外出自粛で活動時間の5~7割が影響
生物学で用いられる「環世界」という言葉をご存じでしょうか。環世界とはそれぞれの生物が認識する固有の空間のことを指します。ミツバチはミツバチの、イヌにはイヌの環世界があるのと同様、人間も各人それぞれ固有の環世界を持って生きています。
コロナ禍で強いられた不要不急の外出制限は人々の環世界を大きく変化させました。テレワークによってオフィスへの通勤がなくなり、子供はオンラインで学校から送られてくる宿題をこなす。外出といえば自宅から1km以内にあるスーパーやコンビニに食品や日用品を買いに行くくらいで、その他の活動はほぼ自宅で済ませる生活スタイルとなりました。
ではこの自粛生活によって私たちの活動はどれだけ影響を受けたのでしょうか。「社会活動基本調査」(総務省)を用いて推測してみましょう。
下の表はコロナ禍以前(平成28年)の平日と休日の活動時間の内訳を示したものです。有業者の場合、平日は朝起きて就寝するまでの活動時間は16.7時間です。そのうち外出を伴う時間は11.3時間で全体の約7割(67.8%)を占めます。有業者の平日の活動時間のほとんどは仕事関係で占められますが、日曜でも約5割(48.1%)は外出を伴う活動時間に充てられています。
つまり今回のコロナ禍では、普段の生活時間の5~7割が不要不急の外出を控えるよう制限を受けたことになります。驚くべき数字ではないでしょうか。
平日と日曜の生活時間の比較
強まる2つの消費者意識
ではコロナ禍で消費者意識はどう変化したのでしょうか。
① 家族との「つながり意識」が強まった
我々の環世界が大きく変化すると消費の意識も変わります。「つながり意識」はリーマンショック以降に顕在化した消費者意識の一つで、特にミレニアル世代・Z世代と言われる若者層に特徴的な意識として知られています。日本では特に東日本大震災(3.11)以降に強まりました。「がんばろう 東北!」をスローガンに、被災地への応援消費が広がったのは記憶に新しいと思います。
今回のコロナ禍は国民すべてが被災者状態となった点で3.11と状況はやや異なりますが、外出制限で家族や友人など身近な人とのつながり意識は強まったのではないでしょうか。
緊急事態宣言後に行った消費者調査(全国スーパーマーケット協会)によると、自宅での調理の変化として「家族みんなで料理をする機会が増えた」と回答する人が多く、これまで以上に家族とのつながり意識が強まっていることが示されています。
コロナ禍で生じた調理意識の変化
② 「デジタル空間」への親近感
もう一つの意識変化は「デジタル空間に対する親近感」です。スマホの普及にでデジタル空間はより身近なものになりましたが、活動時間の7割がステイホームになった影響はかなり大きいと言えます。
コロナ禍の生活時間について質問した調査によると、もっとも増加したのはインターネット視聴時間で、テレビ視聴時間を上回っています。
コロナ禍で増加した生活時間
ウィズ・アフターコロナの飲食小売はどうあるべき?
