老舗企業倒産で進む「地方の無色化」
「長年地域から愛されてきた老舗店がひっそり姿を消し、気付いたら周りはチェーン店ばかり」──このような「地方の無色化」が各地で進行しています。老舗店とチェーン店がほどよく存在することで住民はより多様なサービスを享受できます。両者はどうすれば共存できるのでしょうか。
急増する老舗企業倒産
業歴100年以上の「老舗企業」の倒産は、2024年上半期(1-6月)に74件発生。前年同期で倍増しています。元来から経営が厳しいなか、コロナ禍のゼロゼロ融資返済に物価高や後継者不足が追い打ちをかけ、耐え切れずに市場退出を決断したケースが多かったとみられます。
日本は老舗企業が4万社を超える、世界でも有数な「老舗大国」です。伝統を守り伝承してきた老舗企業は地域の歴史と文化そのもの。地域の「景色」を彩る存在としてなくてはならない存在です。
老舗企業が消えゆくなかで、近年は全国展開の大規模チェーン店が各地で続々オープンしています。結果、地方ではどこへ行っても同じような光景が広がる「無色化」が進行しているわけです。
老舗企業倒産の推移
寂しさ感じる地元民
「保護政策で延命してきたゾンビ企業は退出すべき」「競争市場で負けたのだから仕方がない」──老舗企業の倒産を肯定的に捉える見方があるのも事実です。しかし地域住民にとって、これまで景色の一部だった老舗企業が目の前からなくなることは別の意味を持ちます。
どのようにして老舗企業が消えていくのでしょう。地域に大手チェーン店が入ってくると、消費者は珍しさも手伝って、安くて品揃え豊富なチェーン店に流れていきます。もっとも、「安くて品揃え豊か」なだけで通い続けるほど消費者は単純ではありません。慣れ親しんだ味や店主との会話が恋しくなり、再び老舗店に向かいます。しかしそのとき、すでにその老舗店の姿はない──。
地元にチェーン店が入ってきたときの状況は概ねこのようなものではないでしょうか。メジャーリーグの試合に夢中になった後、久しぶりに野球がしてみたくなって草野球に戻ったらチームはすでになくなっていたということです。地域になくてはならない存在が消えた時の喪失感が各地を覆っています。
老舗店とチェーン店の規範は異なる
チェーン店によって老舗店が追い出される──こうした事態はなぜ起こるのでしょうか。原因は老舗店がチェーン店の土俵で戦わされていることにあります。
冨山氏が指摘するGとLの違い
背の高い生き物も、背の低い生き物も、それぞれの環境に相応しい適応の仕方がある──ダーウィンの自然選択から導かれる結論です。これと同じことを著名コンサルタント兼経営者の冨山氏はこう説明します。
事業や産業には、それぞれが持っている経済特性がある。この経済特性は、自然科学の世界における物理的法則に近い。
冨山和彦「なぜローカル経済から日本は甦るのか-GとLの経済成長戦略」PHP新書
世界で勝負するグローバル企業(G)とローカル企業(L)を同じルールや政策パッケージで回そうとしてもうまくいかない。GとLはそれぞれ持っている特性が異なっているため、両者はそれぞれの特性に応じた世界で実力を発揮すべき──冨山氏はGにはGの、LにはLの規範があり、両者を同じルールや領域で戦わせてはいけないと警告しています。
老舗店とチェーン店の関係もこれと同じ構図です。Gを全国チェーン店、Lを老舗店に置き換えると、「老舗店は老舗店の規範、チェーン店にはチェーン店の規範がある」「両者は同じ土俵で戦わせてはいけない」となります。
チェーン店は「競争」
ではチェーン店と老舗店の規範とは何でしょう。チェーン店の規範はずばり「競争」です。全国・グローバル市場を舞台にイノベーションを起こし、ライバル企業との熾烈な競争に打ち勝つ。野球でいうと大谷選手のようなメジャーリーグでチャンピオンを目指すのがチェーン店です。
老舗店は「共存」
一方、老舗店の規範は「共存」です。地域経済を一つの生態系のように捉え、ときに地元企業と手を取り合いながら地域住民や従業員の生活を支える存在。こうして地域の歴史と文化を紡いできたのがL企業です。野球に例えると老舗店は草野球です。魅力的なスタープレイヤーはいなくとも、選手と観客が一緒になって野球を楽しめるような場をつくってきました。
老舗店とチェーン店は「ほどよい距離」が大事
チェーン店は「競争」、老舗店は「共存」──規範が別々なのに老舗店がチェーン店に追い出される事態が起きるのはなぜか。それは先のように老舗店がチェーン店の土俵で戦わされているからです。草野球の選手がメジャーリーグの試合に入ってボコボコにされているようなものです(下図左)。
勝ち負けにこだわらず皆で野球を楽しむ草野球、最高のプレーでチームの勝利を目指すメジャーリーグ。変わらぬ味で地域住民から愛される老舗店、安くて便利な商品を提供してくれるチェーン店。両者は必要以上に交わらない「ほどよい距離」にいることで共存共栄となり、多様で豊かな地域経済が形成されるはずです(下図右)。
チェーン店と老舗店の距離感
「ほどよい距離」の実現には老舗店も努力が必要
では老舗店とチェーン店の「ほどよい距離」を実現するにはどうすればよいのでしょう。問題の本質はチェーン店の土俵・領域に簡単に飲み込まれてしまう老舗店自身の弱さにあります。公正で自由な競争を制限することはできませんので、老舗店は自力でチェーン店とのほどよい距離を保てる「強さ」を身に付けるしかありません。
魔法の杖はありません。消費者が安易にチェーン店に流れないよう、老舗店の規範に立ち戻って価値をアップデートすることです。
連続性に非連続性を加える──これがキーワードです。老舗店の規範(強み)は地域の歴史と文化を背負った存在、すなわち連続性にあります。しかし連続性だけでは目新しいチェーン店のサービスに飲み込まれてしまう可能性がある。そこで連続性の中に新たな1頁を加える非連続性が必要なのです。
- 地域の伝統や文化を伝える場として商店街をアップデートする
- 古民家をカフェや土産店としてリニューアルする
- 地域の資源を活かしたクラフトウイスキーをつくる
地域の歴史・文化(連続性)を大切にしながら、そこに新たな一頁(非連続性)を加える。こうした取り組みが若い人を中心に各地で広がりつつあります。流れは来ている──私はそう感じています。