一時のブームで終わらない日本のクラフトウイスキー ー 地域経済をけん引する存在に

ジャパニーズウイスキーブームに伴い、クラフトウイスキー蒸留所が各地で増加しています。「日本のクラフトウイスキーブームは本物か一時的か」「なぜ地ウイスキーではなくクラフトウイスキーなのか」「クラフトウイスキー産業は地域経済のけん引役となりうるのか」──今回は日本のクラフトウイスキーが持つ可能性について考えます。

ブームに沸くジャパニーズウイスキー

蒸留所は10年で10倍に急増

ジャパニーズウイスキーは近年その品質と風味の独自性から国際的に高い評価を受けています。日本を訪れる外国人観光客がお土産としてジャパニーズウイスキーを購入する姿を見る機会も増えました。

10年前はわずか10か所程度だった日本のウイスキー蒸留所は、24年11月時点では計画中を含めて123か所に急増しています。
国内ウイスキー蒸留所数の推移

(注)2024年は開業準備中を含む
(出所)ウイスキー文化研究所

急増する輸出

ジャパニーズウイスキーの盛り上がりは輸出動向をみれば一目瞭然です。2003年の日本産ウイスキーの輸出金額は9.5億円でしたが、2006年に増加に転じて以来増加の一途をたどっています。2023年の輸出金額は50.0億円となり、2003年からの20年間で40倍近くに急増しています。

なかでも注目すべきは「輸出単価」です。2003年の輸出単価は830円/リットルでしたが、2023年では3,936円/リットルと5倍近くに上昇しています。日本のウイスキー輸出の急増は、輸出単価の上昇を伴った「量と質」両面の成長であることを物語っています。

日本産ウイスキーの輸出金額と輸出単価

(出所)財務省「貿易統計」

ジャパニーズウイスキー栄枯盛衰の歴史

空前のブームに沸くジャパニーズウイスキーですが、日本のウイスキーの歴史は栄枯盛衰の歴史でもあります。80年代にサントリーオールドが人気を集める中で「地ウイスキーブーム」が起こったものの、その後の焼酎人気を受けてウイスキー消費は83年をピークに減少に転じます。2000年代初頭まで長いウイスキー低迷時代が続き、蒸留所の閉鎖も相次ぎました。流れを変えたのが海外でのコンペティションの評価です。2001年に余市10年、2004年に響30年が賞を受賞。さらにサントリーが仕掛けたハイボールブーム、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝をモデルとしたNHK連続小説『マッサン』の放映などが追い風となってブームに火がつきました。

一時のブームで終わらない理由

地ウイスキーからクラフトウイスキーへ

ジャパニーズウイスキー人気は一時のブームで終わる──このような声がありますが、その懸念は杞憂に終わりそうです。理由はジャパニーズウイスキーが目指しているのが「クラフトウイスキー」だからです。お土産品として売るために造られた旧来の地ウイスキーとは異なり、クラフトウイスキーは「どのようなウイスキーを造りたいか」という理念が明確にあります。

クラフトウイスキー蒸留所では自前で本格的なウイスキーの製造設備を保有し、それぞれの地域に根付いて独自のウイスキーを原酒から造ります。「少量生産で地域の伝統と文化を伝えるクラフトウイスキー」「大量生産で価格と品質を競う大手メーカーのウイスキー」──両者は「程良い距離」にあり競合することはありません。地域の伝統をつなぐ老舗店と規模の経済で利便性を提供する大手チェーン店の関係性も同じです。別々の価値を持つ両者は地域経済の生態系を豊かにする存在です。

各地で増える「理念を持った蒸留所」

地ウイスキーと異なる強い理念を持ったクラフトウイスキー蒸留所が各地で増えています。これはジャパニーズウイスキーが一時のブームから一国の文化に昇華する可能性を示すものです。

曾祖父の意志を後世に伝える「三郎丸蒸留所」

強い理念を持った蒸留所──その一つが創業170年の歴史と伝統を誇る若鶴酒造(富山県砺波市)のウイスキー蒸留所「三郎丸蒸留所」です。社長兼CEOの稲垣氏は、曾祖父が残した60年モルトの原酒に衝撃を覚え、曾祖父の思いを後世に伝えるべく一度は廃れてしまったウイスキー蒸留所を必死の思いで再興させました。「ウイスキーは時間を飲む飲み物」と言われます。半世紀以上の時を超えて次の世代に受け継がれるような商品はウイスキー以外ありません。

場所が生むストーリーを伝える「長濱蒸留所」

ウイスキーは「どこで熟成させるか」も重要です。熟成環境と地域の歴史と文化がつながることで「場所の物語」が生まれるからです。場所の物語を武器にクラフト感満載のウイスキーをつくっているのが長濱蒸留所(岐阜県長浜市)です。同蒸留所では、使われなくなった旧道のトンネルや、廃校になった小学校の校舎で熟成させています。トンネルはゆっくり熟成が進んでフルーティーに仕上がり、寒暖の差が大きい小学校は熟成のスピードを促進します。町はずれの工場ではなく、あえて地元の真ん中に熟成庫を置くことで、多くのウイスキーファンを魅了する場所の物語が生まれています。

地元の自然を活かす「静岡蒸留所」

地元の農家さんが作った大麦を使用し、富士山麓のミズナラを使った樽で熟成させる静岡蒸留所(静岡県静岡市)は、地元の自然が織りなす物語でウイスキーファンを魅了しています。
国産の大麦を使用したウイスキーは、スコットランド産よりもデリケートで繊細な味わいになると言われています。あたたかくて素直な静岡の県民性を彷彿させると、ブランドイメージに寄与しています。

目指すはスコッチウイスキーの持つ生態系

生産地の歴史と文化を味わうクラフトウイスキーは、地域に根を張った企業でしか扱えない商品です。その一方、日本のクラフトウイスキー業界がさらに発展を遂げるには多くの課題があることも確かです。

クラフトウイスキーの代名詞と言えるのがスコッチウイスキーです。名だたる蒸留所を擁するスコッチウイスキーの強さは蒸留所を取り巻く「多様な生態系」にあります。原料の大麦生産者、製麦・樽製造業者、蒸留所から原酒を買い取るボトラーズに至るまで、スコッチウイスキー産業は強固な生態系を形成しています。

日本ではそれぞれのメーカーが製麦工場や樽工場を占有しており、スコッチにあるような原酒を買い取るボトラーズや原料や技術の共有化が進んでいません。日本のクラフトウイスキー産業が地域経済を引っ張る存在になるには、個々の蒸留所を超えた生態系の形成が不可欠になるでしょう。

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