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【高齢ドライバー】免許自主返納の前に考えるべきこと -交通難民を避ける

【記事のポイント】

  • 高齢ドライバーはメディアで騒がれているほど危険ではない
  • 問題なのは死亡事故を引き起こしやすい「一部の」高齢ドライバー
  • 地方の高齢ドライバーにとって免許の自主返納は「交通難民」と背中合わせ
  • 交通難民の解決には地域通貨などを使った地域独自の「仕組み」が必要

増える高齢ドライバーの免許自主返納

高齢ドライバーへの批判が後を絶ちません。高速道路を逆走する高齢ドライバー。ブレーキとアクセルを踏み間違えてコンビニに突っ込む高齢ドライバー。2019年3月に東京・東池袋で母子2人が死亡した自動車事故は、当時87歳の高齢男性が運転する車が暴走したことが原因でした。

高齢ドライバーの暴走事故は新聞やメディアでセンセーショナルに取り上げられ、高齢ドライバーは免許を返納せよとの声が年々強まっています。下のグラフにあるように自動車免許の自主返納者数は増加傾向にあります。自主返納者数のうち65歳以上の高齢ドライバーは95%を占めています。特に2019年は先の東池袋の事故の影響もあり、自主返納者数は前年比で43%急増し、57.6万人となりました。2020年以降はやや減少傾向にありますが、新型コロナウイルスの感染拡大で、重症化しやすい高齢者が外出しづらくなった影響が指摘されています。

自動車免許「自主返納者数」の推移

自動車免許「自主返納者数」の推移
(出所)警察庁「運転免許統計」

高齢者にとって車とは

高齢ドライバーの免許返納は新たな社会問題を生みます。交通難民問題です。特に地方では電車やバスなどの公共交通が都市ほど張り巡らされておらず、自動車が唯一のライフラインになっている地域も少なくありません。

私の実家は岩手の山奥にありますが、来年3月から路線バスが廃止になるそうです。近所のスーパーまで徒歩で10分以上はかかりますし、医療機関となると大きな病院は隣町まで行かないとありません。大げさではなく車は生命を維持する上で必要不可欠なものになっています。

さらに高齢ドライバーにとって車は楽しみをもたらしてくれるものでもあります。高齢者の最大の楽しみは旅行です。遠出する場合は新幹線や飛行機を使用するでしょうが近場の旅行は車が圧倒的に便利です。コロナ禍で提唱されているマイクロツーリズムに欠かせないのが車です。高齢者にとって車はライフラインであると同時に生活に彩りを与えてくれるアイテムでもあるのです。

免許の自主返納は高齢ドライバーを取り巻く様々なリスクや生活環境・価値観などを考慮したうえで決めなくてはいけません。それは運転のリスクと免許を返納した場合に失われる生活の質を考慮した上で決断するということです。決して世間の風当りの強さで決められるようなものではありません。

高齢ドライバーは本当に危険か

この問題についてまず第一に抑えておくべきこと。それは「高齢ドライバーは本当に危険なのか」という点です。統計データで確認してみましょう。

事故件数の増加は高齢人口の増加で説明可能

下のグラフは、交通事故件数に占める65歳以上高齢ドライバーの割合と65歳以上高齢者の人口割合の推移を比較したものです。両者はほぼパラレルに動いているのがわかります。つまり、高齢ドライバーの事故件数割合が増加している主因は、

高齢者の人口割合が増加しているから

と捉えられます。

交通事故件数に占める高齢ドライバーの割合と高齢人口比率

交通事故件数に占める高齢ドライバーの割合と高齢人口比率
(出所)警察庁「交通事故発生状況」総務省「人口推計」より作成

交通事故率は若年ドライバーが高い

高齢ドライバーの事故件数の増加は高齢化による人口要因が大きいことがわかりました。次に高齢ドライバーは他の世代と比べて危険なのかどうか、という点についてみてみましょう。高齢ドライバーがより危険な存在なのであれば、高齢ドライバーの事故件数の増加が人口要因であっても無視することはできないからです。

下のグラフは2022年の年齢別にみた免許保有者10万人当たりの交通事故件数です。これをみると最も事故率が高いのは10~20代の若年ドライバーです。高齢ドライバーは75歳以上になると事故率は上昇し始めますが、若年層と比べれば目立って高いとは言えません。

ドライバー年齢別にみた「免許保有者10万人当たり交通事故件数」(2022年)

ドライバー年齢別にみた「免許保有者10万人当たり交通事故件数」(2022年)
(出所)警察庁「交通事故発生状況」

「死亡事故率」は高齢ドライバーが高い

ここまでのところ高齢ドライバーが他世代よりリスクが高いといえるエビデンスはみられません。では「死亡」事故件数でみた場合はどうなるでしょう。

免許保有者10万人当たりの「死亡」事故件数をドライバーの年齢別にみると、若年ドライバーの事故率以上に高齢ドライバーの事故率の高さが目立ちます。高齢ドライバーによる交通事故は「死亡事故」につながるケースが多いのです。特に85歳以上の高齢ドライバーの死亡事故率は際立っています。ブレーキとアクセルの踏み間違え事故に象徴されるように、高齢ドライバーはひとたび事故を起こすと深刻な死亡事故を招く危険性があるということです。

