文房具

ペーパーレスでも筆記具が人気のワケ- 文具市場の主役はオフィスから「個人」へ

筆記具人気は根強い

使用頻度は減っても、売れ続けているモノとは?

こう聞かれて皆さんは何を思い浮かべるでしょう。私が真っ先に思い浮かべるのは「筆記具」です。スマホとPCの普及で今や筆記具を使う機会はめっきり減りましたが、それでも筆記具は今もなお根強い人気を維持しています。なぜでしょうか。

ノートの支出は減っても筆記具の支出は減っていない

下のグラフは家計の筆記具とノートの支出額を示したものです。まず目に飛び込んでくるのがノートに対する支出額が減り続けている点です。スマホとPCの普及によって私たちが「紙にものを書かなくなっている」事実を示しています。しかしその一方、紙にものを書くための道具である「筆記具」の支出は減っていないのです。

ノートの支出は減っても筆記具は減っていない

この事実は筆記具が「使用頻度は減っても、売れ続けているモノ」である何よりの証拠です。

家計の筆記具とノートの支出額

家計の筆記具とノートの支出額
(注)12ヶ月移動平均値を使用
(出所)総務省「家計調査」

高額筆記具が売れる

根強い筆記具人気は筆記具の価格にも表れています。日経新聞(23年10月3日付)はシャープペンシルの価格上昇を報じています。シャープペンペンシルは千円未満が主流ですが、22年以降は5千円を超える高額商品も売れ行きを伸ばしているようです。

シャープペンシル売上1位(23年8月時点)のぺんてる「オレンズネロ」は平均小売価格3300円、2位の三菱鉛筆「クルトガ」は4930円です。クルトガはSNSで話題となり、生産が需要に追いついていないようです。

「手で書く」ことの意味

筆記具は紙がなければ書くことができませんので、ノート支出額の減少は「紙に書く」行為が減っていることを意味します。それもそのはず。今は筆記具で文字を「書く」より、スマホやPCで文字を「打つ」ほうが圧倒的に多いのです。オフィスでも伝票を手書きするような場面はほとんど見かけません。

ではなぜ、書く機会は減っても筆記具は売れ続けているのでしょうか。それは、

「手で書くことの意味」が評価されている

からではないでしょうか。

  • 降ってきたアイデアやイメージを早く残したい
  • 電話中に話の要点をメモしたい
  • 企画の全体像を描きたい
  • 記事の構成を練りたい

こんなシチュエーションで人はペンを握ります。書くことは「覚えること」「考えること」と密接につながっています。オンライン授業で学んだことを画面上で「目で見て覚える」より、紙に「書いて覚える」ほうが記憶として定着しそうな気がします。書くことは同時に思考を巡らすことにつながるため、書きながら新たなアイデアが浮かぶ効果も期待できるはずです。

紙に書く頻度は減っても筆記具が売れ続けているのは「手で書くことの意味」が評価されているからではないでしょうか。

手書きの効果

かく言う私も、最近は自然と筆記具を使用する機会が増えたような気がします。もはや授業を受ける年齢ではありませんが、本を読んだり人から聞いた話で「これは!」と感じたことは必ず紙に書きとめるようにしています。

では「手書きの効果」とは何なのか、整理しながら確認していきましょう。

「思考の地図化」に役立つ

私は仮説を立てたり企画を練ったりするときは必ずペンとノートを用意します。テーマや作業内容が固まっているときはキーボードを叩くほうが効率的ですが、アイデアを吐き出したり、全体を俯瞰して考えるときはどうしても筆記具が必要になります。

このブログも、紙とペンで書きたい内容をざっくり描いてからキーボードを叩くようにしています。そうしないと部分に入り込んだとき、自分が今どこを歩いているのかわからなくなるからです。思考を地図化する上で紙とペンは欠かせないアイテムになっています。

どんなペンで書くかも重要です。私の愛用はLAMYの4色ペンです。頭の中のごちゃごちゃしたものを取り出して整理するには1色や2色では足りません。4色あればだいたい整理が付きますし、書いた後の気付きも生まれやすいのです。

ラミーの4色ペン

ラミーのペン

「学習効果」が期待できる

手書きの効果は実証研究の分野でも裏付けられているようです。

例えばノルウェー科学技術大学(NTNU)の実証研究によると、学習の際に「キーボードでタイピングしているとき」より「手書きをしているとき」のほうが脳活動が活発になったそうです。同論文の責任著者オードリー・バンデルメーア教授は 手書きの効果について以下のように解説しています。

「ペンで紙を押し付けたり、手書きした自分の文字を見たり、手書きしている最中の音を聞いたりすることで、多くの感覚が活性化され、これらの感覚経験が脳の様々な領域との接点を生み出し、学習のために脳を開放する。このような作用によって、よりよく学び、より記憶できるというわけだ」

気持ちが落ち着く

手書きの効果は「心理面」にもありそうです。

コロナ禍の巣ごもり生活では、人に直接会ったり外に出てモノに触れる機会がめっきり減りました。リアルな感覚が失われていったわけです。リアルな感覚への渇望を満たすため、モノを書く場面ではキーボードではなく筆記具で文字を書くようになった人も多かったようです。

