観光と地域社会が共存するインバウンド経済とは-地域住民は日本文化の伝道師

コロナ禍で大打撃を受けた観光業界・宿泊業界が息を吹き返しています。一方、急激なインバウンド需要の回復でオーバーツーリズム(観光公害)への懸念も高まっています。観光業界は潤っても地域住民は潤わない。地域住民が置き去りになるインバウンド経済では地方創生は実現できません。観光業界と地域住民が共存しながら地域経済を盛り上げるにはどうすべきか。訪日外国人の消費ニーズにヒントがあります。

インバウンド需要の回復と違和感

訪日外国人数はコロナ前を回復

23年5月の新型コロナの5類移行に伴う行動制限の緩和や全国旅行支援等の観光支援施策もあり、国内旅行・訪日外国人旅行は賑わいを取り戻し始めています。訪日外国人数は24年2月で19年同月比+7.05%と、コロナ前を上回る水準に達しています(下図)。

訪日外国人数の推移

(出所)日本政府観光局「訪日外客統計」

高級ホテルの建設ラッシュ

インバウンド需要の回復に伴って目立つのが海外高級ホテルの進出です。ホテル建設は、22年までは国内ブランドが海外ブランドを上回っていましたが、23年で横並びになり、24〜25年は海外ブランドの方が優勢となっているようです。米ヒルトンは25~26年に最高級ブランド「ウォルドリーフ」を開業予定、仏アコーは日本のホテル数を倍増する予定のようです。

海外ブランドの高級ホテル進出の背景にあるのが、世界中で繰り広げられているインバウンド富裕層の獲得競争です。リゾート開発のホットスポットとして海外ブランドが今注目しているのが日本というわけです。

2025年には大阪万博も控えてますので、海外ブランドのホテル進出はしばらく続きそうです。

宿泊施設数の推移

(注)12カ月移動平均
(出所)国土交通省「建築着工統計調査」

リゾート化で地域住民が置き去りに

海外ブランドの高級ホテル進出。私は手放しで喜べるものではないと感じています。それは日本の観光地がリゾート化することへの懸念です。

海外のリゾート地に行かれた方はイメージしやすいと思いますが、ホテルから一歩外に出ると住民の貧しい暮らしが目に飛び込んでくる。宿泊者と地域住民が触れ合うような雰囲気はありません。

観光地のリゾート化が進むと観光と地域社会のバランスが崩れ、地域住民が置き去りにされる可能性が出てきます。北海道のニセコエリア(ニセコ町・倶知安町)では、スキー場の混雑や交通渋滞が目立ち、オーバーツーリズム寸前の状態です。倶知安町では宿泊定員数が人口を上回るという現象が起きています。

訪日外国人の旅行目的に変化

住民と触れ合わなくても訪日外国人がリゾート気分を満喫してくれればいいではないか──そのような意見もあるでしょう。しかし住民不在のリゾート化には大きな問題があります。肝心の訪日外国人が望んでいないからです。訪日外国人は贅沢なリゾート気分を味わうためにわざわざ日本を訪れているわけではないのです。

モノからコトへ

では訪日外国人のニーズはどこにあるのでしょか。ここ数年、訪日外国人の消費動向には大きな変化がみられます。団体旅行客の爆買いに象徴される「モノ消費」が影をひそめるなか、日本のサービスや文化を体験する「コト消費」へのシフトが鮮明となっているのです。

モノからコトへ──訪日外国人の23年の支出内容をみると、モノ消費(買い物代)は19年と比べ16%減少しているのに対し、飲食や娯楽サービスなどコト消費は24%増加しています。

旅行消費額の費用別内訳

(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」

高まるローカル体験ニーズ

コト消費と一口に言っても、食体験から街歩きやモノづくり体験、サブカル体験まで実に多様です。訪日前に期待していたことを尋ねた調査(23年1-9月平均)では、最も関心が高いのが「食」です。「日本食を食べること」と回答した人は84.7%と断トツで、ショッピング(62.8%)、繁華街の街歩き(53.4%)、自然・景勝地観光(52.2%)が続きます。

コト消費の中でもここにきて関心が高まっているのが、日本の文化や暮らしを体験するローカル体験型のサービスです。「自然・景勝地観光」「温泉入浴」の回答割合は19年比で減少する一方、「日本の日常生活体験」は5%増加しています。お花見体験もレストラン越しに鑑賞するのではなく、公園にある大きな桜の下で行うツアーが人気を集めているようです。

綺麗な桜を鑑賞するのもいいけど、日本人と同じような花見をしたい──ローカル体験ニーズの背景にあるのは日本人(地域住民)に対する関心の高さです。

「訪日前に期待していたこと」(2023年調査:2019年比)

