コロナ禍の巣ごもり生活は調理疲れをもたらしましたが、ここにきて自宅調理を楽しむ人が目立つようになりました。「疲れ>楽しさ」が「疲れ<楽しさ」に変わってきた理由はなにか。注目したいのが、料理系YouTuberや有名シェフによる調理動画です。調理動画が「疲れ<楽しさ」にどう貢献してきたのか見ていきます。 |
自宅調理を「楽しむ」人が増えてきた
コロナ禍の巣ごもり生活を強いられた2020年は自宅での調理が増えたことで「調理疲れ」する人が増加しました。一方、手作りパンや自宅カフェなど調理を「楽しむ」動きも一部でみられましたが、全体としては、疲れ>楽しさだったのではないでしょうか。
以前の記事では、冷凍食品やレシピ動画など調理疲れを軽減する商品・サービスが増えてくることで調理にバリュエーションが生まれ、結果として調理疲れが軽減されて調理を楽しむ人が増えるかもしれない、と書きました。感染拡大から2年以上経過した現在、調理の疲れと楽しさのバランスはどうなっているのでしょう。
下のグラフは家計の内食比率(内食支出/食費)の推移です。内食とは自宅で食事をするためにかけた食品支出額のことです。内食比率は84%前後で安定的に推移していたのですが、2020年4月の緊急事態宣言を機に90%近くまで一気に跳ね上がりました。
注目すべきは、今も内食比率は元に戻らず高止まり状態にあること。ワクチン接種が進んで自粛措置が解除されるなか、調理疲れをしている人が多いのであれば、外食シフトが一気に進んで内食比率は元の水準まで戻ってもよさそうなものです。しかし現実は、
外出機会が増えても、内食中心の生活が続いている
となっている。内食比率の高止まりは、自宅調理が疲れ<楽しさへと変わってきた証拠と捉えることができるのではないでしょうか。
高止まりする内食比率
若い世代が調理を楽しんでいる
では、どのような人が自宅調理を楽しむようになっているのでしょう。下のグラフはコロナ禍前の2019年を100として世帯年齢別に内食支出額をみたものです。内食支出の伸び率が高いのは、
- 子育て世帯の多い40歳代
- 単身世帯の多い34歳以下
であることがわかります。子育て世代は休校などの影響で内食支出が上昇したのは当然ですが、学校再開に伴って内食比率は徐々に低下しつつあります。驚くべきは、若い世代の内食比率が少しも低下していない点です。調理疲れが起こりやすいのは調理経験の少ない若い世代のはず。自粛措置の解除で真っ先に外食シフトが起こるのが若い世代だと思うのが自然です。コンビニや外食が中心だった若い世代が自宅での調理を楽しむようになったのはなぜなのでしょうか。
世帯年齢別にみた内食支出額の推移(2019年平均=100)
調理動画が自宅調理に楽しさをもたらす
若い人に刺さる料理系YouTuber
なぜここにきて若い人が自宅での調理を楽しむようになったのでしょう。謎を解くカギは若い人にとってこれなしでは生きられないと感じるもの、SNS・動画サイトです。
調理経験の少ない若い人が巣ごもり生活で真っ先に頼ったのが調理動画です。株式会社テスティーが行った「YouTubeに関する調査(2021年版)」によると、20代女性の好きな動画チャンネルの3位に「調理」が入っています。彼女らに人気があるのが料理系YouTuberの動画チャンネルです。
以下は代表的な料理系チャンネルですが、どれも丁寧なレシピ解説と圧倒的なエンタメ性で調理の楽しさがダイレクトに伝わってきます。私も夕飯のメニューに悩んだときなどは料理系YouTuberの動画をよくみます。そのときの旬の食材を使ったレシピが紹介されるので「ちょうどこんなのを作りたいと思ってた」となることが多いのです。
料理研究家リュウジのバズレシピ(登録者数:286万人(22年4月15日)) 言わずと知れた料理研究家リュウジが2018年に開設したチャンネル。登録者数は料理系動画でNo1。忙しくてコンビニやファストフードで済ませてしまう人に対し、短時間で本格的な料理が作れるレシピを紹介。レンジを積極的に活用したり、スナック菓子を取り入れるなど、簡単に済ませる工夫が満載。 |
きまぐれクックKimagure Cook(登録者数:141万人(22年4月15日)) 愛知県知多半島を拠点に活動するかねこが2016年に開設したチャンネル。軽やかな包丁さばきでキングサーモンやマグロといった大型魚を見事に解体していく様子は迫力満点。さばいた魚を使って様々な魚料理を紹介する。釣り好きにはたまらない内容となっている。 |
