完成品の全ての移動にかかわるソリューションをマテハン(マテリアルハンドリング)と呼びますが、マテハンで世界一のシェアを誇るのがダイフクです。キーエンスは検査工程の自動化で急成長を続けています。

こうした装置メーカー以外でも、ハイテク部品で強みを発揮する村田製作所、高機能素材の東レや三菱ケミカルなど、日本の輸出企業(BtoB企業)は世界市場で堂々たる活躍をみせています。

小売店もBtoB企業から学ぶべき

物事には様々な側面があります。「円安でも輸出が増えない」というネガティブに聞こえる現象も、別の角度から眺めてみると「強くなった日本のBtoB企業」というポジティブな現象に変わります。メディアが取り上げる記事は1つの現象を1つの角度で切り取ったものが多いため、常に別の角度から眺めてみることが重要だと改めて感じます。

強くなった日本のBtoB企業の姿をみて私が改めて感じるのは、「高くても、売れる」企業は最強、ということです。日本の輸出企業は世界の舞台で「高くても、売れる」企業として堂々と戦っている。翻って国内のBtoC企業はどうでしょう。小売店の多くは「いいものを、安く」を掲げて価格競争を行っています。最近でこそ原材料高騰を受けて値上げをしていますが、「良い商品ができたので値上げします」ではないのです。

  • 小売店はメーカーのように製品力・技術力で差別化できない
  • 日本では値上げをすると買い控えが起こる

このような意見もありますが、本当にそうでしょうか。確かに値上げで買い控えが起こるのは事実です。しかしそれは「いいものを、安く」を長年継続してきた結果とはいえないでしょうか。

最近はBtoCの分野でも「高くても、売れる」を目指すお店が増え始めています。庶民の食べ物というイメージが定着していたラーメンも、最近では一杯1000円以上のラーメン店が次々オープンしています。

コーヒーもしかり。コンビニの100円コーヒーを手にするときもあれば、コーヒーのストーリーを堪能しに一杯1000円のコーヒーを出す高級喫茶店やサードウェーブ・フォースウェーブ系カフェに足を運ぶときもあります。

他ではマネできない商品・サービスを提供する

BtoBもBtoCも商売として拠って立つ原理は同じなのだと思います。小売店はもっとBtoB企業から多くを学ぶべきだと感じます。

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