【記事のポイント】
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グローカリゼーション無視の「日本丸出し」がウケる!?
企業が海外進出する際に鉄則とされてきたのが「グローカリゼーション」です。
グローカリゼーションとは、グローバリゼーション(Globalization)とローカリゼーション(Localization)が合わさった造語です。グローバルに通用するサービスや商品を展開しながらも、
進出国の文化やニーズに寄り添った商品・サービスを展開することが大事
という意味が込められています。
このグローカリゼーション。日本企業にとっては非常に大きな意味を持っています。日本がモノづくり大国と言われていた70~80年代。「いいものさえつくれば売れる」とばかりに進出国の文化や消費者をよく調べもせず、自国で売れている商品をそのまま持ち込んだ結果、現地の消費者から相手にされませんでした。グローカリゼーションはこの時の教訓が詰まった言葉なのです。
こうした過去の苦い経験を踏まえ、食品メーカーなどは進出国の食文化や味の好みを入念に調べ上げ、「現地の消費者の舌に合う商品」を開発・提供し成功を収めてきたわけです。
しかし、です。
ここにきてグローカリゼーションが裏目に出るケースが多くなっているのです。自社の商品を現地の生活風土に合わせても現地の消費者は振り向かなくなってきている。むしろ最近は、
日本で提供している商品・サービスをそのまま持ち込んだほうがウケがいい
こうした状況になっています。グローカリゼーションどころか「日本を丸出し」にしたほうが現地の消費者に刺さっている。いったい何が起きているのでしょうか。
「日本丸出し戦略」で成功する2つの企業
「ドンキ」の日本丸出し戦略
現地に忖度することなくあえて日本色を丸出しにして海外展開に弾みをつけているのがディスカウント店「ドン・キホーテ」(以下、ドンキ)を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスです。
ドンキの海外事業の業績をみると、2021年6月期第2四半期(2020/7-12月)の売上高は717億円と前年同期比で36%増加しています。
ドンキの海外進出は2006年にダイエーのハワイ法人を買収したのが始まり。海外事業では北米の売上が7割を占めるが、ここにきて順調に売り上げを伸ばしているのがアジアです。下の表にあるように、2020/7-12月の北米の売上高は前年比12%増なのに対し、アジアでは前年比176%増と急増しています。
ドンキ海外店の売上高
ドンキの海外店の売り場は、ここが海外店と言われなければわからないほど日本国内の店舗空間とほぼ同じなのです。
陳列された食料品のほとんどはジャパンブランドで、土産品として人気の日本の菓子や化粧品も売られている。マレーシア店ではハラル認証を取得した「和牛」が堂々と売られています。ドンキの海外店は「あえて日本を丸出し」することで現地の顧客ニーズを掘り起こそうとしているようです。
「蔦屋書店」の日本丸出し戦略
コロナ禍の海外進出で勢いづいているのはドンキだけではありません。中国で次々と店舗開設を進めている本屋さん。それが蔦屋書店(ツタヤ)です。
蔦屋は2020年10月に杭州に1号店、同年12月末に上海に2号店、21年3月には西安に3号店をオープンさせています。
中国では今「書店ブーム」が起きています。ネット通販が主流の中国でリアル書店が注目されているのは、楽しさやワクワク感を求める消費者が増えているからです。ネットでお目当ての本を買うだけでは味気がない。そこで、
「最近はどんな本が発売されているか」
「自分が知らなかった本と出会えるかも」
こうしたワクワク感を求める空間を求めているのです。
その中国のリアル書店ブームを象徴するのが蔦屋書店の躍進です。日本旅行の際に東京・代官山の蔦屋書店に立ち寄り、コーヒーを飲みながら気分の良い買い物体験をした中国人は少なくありません。日本でしか手に入らない本を買い込んだという人も多いと聞きます。
コロナ禍で日本の書店へ行くことができない中、「自国に蔦屋書店がオープンした」となると行かないわけにはいかないわけです。最近は建築家の安藤忠雄氏が設計した書店が次々と中国にオープンして話題になっているようです。
おむすび文化を広める「華御結(はなむすび)」
日本人である西田宗生氏が香港で設立した百農社国際有限公司は、日本産のコメを使ったおむすび・総菜を提供する「華御結(はなむすび)」を香港で100店舗以上展開しています。その同社は22年1月に新たなブランド「OMUSUBI(おむすび)」を立ち上げ、香港をベースに中国本土やアジア諸国に進出するそうです。
ブランド名に堂々と「おむすび」を掲げるところ、日本丸出し戦略そのものです。日本ロスに陥っているアジアの消費者にずばり切り込んでいこうという姿勢が見えます。 西田氏は「おむすびの食文化を世界中に広げたい」と語っており、海外で「おむすび」が「すし」に次ぐ認知度になるのはそう遠くない気がします。
海外の消費者は「日本ロス」に陥っている
ドンキ、蔦屋書店、華御結の3社がこれ見よがしに現地で日本を丸出しにするのには明確な理由があります。それは海外の多くの消費者がコロナ禍によって深刻な「日本ロス」に陥っているからです。
新型コロナウイルスの影響で日本のインバウンド客はストップしたままです。2019年に3,188万人だったインバウンド客数は2020年に411万人に急減。インバウンド客の9割近くが消滅したのです。
順調に伸びてきた日本のインバウンド市場が蒸発したことで起きているのが「日本ロス」という現象です。特に爆買いブームなどでインバウンド需要を支えてきたアジアの人々は日本に行けなくなったことで禁断症状に陥っています。
コロナ禍以降、SNSで日本の観光地の様子などを投稿するといち早く反応するのは日本人より中国人です。「そこに行ったことがある!」「もう一度あそこで写真を撮りたい!」といった反応が返ってきます。
日本丸出し戦略は「コロナ禍限定」なのか
日本丸出し戦略が奏功しているのは日本ロスが原因。となるとここで一つ疑問が生じます。
日本丸出し戦略は「コロナ禍限定」なのか?