一人前食堂(登録者数:87万人(22年4月15日) 女性YouTuberのMaiが2019年に開設したチャンネル。「一人前食堂」の名の通り、自分のために作った料理レシピを紹介する。スパイスやハーブ、発酵食品にも詳しく、健康に関心のある若い世代にも人気がある。優しい語り口のナレーションは思わす聞き入ってしまうほど。 |
調理経験の少ない若い人が自宅調理を気楽に楽しめるのはネットのおかげです。書店まで出かけてレシピ本を買って調理法を勉強、なんてことをしていたら調理を楽しむどころではないでしょう。スマホで調理動画をポチっとするだけで、
- 自分でも作れそうなレシピが紹介されている
- 実際に作ってみると想像より美味しい
- 作った料理をSNSで友人やフォロワーと共有する
となります。調理経験がない人でも調理が楽しくなるのにそう時間はかからないのです。
あの有名シェフがYouTuberに
調理の楽しさを教えてくれる料理系YouTuber。最近になって「有名シェフ」が加わることで調理動画に深みと奥行きをもたらしています。有名シェフがYouTuberになって料理を伝授してくれる、なんてことは、コロナ禍のような事態でなければ起きなかったはずです。
飲食業界は生き残りを図るためにテイクアウトや通販などを行ってきましたが、「お店の料理を自宅の食卓でも」というだけでは状況を打開するには至らなかった。そこで有名シェフ自ら顧客のキッチンに疑似的にアクセスしてプロの技とレシピを伝授したらどうか、という動きになったのでしょう。先の料理系YouTuberの動画は若い人に刺さりましたが、有名シェフ動画はもともと調理や料理に関心のあった層に見事に刺さりました。
例えばフレンチ料理界の重鎮、三國清三氏は20年4月からYouTubeチャンネル「オテル・ドゥ・ミクニ」を立ち上げ、毎日動画をアップしています。イタリア料理界巨匠の日高良実氏は20年7月から「日高良実のACQUAPAZZAチャンネル」を開設しています。言わずと知れた和食料理界の鉄人、御年90歳の道場六三郎氏は20年12月から「鉄人の台所」を開設、斬新なのに簡単な家庭料理を披露しています。有名シェフの動画で貫かれているのは徹底したお客さん目線です。「毎日のメニューに悩む」「調理を学びたい」といった声に対し、近所のスーパーでも購入できる食材でレストランに近い味を引き出す技を惜しげもなく伝授してくれます。
プロが動画で「本物」を伝える動きは消費者の意識と行動を変えつつあります。「自宅で本格パン作り」「自宅で本格コーヒー」といった現象に象徴されるように、作り手の顔をした消費者が増えています。料理や食材に関心を持つことで、外食店には「自宅では出せない味」求める傾向が高まっています。
オテル・ドゥ・ミクニ(登録者数:31万人(22年4月25日)) フレンチ界の重鎮、三國清三シェフが2020年に開設したチャンネル。店名がそのままチャンネル名となっている。スーパーで調達できる食材を用い、短時間で一流の味に仕上げるレシピを紹介する。動画は毎日アップされ、底知れぬ努力でフレンチ界のトップに上り詰めきた三國シェフの実力が垣間見れる。 |
日高良実のACQUAPAZZAチャンネル(登録者数:15万人(22年4月25日) 日本のイタリア料理界を牽引する日高良美シェフが2020年に開設したチャンネル。毎週金曜にアップされるイタリア料理の数々はどれもシンプルで家庭でも気軽に作れる内容。解説が丁寧でわかりやすく「動画通りに作ったらいきなりプロの味!」と人気を集める。お店のスタッフも登場し、調理場の雰囲気や日高シェフの人柄が伝わるのも魅力。 |
鉄人の台所(登録者数:13万人(22年4月25日) 日本料理界の最強鉄人と称される道場六三郎が2020年に開設したチャンネル。斬新でありながら簡単に作れる家庭料理の数々を伝授する。おにぎり、肉じゃが、生姜焼きなど、一度は作ったことのある料理が別物になる驚きが経験できる。御年91歳にしてなお衰えない凛とした姿からは料理を超えた生き方を学ぶことができる。 |
まとめ
食生活の内食化が浸透・定着化している背景には、面倒だった自宅調理に「楽しみ」を発見する消費者の姿がありました。調理疲れを楽しみに変えるけん引役となったのが調理動画です。料理系YouTuberの動画をみてその日の食卓メニューを決める消費者、有名シェフ動画をみて料理の奥深さに魅了される消費者など、調理動画を通じて私たちの食生活はより便利で豊かなものになっています。