アパレル業界の「オワコン化」を回避する -意味的価値でワークマンとの共存共栄を目指す

【記事のポイント】

  • コロナ禍で洋服需要は7割の急減
  • 洋服需要の減少はコロナ前からある構造問題
  • ワークマンだけでは洋服市場はもとに戻らない。
    意味やストーリー性を提供する店が足りない
  • コロナ禍では人と会わなくなった分、会うときに身に付ける洋服に特別な意味が生まれる。

  • 意味を伝える力を強化すれば洋服市場の生態系はより豊かなものになる。

コロナ禍で洋服需要は急減

戻らない洋服支出

新型コロナウイルスの感染拡大で家計の支出が急減した品目として取り上げられるのが飲食と観光・宿泊。そしてもう一つ忘れてはいけないのが「洋服」への支出です。

家計調査でみると、「被服・履物」に対する支出は2020年に急減した後もコロナ禍前(2019年)の水準に戻ることなく停滞したままです。

被服・履物支出の推移

(出所)総務省「家計調査」

自粛で外に買い物に行けないわけですので当然の結果というばそうかもしれません。しかしネットや通販による購入も思ったほど伸びていないのです。老舗レナウンが2020年5月に経営破綻に追い込まれたように、アパレル企業の多くは苦境に立たされています。

私は洋服・ファッションに無頓着な人間です。そんな私でさえ、コロナ禍による外出自粛でますます洋服を買おうという気が起こらなくなりました。「外に出ない」「人と会わない」ことがこれだけ洋服の購買意欲を低下させるものかと驚きを覚えます。

洋服は「外に出る」「人と会う」から買う

「外に出ない」「人と会わない」ことがどれだけ洋服支出に影響するものなのでしょうか。

下のグラフは外消費の代表格「宿泊費(パック旅行費)」と「被服・履物支出」の相関性を示したものです。これをみると両方の支出ははっきり正の相関関係にあることが確認できます。

この結果はあくまで相関関係で因果関係まで示すものではありませんが、直感的に言っても、「外に出る」「人と会う」というシチュエーションが洋服を購入する気にさせるのは確かなように思えます。

「今度〇〇へ旅行に行くから、それに合わせて洋服を買わなくちゃ」

ということです。物議を醸した「Go Toトラベル」ですが、観光産業のみならず洋服産業にまで広く影響を及ぼす政策だったわけです。

被服・履物支出とパック旅行費の相関性

(出所)総務省「家計調査」

コロナ禍が収束しても洋服需要は戻らない?

洋服需要の減少はコロナ前から

外に出ないから洋服需要が低迷している。であれば、コロナの感染拡大が収まって以前のように人々が外出するようになれば洋服需要は戻ってくる、という意見もあるでしょう。先の旅行と洋服の相関性の高さから考えても妥当な見方のように思えます。

しかし残念ながら、ことはそう単純にはいきません。たしかに旅行需要が回復すれば一定の洋服需要は生まれるでしょうが、その効果は限定的である可能性が高いのです。なぜか。洋服需要の低迷はコロナ禍以前から起きている構造現象だからです。下のグラフにあるように、家計の「被服及び履物」に対する支出額は、2020年のコロナ禍で急減していますが、コロナ禍以前からすでに減少トレンドにあるのが確認できます。

百貨店やスーパーの売上高でも「衣料品」は減少傾向にあります。よく知られるように百貨店で伸びているのは惣菜やスイーツ売り場の「デパ地下」だけです。緊急事態宣言解除後も、百貨店の衣服売場は客足が戻ってこないと聞きます。

  • 洋服需要の低迷は構造的な現象

構造的な現象である限り、コロナ禍が収束して旅行需要がリベンジ回復しても洋服支出が一気に上向くようなことにはならないのです。

家計の品目別支出額の推移(2007年=100)

(出所)総務省「家計調査」

なぜ洋服需要は戻らないのか

「買わされていた」ことに気付いた消費者

コロナ前から洋服需要が低下していた背景には消費者の意識変化があります。「断捨離」という言葉が流行したように、今の消費者は「本当に必要かどうか」を自問自答してから購入する傾向が強まっています。

特に「箪笥の肥やし」とも言われる洋服は、いかに必要かどうかを検討せずに買っていたことを示しています。洋服無関心層の私でさえ、絶対着ることのない洋服が段ボール2箱分になりました。

断捨離をする中で多くの消費者は、「洋服は毎シーズン買わなくても事足りる」と気付いたのでしょう。その気付きはやがて「自分たちがいかに大量の洋服を買わされていたのか」との思いに至り、ファストファッション業界への批判につながっていきます。

ファストファッションは短いサイクルで大量生産するため、有名人が身に着けているような商品が数日後には低価格な商品となって雑誌や店頭に並びます。一夜にして大ヒット商品を生み出す一方、わずか数週間で時代遅れになると言われています。時代遅れになった洋服が「箪笥の肥やし」となっていることに気付いた消費者が洋服需要を低下させています。

「ワークマン」躍進が意味するもの

ファストファッション業界に踊らされるように大量の洋服を「買わされてきた」ことに気付いた消費者は、洋服の購買先を変化させています。

ここ数年、衣服業界で異例の好業績を叩き出しているのが作業服チェーン最大手の「ワークマン」です。ワークマンが躍進を続ける理由の一つが「実用性」です。ファストファッションと異なり、作業服にはほとんど流行がありません。新製品を作ると10年は同じモデルを作り続けるため、売れ残りや廃棄も少ないようです。