今は日本ロスで日本を味わえる店舗に魅力を感じている海外の消費者も、コロナが終息して再び日本に自由に行けるようになれば、ドンキや蔦屋の現地店に足を運ばないようになるのでしょうか。
- 日本丸出し戦略はコロナ収束後も現地の消費者を惹きつける。
- 現地の消費文化に合わせたかつてのグローカリゼーションは海外戦略としてオワコン化する可能性が高い。
私はこのように考えています。なぜ日本丸出し戦略が有効であり続けるのか。それは、
海外の消費者は日本企業に「非日常的な商品・サービス」を求めるようになっているからです。
現地の消費者が日本の商品・サービスに日常的な商品・サービスを求めるのであれば、現地の消費文化に合うかどうかが重要になります。食品の場合は普段から食べ慣れた味の食品を購入するでしょう。日本の食品メーカーが提供する商品にも「自国の味に日本のテイストを加える」グローカリゼーションを求めるはずです。
しかし「日本的なテイスト」なら現地の食品メーカーでも十分美味しい日本テイストの商品を作ることが可能です。つまり現地では、日常的な商品・サービスの需要はすでに満たされているということなのです。
となると日本企業が現地で提供する商品は、
日本企業でなければ提供できないもの
でなければいけません。その答えが非日常的な商品を求める現地消費者に対する「日本丸出し戦略」です。ドンキや蔦屋書店の現地店のように日本を丸出しにした非日常的な商品・サービスが強力な差別化要因になります。
ドンキはもともとワクワク感・ドキドキ感というカオスな非日常空間を得意とする店舗です。空気を読まない丸ごと日本の店舗空間と日本ロスに陥った現地の消費者がうまく掛け合わさったことでドンキの海外事業は大きな盛り上がりを見せているのです。
コロナが終息して日本ロスが解消されても消費生活に非日常性を求める消費者は必ずいます。その消費者にターゲットを絞って日本丸出しで非日常性を届ける。ドンキや蔦屋書店の現地店はコロナ終息後も売上を伸ばし続けるでしょう。
海外市場も「経験価値」で勝負する時代に
このように今は現地の食習慣や空気を読んでグローカライズするだけで勝負できる時代ではなくなっている。ここに日本を丸ごと味わってもらう「日本丸出し戦略」の意味があります。
これは日本産という品質や価格による価値だけでなく、日本産の背景にある日本の風景やストーリーという「経験価値」が重要になっているということです。
日本ロスの原因が単に「日本の商品」にあるなら、日本ブランドの商品をネットで購入すれば済む話です。
しかし今起きている日本ロスは、日本旅行で経験した日本そのものに対する思いが根底にあります。だからこそ、日本に行った時のワクワク感が味わえるドンキや、オシャレな空間とセンスの良い日本の写真集や美術書が置いてある蔦屋の店舗空間が刺さるのです。
利便性や機能性での差別化が難しい時代に求められるのは、すでに出来上がった商品をいかに売るかではなく、顧客と過ごした時間を経験価値に変えられるかどうかです。日本丸出し戦略は「経験価値」で勝負する時代に来ていることを象徴しています。
日本丸出し戦略はグローカリゼーションに変わる日本企業の新たな海外戦略セオリーになる予感がしています。