身近な家族とのつながり意識の高まり、デジタル空間がより身近なものになる。コロナ禍の消費者意識の変化に対し、飲食・小売は今後どう向き合うべきでしょうか。
デジタルとリアルの役割が逆転する
これまでの一般的な小売業の設計思想は、店舗というリアル空間をベースにしています。ネット販売を行うにしても、あくまでメインはリアルの実店舗であり、ネットはそれを補完する役割として位置づけられてきました。
今回のコロナ禍では多くの小売店のリアル空間はほぼ閉ざされ、消費者は宅配サービスなどデジタル空間の取引を増やしました。この変化を消費者が不便と感じれば、いずれは元のリアル空間の買い物スタイルに戻るはずです。
しかし先のように、消費者の多くは今回の自粛生活でデジタル空間をより身近に感じ、「デジタル空間でできるなら今後もデジタル空間で」という意識が醸成されつつあります。
リアル空間とデジタル空間の役割が逆転する。ウィズコロナ時代では「デジタル空間が日常でリアル空間が非日常」となる可能性も十分あり、そうなるとリアル空間をメインに設計されてきた飲食小売業は今までと同じやり方で通用する保証はありません。
応援貯金の差が明暗を分ける
飲食小売業は今後デジタル空間とリアル空間の両方でしっかり価値を提供できるようにしていかなくていけません。
ある飲食店の例を紹介しましょう。A店はUber Eatsなどネット宅配サービスに登録することで売り上げの減少をカバーしようとしました。それに対しB店は、SNSでUber Eatsでの提供を発表すると同時に、コロナ禍に対する店の対応方針や考え方について毎日のようにメッセージを送り続けました。
A店とB店の差はどこにあるのでしょう。A店はリアル店舗で提供してきた商品をネットに切り替えただけですが、B店はそこに店の考え方という「意味」を加えたことになります。
A店を利用した消費者の購買動機はネットのほうが便利だからというものでしょう。一方、B店を利用した消費者はメッセージの内容に共感し、「このお店を応援しよう」という応援貯金が購入動機になったはずです。
A店とB店の対応の差はアフターコロナの時代により顕在化するでしょう。リアル店舗の営業を再開したA店に対し、顧客は「ネットのほうが便利」という理由で引き続きUber Eatsで注文します。
一方のB店には「ずっと応援してました」「やっと会えてうれしい」というファンが次々店舗に押し寄せます。A店はリアルの市場を失ったのに対し、B店はデジタルとリアルの両方の市場を獲得したことになります。
ウィズコロナの対応の差がアフターコロナに出る
都市より「地方の田舎」
こうしてデジタルとリアルの両方で価値が高まるようになると、小売業の経営戦略上最も重要な要素の一つである「立地」の意味はどう変わるのでしょうか。
産業革命以降、経済社会は規模と効率性を最大化するため、都市化によって経営資源を同じ物理空間に集中させてきました。しかし3.11や今回のコロナ禍を経て、都市空間というものが意外に脆く必ずしも居心地の良い空間ではないことがわかってきたのではないでしょうか。
往復1~2時間かけて通勤するより、テレワークで早朝から作業したほうが生産性は格段に上がりますし、家族との会話や趣味への時間も生まれる。これは「デジタル空間が日常に、リアル空間が希少な空間」に変化することを意味します。
今後テクノロジーの進化とともにデジタル空間で日常のほとんどが送れるようになると、あえて「3密」空間の多い都市に住む理由はなくなり、反対に地方の田舎の価値が相対的に増してくると思います。
効率性・利便性の低さというかつての田舎のデメリットがデジタル空間の活用で克服され、開放的で快適な空間という田舎のメリットが浮かび上がります。都市から地方の田舎へ人口移動が起これば一定の市場となり、そこから新たなビジネスが生まれる余地も出てくるでしょう。
もちろんこうしたシナリオは一足飛びで行く話ではありません。しかしウィズ-アフターコロナの時代では、地方の田舎の価値が確実に上がるということは今から認識しておく必要があるのではないでしょうか。
都市より地方の価値が上がる
【追記】都心の有名洋食店が残念だった件
先日、新宿のある有名洋食店にランチに行ってきました。新宿の街はそれなりに人通りが戻ってきてましたので、並ばなくてはいけないだろうと思っていました。
ところがお店に到着すると、並ぶ必要がないどころか席は2割程度しか埋まっていません。何が起こったのか。味やサービスの質が低下したのかなど色々考えているうちに料理が到着。
うまい!サービスも最高
料理もサービスも以前と変わらず洗練されたものでした。味もサービスも満足のいくレベルなのに顧客が来ないのはなぜか。
今はコロナ禍です。味やサービスが最高レベルでも以前と同じだけでは顧客は来てくれないということでしょう。その店のFacebookをみても、行ってみたい、応援したいと思わせる「何か」を感じることができませんでした。
これは非常に残念なケースです。せっかく味もサービスも最高なのですから、裏側にあるストーリーも素晴らしいはずです。
日本のフレンチ界の重鎮、三國清三シェフはYouTubeチャンネルを立ち上げて毎日動画をアップしています。料理の腕はもちろんですが、なんといっても駄洒落連発のシェフのキャラクターが炸裂しているところがいい。デジタル空間でシェフの料理に対する想いや人柄を伝えることでお店の価値がさらにアップしています。
「オテル・ドゥ・ミクニ」のYouTubeチャンネル
有名店には忙しいリアル空間の場では伝えきれないストーリーがあります。それを少しでもデジタル空間で伝えることができれば、と残念に感じたランチでした。