「終わらないコンテンツ」が熱い(書籍編) -書籍のロングセラー化が進行中

「終わったコンテンツ」のことを一般にオワコンと言いますが、今後は「終わらないコンテンツ」という意味のオワコンが重要キーワードになりそうです。
今回は「書籍」が終わらないコンテンツとして見直されつつあるという話をしたいと思います。

新刊依存はもはや過去の話

「出版不況」「本離れ」と言われて久しい書籍。苦肉の策として出版業界が取ってきたのが新刊依存です。しかし追い詰められた状況で発行される新刊は内容が薄くなりがち。雑誌とさして内容が変わらないものも多く出ていました。結果として売上は伸びず、次の年もまた新刊に依存せざるを得ない。出版業界は新刊依存の悪循環に陥っていました。

しかしここにきて新刊依存に変化の兆しが出てきました。「書籍のロングセラー化」です。新刊より初版から数か月・数年経過している既刊が売れ続けているのです。

書籍のロングセラー化は2020年の年間ベストセラー(ビジネス書)の顔ぶれをみると一目瞭然です。上位10冊のうち8冊は初版が発行されてから1年以上経過した本です。1位の「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」は2年前の2018年に発行された本です。4位の「嫌われる勇気」はベストセラーの長老的存在で初版発行は7年前の2013年です。

2020年の「ベストセラー(ビジネス書)」

書籍のロングセラー化がどれだけ進行しているのか時系列でみてみましょう。下のグラフは年間ベストセラー本の発売してからの経過年数を時系列でみたものです。2018年頃から顕著に上昇しており、書籍のロングセラー化がここ数年で急速に進行していることがわかります。

ベストセラー本の発売経過年数(1-10位の平均)の推移

書籍の売上は20年にようやく前年比でプラスに転じました。これが書籍のロングセラー化と関係しているのであれば、既刊が売れることは出版業界にとってこれ以上ない朗報だと言えます。新刊依存で質が低下する悪循環から抜け出すチャンスかもしれないのです。

書籍のロングセラー化はなぜ起きているのか

本来書籍とは長く読み継がれる「終わらないコンテンツ」です。それがテレビなど新たなメディアによって活字離れが進み、新刊依存が進む中で本は雑誌のような終わりのあるコンテンツになっていきました。

しかし現在、コロナ禍で書籍販売が戻る中で既刊本がベストセラーに顔を並べるようになり、終わらないコンテンツとしての本が復活しつつあるようにみえます。

ではなぜここにきて書籍のロングセラー化が起きるようになっているのでしょう。

【理由1】ネット情報にはない信頼性を求める

一つ目の理由は「情報の信頼性」を求める傾向が強まったことです。

今は知りたい事柄があればだいたいのことはネットで調べられる時代です。しかしネット情報の多くは「事実にみせかけた解釈のかたまり」です。特にSNSはありとあらゆる人の解釈が飛び交う魑魅魍魎とした世界でもあります。

「正しい情報はどこにあるのか」
「誰を信用したらいいのか」

ネット情報に対するある種のもやもや感は現代人が抱える悩みの一つになっています。

そうした中、情報の信頼性を求める人々に手を差し伸べるモノとして再評価されているのが「本」であり、長く読み続けられている既刊のベストセラー本なのです。怪しげなネット情報に日々囲まれながら生活する現代人にとって、本は信頼できる情報ソースとして存在感を増しています。

2020年のビジネス書1位に輝いた「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」は、いかに現代人が情報の信頼性を求めているかを物語っています。 同書のテーマは「事実に基づく世界の見方」を伝えることです。ネットやメディアで話題にされるニュースに対し、統計データを駆使しながら坦々と思考を進めます。

この本で紹介する「ファクトフルネス」という習慣を毎日の生活に取り入れてほしい。訓練を積めば、ドラマチックすぎる世界の見方をしなくなり、事実に基づく世界の見方ができるようになるはずだ。