ドライバー年齢別にみた「免許保有者10万人当たり死亡事故率」(2022年)

ドライバー年齢別にみた「免許保有者10万人当たり死亡事故率」(2022年)
(出所)警察庁「交通事故発生状況」

高齢ドライバーのすべてが危険なわけではない

ここで高齢ドライバーの危険性について整理すると、

  • 高齢ドライバーの事故件数は人口要因で説明可能
  • 事故率は若年ドライバーが高い
  • 「死亡事故率」では高齢ドライバーが高い

となります。

つまり高齢ドライバーのリスクは、「死亡事故の多さ」にあるということです。全体でみた事故率は決して高くなくとも、ひとたび事故が起こると死亡事故につながるリスクが大きいのですアクセルとブレーキと踏み間違える、高速道路を逆走するといった危険行為は死亡事故につながる高齢ドライバーに特有のリスクです。

リスクの大きさは「事故率×被害の大きさ」で表します。高齢ドライバーのリスクの高さは事故率ではなく「被害の大きさ」にあります。高い頻度ではないものの、ひとたび起これば甚大な被害をもたらす「テールリスク」です。

ここで重要な点は、テールリスクとはごく一部で起こるリスク事象のことを指すということです。つまり、すべての高齢ドライバーがテールリスクのつながる認知機能の問題を抱えているわけではないのです。多少の認知機能の低下はあるにせよ、大半の高齢ドライバーは注意しながら運転をしています。

今は75歳以上の運転者を対象に臨時高齢者講習及び免許証更新時の高齢者講習が義務付けられています。こうした検査を充実することで高齢ドライバーのテールリスクは制御できるのではないでしょうか。

免許返納で起こる交通難民問題

先のようにデータから見えてきたのは一部の高齢ドライバーによる運転リスクの高さです。これをもって高齢ドライバーは危険で免許返納すべき、というのは現実を捉えていません。メディアが高齢ドライバーによる悲惨な事故映像を流すことで偏った方向に行くのは避けねばなりません。

高齢ドライバーの免許返納による一番の問題が交通難民です。特に公共交通が充分行き渡っていない地方の山間部の場合、高齢者のほとんどは自分の車で移動します。スーパーへの買い物から通院まで生活を維持する上で車はなくてはならないものです。

地方でライフラインである車がなくなると、買い物にも病院にも行けない状況に追い込まれます。都市部では電車やバスが頻繁に動いてますので免許返納でも難民問題には発展しませんが、地方ではそうはいきません

交通難民を回避するための手段

地方に住む高齢ドライバーの免許返納と交通難民は背中合わせの関係にあります。とはいえ、高齢ドライバーがいつまでも運転し続けるのも無理があります。

まずは自身の運転リスクをしっかり見極め、リスクが高いと判断した(判断された)場合は他の代替手段を検討する流れになるでしょう。そのときに代替手段という選択肢がどれだけ存在するかが交通難民問題を回避するためのメルクマールになります。

①安全性を確保して「乗り続ける」

交通難民を回避するための第一の手段は「安全性を確保しながら乗り続ける」です。免許返納や代替手段を検討する前に、まずは自身の運転が安全であるかどうかの見極めが重要です。認知機能検査などで問題がないのであれば安全運転を心がけながら乗り続ければいいでしょう。私の父親は自身の運転能力の衰えを自覚しているようで、速度を落とした安全運転を意識していると言っています。

先のように、逆走運転などの危険なリスクを持っているのは一部の高齢ドライバーに限定されます。高齢ドライバーの運転リスクは認知機能検査などで事前に把握・コントロールできる仕組みになっているのです。

②代替手段を考える

認知機能検査などで記憶力や判断能力に問題が出てしまった場合、当然ながら乗り続けることは不可能になります。平均寿命が年々伸びてる中で運転が不可能になる高齢者は増え続けるでしょう。

そうなると免許を返納した瞬間、交通難民の問題が浮上してきます。特に地方の山間部などでは公共交通などの代替手段が行き届いていないため問題は深刻です。

自動車業界では自動運転車で高齢ドライバーの運転リスクを軽減しようと開発を急いでいます。自動ブレーキなどを掲載した安全運転サポート車(サポカー)もその一つです。サポカーは高額なため政府は2020年3月から補助金制度を導入しましたが、あまり普及はしていないようです。

自動運転車のようなハード・テクノロジーによる問題解決がなかなか難しいのであれば、「仕組みで解決する」方法を検討すべきです。コミュニティバスもその一つですが、もっと地域住民一人一人が貢献できるシステムのほうが持続性が高いはずです。

ウーバータクシーは一般人でも登録すればタクシードライバーとして仕事ができるサービスですが、これを地域の実情に合わせて作り変える「地方版ウーバー」のようなものがあっていいと思います。

例えば支払いは「円」でなくてもよく、地域通貨や町内で利用できるクーポンやポイントのようなものでも可能にする。もっといえば、金銭的取引のない相乗り型のサービスもあってよいと思います。住民のほとんどが顔見知りのような地域であれば安全面も担保されるでしょうから、都市にはない共助型サービスが生まれるかもしれません。

高齢ドライバーと交通難民の問題は、地域コミュニティの中に仕組みを導入することで解決できることは多いと思います。地域独自の取り組みに期待したいところです。