無駄なものを作らず「身を守る」という衣服の実用性に特化したのがワークマンのスタイルです。これに共感した多くの若者はファストファッションからワークマンに購入先を変えているようです。

ワークマンの出現で洋服市場は「人に見せる」ファッションとしての要素が低下し、「身を守る」機能性・利便性としての要素が強まっているように見えます。

アパレル業界の本当の正念場はこれから

ワークマンだけで洋服市場は発展しない

ワークマンの躍進が象徴する実用性を重視する傾向は今後も強まるような気がします。コロナが収束してもテレワークは浸透するため、以前と比べて人と会う頻度は低下するでしょう。

そうなると「人に見せる」ためのファッション的な洋服需要は減少します。断捨離的な考えからすると、決して悪い方向ではないという意見もあるでしょうが、洋服市場の低迷は続くことになります。

ではファッション性を重視してきたアパレル業界はもはや「オワコン」なのでしょうか。私はそうは思いません。洋服は実用性・利便性だけの商品ではないからです。ワークマンの商品はたしかに実用的で素晴らしい。しかし、かといって世の中の洋服すべてがワークマンのような実用商品になったらどうでしょう。洋服に無頓着な私からみても、

便利で丈夫な洋服だけで市場が成長し続けるとは思えない

そう感じるのです。アパレル業界のポジションを下図のようにプロットしてみると、今のアパレル業界はワークマンを筆頭に利便性・機能性のエリア(図の左側)に偏っており、その中で激しい競争が行われてるのがわかります。一方、洋服の持つ意味やストーリー性で勝負する右側のエリアで存在感を維持しているのは、エルメスなどラグジュアリーブランドだけ。かつてのZOZOは若者ファッションのストーリー性を大事にしてきましたが、今は機能性のエリアにシフトしています。

本来であればセレクトショップなど中価格帯のブランドが意味的価値のエリアで力を発揮すべきところですが、そこが誰もいない不在エリアになっているのです。

アパレル業界のポジション図

生物の世界と同様、経済や社会も多様な主体から構成される「生態系」を形成してはじめて豊かな市場になります。

音楽市場ではYouTubeやストリーミングの登場で利便性が一気に向上しましたが、アナログレコードやライブのような意味的価値を持つ商品・サービスは決して衰退していません。お互い別々の価値を発揮することで音楽市場の魅力が高まる豊かな生態系を形成しています。

アパレル業界のオワコン化を回避するには音楽市場のような「多様で豊かな生態系」を取り戻すことにあります。

アパレル業界に足りないのは「意味を伝える力」

  • 大事なものでなければ躊躇なく手放す
  • 自分にとって大事だと感じたら購入を厭わない

これが今の消費者の行動原理になりつつあります。トレンドや世間の目を気にするのではなく「自分にとって大事かどうかを大事にしたい」という考えです。実用性に特化したワークマンの衣服は今の消費者に大事な何かを感じさせているのでしょう。同様に他のアパレル店も大事な何かを感じさせることができれば消費者は振り向いてくれるはずです。

コロナが収束しても人と会う頻度は減るかもしれませんが、人と全く会わなくなるわけではありません。むしろ会う機会が減る分だけ、

  • 人と会うときの時間がより貴重なものになる
  • そのときに身に付ける洋服は特別な意味を持つ

となるでしょう。日常は便利で丈夫な服を求めるが、特別なときに意味を持った洋服を身に付けたい。前者はワークマンの商品が刺さっているわけですが、後者が不在なのです。顧客が洋服に意味を求めるときに、今のアパレル業界は「意味を伝える力」が弱すぎて刺さっていないことが問題です。

意味を伝える力は今世の中から求められている「サステナブル」にも寄与します。特別な意味を持った洋服は「長く着てもらいたい」という作り手の思いが込められます。その思いが使い手にも伝わることで、結果としてサステナブルな取り組みになるのです。

意味的価値の不在はアパレル業界だけの問題ではありません。例えば大戸屋は素材(食材)の良さや意味を伝える力が弱いため、少しの値上げでも顧客に受け入れてもらえず苦境に陥っています。

意味を伝える力を取り戻せばアパレル業界のオワコン化は回避できます。アパレル各社は自社の意味的価値を問い直すことで見事な復活を遂げてほしいものです。

【追記】ライブコマースに期待

アパレル業界の「意味を伝える力」を増強する手段として期待されるのが「ライブコマース」です。ライブコマースとは、

お店側がライブ動画で商品紹介を行い、視聴者はリアルタイムに質問やコメントをしながら商品を購入できる

という新しいネット販売の仕組みのことです。テレビショッピングのネット版ともいえますが、双方向性はテレビショッピングの上をいってます。

ライブコマースでは商品の機能や質的な面だけでなく、ブランドの世界観や作り手の思いも伝えることができます。ブランドの意味とストーリーを伝える絶好のツールなわけです。ライブコマースで意味的価値を高め、そこで共感した顧客がリアル店舗に誘導する効果も期待できます。

SNSやYouTubeなど今は顧客とお店が双方向でストーリーを共有できるツールが豊富にあります。アパレル業界はこのツールを使わない手はないと思います。

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