「消費者の朗報は生産者の悲報」を打破する - 消費者と生産者をハッピーにする「値上げ」とは

【記事のポイント】

  • コロナ禍による需給悪化や天候要因で野菜価格が下落
  • 野菜価格の低下は消費者には朗報だが生産者には悲報
    ⇒ 値下げせずに消費者と生産者をハッピーにすることはできるのか?
  • ヒントは消費者の「顔」にある
    日常の買い物は価格に意識が向く
    ⇒ 値下げを求める
    休日の買い物は楽しさやストーリーを重視する
    ⇒ 値上げを許容できる
  • 企業は「景気悪化時には値下げで対応」という従来の発想から脱却すべき

値下げで消費者は助かるが

野菜価格が急落

野菜の価格が急落しています。今年は暖冬で生育が順調だったことや、コロナ禍で飲食店への業務販売が低迷していることが影響しているようです。私は毎日同じスーパーに買い物に行くのですが、このあいだまで1個198円だったブロッコリーが98円となってて思わず二つ購入してしまいました。

農林水産省の食品価格動向調査で野菜の価格をみてみると、11月4週目でキャベツが前年比59%、はくさいが同58%とほぼ半値です。葉物野菜は長持ちしないため在庫が多いと一気に安売りせざるを得ません。

野菜の価格(前年比)

消費者の朗報は生産者の悲報

消費者にとって値下げは朗報です。特に生活水準を落としてまで支出を削っている家計にとって、日常的に購入する野菜の値下げはありがたい限りでしょう。景気が悪くなると小売店は一斉に値下げ競争に走りますが、それも生活防衛意識が高まった消費者に応えようとしているからです。

一方、値下げで悲鳴をあげているのは生産者です。コロナ禍でただでさえ業務用の出荷が急減する中、今度は市況の低迷が追い打ちをかける。農家の皆さんは非常に苦しい状況にあると思います。

消費者の朗報(悲報)は生産者の悲報(朗報)

経済学では価格が上がれば需要が低下する需要曲線と価格が上がれば供給が増加する供給曲線の交点で価格が決まると教えられます。疑問の余地はないように思えるこの法則ですが、すべての経済・消費活動に適応可能な法則だと言い切れるでしょうか。

価格が上がっても需要は低下しない

教科書とは逆ですが、これが成り立てば生産者の悲鳴はなくなります。

「景気が悪いから値下げしなくては」はよく小売関係者がおっしゃるセリフの一つです。私は半ば条件反射的に出てくるこの考えから一度解放されるべきだと思うのです。ではどうすればいいのか。

  • 需給と価格は一律に決まるものではない
  • 価格に対する反応は消費者の「顔」で変わる

こう考えることで、消費者と生産者の双方がハッピーになれる価格体系が浮かび上がってくるような気がしています。

価格の捉え方は消費者の「顔」で変わる

では消費者と生産者が共にハッピーになれる価格体系とはどのようなプロセスで実現されるのでしょう。

ヒントはその時々で変化する消費者の「顔」にあります。私たち消費者はいつも同じ顔(意識)で買い物をしているわけではありません。

価格に敏感な節約モードになったり
自分へのご褒美とばかり贅沢モードになったり
生産者の姿勢に共感して応援モードになったりするものです。

つまり、価格に意識が向くときとあまり気にしないときがあるのです。

日常の買い物は「価格」に意識が向きやすい

消費者には様々な顔があるとすれば、それぞれの顔に切り替わるスイッチがあるはずです。分かりやすいのが日常非日常で切り替わるスイッチです。

では日常のスイッチとはどのようなものでしょう。日常の買い物の代表はスーパーやコンビニで食品を購入するときです。忙しい日常の合間に行くスーパーの買い物は慌ただしいものです。私は毎日スーパーに行きますが、平日は仕事のことが頭から離れないまま買い物を「こなす」感じになります。「こなす」ということは楽しみではなく「用事としての買い物」です。買わなくてはいけないものを手早くかごに入れる。商品の横にあるPOPなどを読んでる余裕はありません。

平日のスーパーで第一に意識することといえば「価格」でしょう。安いか高いかは短時間で判断できるからです。特に今のように景気の見通しが悪いときは節約モードのスイッチが入り、価格に敏感になります。そうしたときの値下げはたいへんありがたく感じるものです。

非日常の買い物は価格以外に意識が向きやすい

では非日常のスイッチはどのようなものでしょう。非日常のスイッチが入りやすいのは休日の買い物です。休日は家族や友人と買い物に出かける人も多くなります。いつも行くスーパーでも平日とは気分が変わってきます。一緒に食事をする家族や友人の好みを聞きながら買い物をするのは楽しいものです。