筆記具以外にもコロナ禍ではアナログレコード紙の本など、リアルな感覚が呼び戻されるようなモノが売れています。将来不安が高まる中、改めて「アナログ的な温かさ」や「手触り感」というものが見直されている。筆記具も同じ文脈で捉えられます。

主役はオフィスから個人へ

次に、筆記具の再評価という流れが文具市場にどのような変化をもたらしているのか見ていきましょう。

低迷するオフィスの文具需要

コロナ禍で改めて筆記具が見直されていると書きましたが、国内の文具市場はここ数年かなり厳しい状況にあります。下のグラフにあるように、国内の文具・事務用品市場は2017年度から4年連続で減少、2022年度にようやく下げ止まると予測されています。

国内文具・事務用品の市場規模

国内文具・事務用品の市場規模
(出所)矢野経済研究所

市場低迷の主因はオフィス需要の低迷にあります。書類の電子化など、今のオフィスは急速にペーパーレス化が進んでおり、それに伴って筆記用具を使用する場面が少なくなっているからです。

オフィス需要の低迷は「時代の流れ」なので止められません。オフィスで筆記具を必要とする場面は今後どんどん少なくなっていくでしょう。

個人で重視されるのは意味的価値

オフィス需要が低迷する中で文具市場を引っ張っているのが個人の需要です。「文具女子」という言葉が流行ったように、個人が文具市場の主役になりつつあります。

2017年12月にスタートした「文具女子博」は文具の魅力をその場で体験できるイベントで、3回目となる昨年12月は参加企業133社、動員数3万8000人と過去最高の規模となりました。それだけ個人需要への期待が集まっているわけです。

文具需要の主役がオフィスから個人へ移る。このことは何を意味しているのでしょう。

モノには便利かどうかで評価される機能的価値と、意味やストーリーがあるかどうかで評価される意味的価値があります。オフィス向け文具に期待されるのは、仕事や作業がより効率的にこなせるかどうかです。一方、文具女子博で出品されるような個人を対象とした文具は、それを手に取ることで仕事へのモチベーションが上がったり、創造性が引き出されたりします。つまりオフィス向け文具は機能的価値、個人向け文具は意味的価値が求められるわけです。

文房具の中でも特に筆記具は意味的価値を引き出しやすい商品だと思います。文具女子博で出品されるようなワクワク感を引き出すアイテムから、モンブランのようなストーリー性のある高級ブランドまで、筆記具は意味的価値にはまりやすいのです。

このように文具市場の主役がオフィスから個人になるということは、文具市場が機能的価値から意味的価値の市場に移行しつつあることを象徴しています。文具メーカーは180度頭を切り替えなくてはならないということです。

主役は若い世代

では文具市場の主役として期待される個人向け文具は誰が引っ張っているのでしょう。

先ほど「文具女子」という言葉が出たように、個人向け文具市場のけん引役は女性を中心とした比較的若い世代です。

下のグラフは家計の文具支出の割合を年齢別にみたものです。30歳代と40歳代の支出割合が最も高く、しかも年々増加傾向にあるのがわかります。特に最近は30歳代の支出の増加が目立ち、文具女子のような個人の文具需要は同年代がリードしていることがうかがえます。

年齢別にみた文具支出割合の推移

年齢別にみた文具支出割合の推移
(出所)総務省「家計調査」

ぺんてる争奪戦は意味的価値を巡る戦い

筆記具の個人向け需要の拡大は文具業界を揺るがす騒動に発展しています。コクヨとプラスによる「ぺんてる争奪戦」です。

2019年11月に総合文具のコクヨが筆記具4位のぺんてるに買収を仕掛け、ぺんてる側は猛反発します。その後、ホワイトナイトに入った文具2位のプラスがぺんてる株を取得、コクヨによる子会社化はいったん阻まれました。しかし22年9月にコクヨは保有全株をプラスに売却したことで、ぺんてるはプラスの子会社となりました。

これほどの争奪戦を繰り広げてまでコクヨとプラスがぺんてるを欲しかった理由はなんでしょう。キャンパスノートで知られるコクヨ、オフィス向け文具・事務用品に強いプラス、ともにペーパーレス化で厳しい状況にあります。そうした中、成長市場になりうる個人向け筆記具に強いぺんてるは喉から手が出るほど手に入れたかったということでしょう。ぺんてるは海外市場にも強いため、グローバル展開を進める上でも戦力になります。

ぺんてるの商品にはモンブランやパーカーなど高級ブランドが持つ深みはないものの、日常をより豊かに彩るための「楽しさ」に満ちています。ヒット商品となった「水彩スティック」は「22時からはじまる、わたしだけの彩る時間」をキャッチフレーズとし、会社帰りの女子に刺さりそうな商品です。

こうしてみると、コクヨとプラスによるぺんてる争奪戦は、文具市場における「意味的価値」を巡る戦いと言えるのではないでしょうか。

音楽業界ではアナログレコードが復活し、食品業界では生産者の顔が見える食品が売れる。文具業界も「規模の経済」から「意味の経済」へとマインドチェンジする時期に来ているのだと思います。