(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」

リピーターが少人数で地方を訪れる

訪日外国人の関心が日本人の暮らしに移っているのはなぜでしょう。最近の訪日外国人旅行の特徴は「リピーターの増加」「少人数化」「地方訪問の増加」です。

訪日回数2回目以上のリピーター数の割合は、19年64.2%から23年68.2%に増加しています。同行者は「家族・親族」「職場の同僚」「友人」が19年比で減少する一方、「ひとり」「夫婦・パートナー」は増加がみられます。

都道府県別に19年比の消費動向をみると、最も伸び率が高かったのが山形県、次いで和歌山県、高知県、群馬県となり、地方がゴールデンルートを上回っています(三井住友カード調べ)。

  1. 訪日回数が多くなるとゴールデンルートでは飽き足らなくなる。
  2. 日本人の暮らしぶりが体感できる地方に関心が向く。
  3. 同行者は同じ価値を共有できる人か、自分ひとりがよい。
  4. ──訪日外国人のローカル体験ニーズにはこのような心理が働いていると考えられます。

訪日旅行同行者の変化

(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」

「地域住民」は日本文化の伝道師

訪日外国人のローカル体験ニーズに欠かせないのが「地域住民」の存在です。訪日外国人は日本人の暮らしぶりを体感したいと思っているわけですから、地域住民は欠かせない観光資源となります。

従って今の高級ホテルラッシュは慎重に捉える必要があります。海外の富裕層が期待しているのは、日本の文化や暮らしを体験することで、贅沢なホテルライフを満喫することではないからです。単純に高級さや贅沢さを求めるのではなく、自分が価値を感じられるモノやコトのためなら惜しまずお金を使う──それが海外の富裕層の姿です。

変化する訪日外国人のニーズに応えるには、これまでの温泉ツアーやスキー体験とは違った日本の日常的な暮らしを体験できる──日本の深部に触れるような観光サービスです。そこに地域住民の存在は欠かせません。地域住民は日本文化の伝道師なのです。

住民を巻き込んだ観光サービス「ベネッセアートサイト直島」

では地域住民を伝道師とした観光サービスとはどのようなものなのでしょう。参考になりそうなのが、ベネッセホールディングスが80年代から始めたアートプロジェクト「ベネッセアートサイト直島」(以下、BASN)です。安藤忠雄を建築家として迎え、瀬戸内海の3つの離島(直島、豊島、犬島)の景色の中に現代アートを展示していくというプロジェクトです。

本プロジェクト、当初は直島の南側で住民と離れた場所で活動していましたが、直島の空き家問題をきっかけに住民を巻き込んだプロジェクトへと変化します。98年にはじまった「家プロジェクト」は、地域の古民家をベネッセが譲り受け、建築家と現代アーティストが古民家をアート空間に改装していく試みです。

住民が制作プロセスを間近に見たり手伝ったりすることで、住民とアーティストとの交流が生まれる(①)。住民が自分たちの地域のポテンシャルに気付くことで誇りを取り戻し、地域に活気が生まれる(②)。 観光客が多く来るようになり、島を美しいといってくれる(③)。そうなると観光客のために住民自身が自然とおもてなしをするようになる(④)──というサイクルで同プロジェクトは魅力的なローカル体験サービスと地域住民の笑顔を引き出しています。お年寄りが観光客を案内して作品の解説をしていることも多いと聞きます。アートはローカル体験サービスのコンテンツとして有効です。

地域の多様なステークホルダーを巻き込む

地域には自分たちでは気づかない魅力的なステークホルダーが多く存在します。地元職人はモノづくりを通して日本の文化や伝統を伝えられます。漁師は現地ガイドとして地元の豊かな自然を伝えられます。

地域の多様なステークホルダーを巻き込むことで、より魅力的なローカル体験サービスが実現可能になります。星野リゾートでは、地域のステークホルダーとコラボしながら地域の魅力を宿泊客に届ける取り組みを強化しています。「星のや沖縄」では、週替わりで地元職人から器選びのポイントを聞きながら買い物が楽しめるなど、沖縄文化を体験できるメニューを用意しています。

旅館やホテルがイベント企画を得意とする旅行業者と組めば、魅力的な古民家ツアーを提供できるでしょう。古民家に地元職人を呼べばモノづくり体験が提供でき、地元の有名シェフを呼べば地元の食材を使った調理体験が提供できます。古民家が地元コンテンツのお披露目の場となるわけです。

まとめ

モノからコトへ移行する訪日外国人のニーズに応えるには、地域住民の存在が欠かせないのは言うまでもありません。観光業者と地域住民が手を組んでインバウンド経済を盛り上げる──地域住民自ら日本文化の伝道師としてローカル体験サービスを提供する──背中を押すのは他でもない訪日外国人であることを忘れてはいけません。

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