平日はスルーしてしまうPOPを読み込む時間もあります読みながらこの生産者を応援しようと商品をかごに入れることもあるかもしれません。

このように休日の買い物は心にゆとりが生まれるので、価格より商品の品質やストーリーに意識が向かうようになります。値段が高くても納得の品質であったり生産者への応援意識が芽生えれば躊躇なく購入するのです。

下のグラフは買い物のシチュエーションによって消費者の価格受容がどう変化するのかを示したものです。丸で囲ってあるのが価格に対する消費者の受容範囲です。

平日など日常モードのときは価格に意識が向きやすくるので値上げに対する抵抗感は強く、値下げはとてもありがたく感じます。一方、休日など日常から離れた場面では価格より商品そのものの良さや作り手のストーリーに意識が向くため、値上げに対してそれほど抵抗感はありません。

シチュエーションで変化する消費者の価格受容範囲

消費者と生産者の両方をハッピーにできる

シチュエーションに合わせて値上げと値下げをする

このように価格が消費者のモードに対応したものであれば、値下げと値上げが両方あっても消費者をハッピーな状態にできる可能性は十分あります。

節約モードの強い日常の買い物場面では値下げで消費者をハッピーにします。一方、忙しい日常から解放され家族や友人と買い物をする休日は商品の良さや生産者のストーリーをアピールしながら買い物の楽しさや生産者への応援マインドを刺激して消費者をハッピーにします。値段に見合った価値のある商品だと認めれば仮に値上げをしても抵抗感は小さいはずです。

生産者側はどうでしょう。値下げが喜ばしくないのは変わりません。しかし商品の良さや作り手の思いを伝えられる場面では「値上げ」が可能です。値下げで厳しい状況でも値上げができる余地が生まれます。

  • 日常の買い物場面では値下げで消費者をハッピーにする
  • 休日など非日常の買い物場面では生産者への応援マインドを刺激して値上げを実現する

値下げと値上げを場面で切り替えることで消費者と生産者をハッピーにできる可能性が拓けます。

値上げと値下げはコロナ禍でも機能する

買い物のシチュエーションに合わせて値下げと値上げを行い、結果として消費者も生産者もハッピーにする。私はコロナ禍の今ほどこのバーベル戦略が求められている状況はないと感じています。

それはなぜか。以前の記事で示したように、コロナ禍ではいびつとも言える格差が広がっています。さらに過去最低の消費性向で消費不況になるリスクも高まってます。格差の拡大を軽減し消費不況を回避する上で価格のバーベル戦略は有効に機能すると考えられます。

まず値下げで格差拡大を軽減します。コロナ禍の影響を強く受ける飲食宿泊サービス関連に従事する家計は非常に厳しい状況にあります。生活水準を落としてまで消費を削らざるを得ない家計にとって値下げは救いの手になるでしょう。

一方、消費不況を回避するには購買力のある高所得・富裕層の力が不可欠です。高所得層はいま、過剰節約で余ったお金を金融市場に回している状況です。生産者への応援マインドを刺激できれば高所得層は値上げを受け入れて消費を増やすはずです。そうすることで消費不況は回避できますし、生産者側は苦しい中で値上げをすることが可能になります。

企業は値上げを正当化する努力を

企業にとって値上げは難しいものです。特に今のように需要が低迷しているときの値上げはかなり抵抗感があります。だから「景気悪化時は値下げで対応」がセオリー化するのです。

しかし「景気悪化時は値下げで対応」はある種の思考停止です。価値に見合った価格を付けるのがビジネスの基本です。値上げであっても価値に見合った価格であれば消費者は受け入れてくれるはず。しかも今はコロナ禍の影響をそれほど受けていない層がいるわけです。余ったお金を金融資産に回すのでなく消費市場に回す余力は十分あります。

消費余力はあっても消費意欲のない層を刺激するには、商品の良さと生産者のストーリーをしっかり伝えることが重要です。生産者への応援マインドを喚起したり、売り場のワクワク感を引き出すような商品・サービスを提供することです。生産者の顔やストーリーを消費者にしっかり届けることができれば多少の値上げは受容されるものです。

値下げで消費者の生活支援をする一方、意味的価値を創造して値上げを正当化し生産者を応援する。値上げと値下げで生産者と消費者の両方をハッピーにすることは決して不可能ではありません

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