「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」ハンス・ロスリング著より抜粋

新型コロナウイルスに対する真偽があやふやな情報がネットを飛び交う中で「情報をどのように入手し、どのように扱うか」を学びたい人が同書を手にしたのだと思います。

【理由2】本が「つながり」を生む装置に

2つ目の理由は本が人とのつながりを生む装置になっていることです。

良い本というのは読み終わった後に何とも言えない「余韻」が残るものです。やる気が出たり、心が温まったり、本の内容によって余韻の出方は様々ですが、その余韻はやがて

「自分だけで楽しむのはもったいない」
「誰かと共有したい」

という気持ちへと変化していきます。読書会という場があるのをご存知でしょうか。 本を起点に読者同士が交わる場で、 最近はオンライン読書会が盛んに行われているようです。「本の感想を共有したい」「読書好きの知り合いが欲しい」「読書を通じて様々なことを学びたい」など参加者の動機は様々です。

本を起点としたつながりでロングセラーを続けているのが前田裕二さんの著書「メモの魔力」 です。同書は2020年のビジネス書ランキングで6位になっており、発売から2年経過してもなお売れ続けています。

メモの魔力をロングセラーにしている原動力の一つがメモ魔会です。メモ魔会とは同書にある「自己分析1,000問」を読者同士でメモして共有する会のことです。メモ魔会が続く限りメモの魔力という本は終わらないコンテンツとして売れ続けるわけです。

これは宝塚ファンが宝塚劇団を「終わらないコンテンツ」にしているのと同じ理屈です。

【理由3】一度読んだ本は「心を落ち着かせる」

3つ目の理由は1つ目とニュアンスが近いのですが、コロナ禍でざわついた心を落ち着かせるためです。

ざわついた心を落ち着かせるために新刊より既刊が選択される。どういうことでしょう。

コロナ禍では以前読んだことのある本を再購入する人が増えたと聞きます。そこには心を落ち着かせるためにリスクは取りたくないという読者心理が透けて見えます。コロナ禍のような危機時で人はリスク回避的になります。新鮮で驚くような情報や知識を得たいという気持ちより「この本なら間違いないはず」という気持ちが上回るのです。

最近私も引っ越しのときに捨ててしまった本を改めて購入しました。一度読んだことのある本をもう一度読みたくなる。内容がわかっているからこそ心が落ち着く。昔見た映画をもう一度見たい気持ちになるのと似たような感覚でしょうか。

心がざわつくネット空間から一歩離れ、心の居場所を探すために本を手にする人が書籍のロングセラー化をもたらしています。

本は「終わらないコンテンツ」として読み継がれる

こうしてみると最近の書籍のロングセラー化は、本に対する人々のニーズを的確に反映したもので決して一過性の現象ではないと言えそうです。

人々の解釈や偏見が折り重なったネット情報にはない事実に基づく思考の変遷にこそ本の価値がある。それは本が「終わらないコンテンツ」として読み継がれる存在になることを意味しています。

宝塚歌劇団やアナログレコードのように本が終わらないコンテンツとして定着化すれば本の持つ価値は確実に高まり、結果として「出版不況」や「本離れ」という現象はもはや過去のものとなるはずです。

折しも今はコロナ禍で本の持つ情報の信頼性や心の居場所としての期待度が高まっているときです。本が終わらないコンテンツとして復活する日は意外と近いのではないでしょうか。

【補記】終わらないコンテンツを地で行く本「続・ゆっくり、いそげ」

終わらないコンテンツを地で行く本があります。クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店の店主である影山知明さんの著書「続・ゆっくり、いそげ ~植物が育つように、いのちの形をした経済・社会をつくる」です。

前著「ゆっくり、いそげ」の続編ですが、「続編だから終わらないコンテンツなのだ」というベタな話ではありません。最初からまだ続きがあることを前提に作られた本なのです。

同書は著書が思い描いていた7章構成のうち1~5章を収録した「査読版」という形になっています。まえがきにはこんなことが書かれてあります。

音楽でいくとことろのデモテープのようなものをつくれないかと思いました。
完成されたものではなく、その原型にあたるようなもの。それを世にさらすことで、その先を読み手と一緒になってつくるような本づくり。

「続・ゆっくり、いそげ」まえがきより抜粋

「この本は終わらないコンテンツです」と宣言しているわけです。読み手と一緒になって続きをつくる。宝塚歌劇団やメモ魔会のように、送り手と受け手のつながり・関係性が終わらないコンテンツに必要なエッセンスであることを教えてくれます。

いい本に出会いました。

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