【記事のポイント】
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警告を無視する駅伝の沿道応援
年末年始に日本人の多くが楽しむテレビ番組といえば、大晦日の「NHK紅白歌合戦」、そして年始は「箱根駅伝」でしょう。
箱根駅伝はコロナ禍で中止の可能性も含みながら、なんとか開催にこぎ着けたようです。関東学連は「応援したいから、応援にいかない」をキャッチコピーに掲げ、沿道の観戦自粛を呼びかけていました。実際の沿道観戦者数は前年より85%減少し、数字の上ではおおむね達成されたといっていいのかもしれません。
しかし視聴者の反応は真逆でした。沿道に目を移すと一部では密集状態で観戦する人の姿が映し出され、途中からは画面右上に「沿道での観戦はお控え下さい」と赤いテロップで表示されていました。SNS上では「異常な多さ」と批判コメントが相次ぎます。
私はこの沿道応援をめぐる騒動がコロナ禍の人々の心理状態を象徴しているように感じました。
- なぜ感染拡大に反応しない人が出てきたのか
- それをみた人の怒りはどこから来るのか
この点について、コロナ禍の人々の心理状態を時系列に追いながら考えてみたいと思います。
反応しなくなった経緯を振り返る
下のグラフは東京都の「外出自粛率」を7日間移動平均でみたものです。自粛率は春先の緊急事態宣言で一気に跳ね上がり、自粛が解除した後は急速に低下、そこから年末まで大きな変化はなく低い水準で推移しているのがわかります。
東京都の外出自粛率の推移
以下ではコロナ禍を以下の3フェーズに分け、人々の心理状態がどう変化したのかをみていきたいと思います。
- 強いストレス期(3月~5月)
- 緊張からの解放期(6月~10月)
- 感染拡大に反応しなくなった時期(11月以降)
① 緊急事態宣言による強いストレス期
2019年12月に中国・武漢で原因不明の肺炎患者が確認され、2020年1月16日に日本国内での新型コロナウイルスの感染が確認されました。3月29日には志村けんさんの死去が報道され、4月7日には緊急事態宣言が発動されます。
この緊急事態宣言で私たちの危機モードのスイッチが入ったことは明らかです。未知のウイルスに対する不安感が広がる中で志村けんさんの死去報道が決定打となりました。この日を境に飲食店の支出は急減、緊急事態宣言の巣ごもり生活に備えた「買い占め」が起きました。
この時期、多くの人は強いストレス状態にあったはずです。「感染して重症化したら命が助からない」という恐怖心と巣ごもり生活を強いられることへのストレスです。
② 自粛解除後の緊張からの解放期
解放感で注意力がおろそかに
強いストレス状態が変化したのは5月25日の「緊急事態宣言の解除」です。6月以降、通勤を開始する人や飲食店に行く人が少しずつ増え始めました。7月22日にはGoToキャンペーン「GoToトラベル」が開始となり、都道府県をまたいだ移動も自由に行われます。
この時期の心理状態を一言で表すと「緊張からの解放」ではないでしょうか。1か月半の巣ごもり生活で緊張を強いられた後の解放感は普通の状態とは違います。
緊張状態からの解放で起こる人々の心理変化を社会心理学では「テンション・リダクション」といいます。「テンション(tension)」が「リダクション(reduction)」する。つまり強い緊張状態が消滅した後は「注意力がおろそかになる」ということです。
緊急事態宣言が解除されても3密対策など感染対策は継続しなくてはいけません。しかし解除による解放感から必要な感染対策がおそろかになった人も少なくなかったように思えます。
喉元過ぎされば熱さ忘れる
テンション・リダクションを言い換えると「喉元過ぎれば熱さ忘れる」となります。以前の記事で、自粛のように心地よくない行動も短期で終われば元の状態に戻るが、長期になれば因習化して定着する点を指摘しました。
下の図にあるように、春先の緊急事態宣言は1か月半と比較的短期間でしたので元に戻ろうとする力が作用したのだと思います。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」は特に活動量の多い若い人で顕著だったように思えます。
カゴの中の状態が短かったために元に戻ろうとする作用が強く働き、緊張からの解放で注意力もおろそかになった。これが10月頃までの状況でした。
緊急事態宣言による人々の心理と行動変化
「空気」を読みながら気持ちが緩む
もっともすべての人が「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で気持ちが緩んだわけではありません。おそらく当初、解放感のままに行動した人は1~2割程度だったのではないでしょうか。
その1~2割の人々がGoToトラベルなどで外に飛び出し、それをテレビなどメディアが取り上げることで「そろそろ大丈夫なのかな?」という空気が醸成され、残る8割の人々の気持ちも変化していったのだと思います。GoToキャンペーンのような外から行動を促す政策は人々の論理的判断を弱めるからです。
日本人はもともと空気を読むのが大得意です。若い人のみならず中高齢層にもその空気が伝播していきます。私も7月頃からリアルの打ち合わせの機会が目立って増えてきましたので、企業の間でも「そろそろ大丈夫」という空気が出てきたのでしょう。
③ 感染再拡大でも反応しなくなった時期
正常性バイアス「自分は大丈夫」
夏場までは感染者数も抑え得られていましたので、周りの空気を読んで外に出始めても特に違和感はありませんでした。
しかし11月頃から感染者数が再び拡大し始めます。第3波の到来です。マスコミも「感染者数過去最多を更新」と毎日のように騒ぎ立てました。
にもかかわらず、人々の行動は奇妙なほど変わりませんでした。私の近所の居酒屋では大声で会話する客の声が外まで聞こえていました。政府が「勝負の3週間(11月25日~12月26日)」と自粛を呼びかけても外の雰囲気は特に変わりませんでした。
感染者数が過去最多を更新し続けているのに人々の行動が変化しなかったのはなぜか。これには「正常性バイアス(Normalcy bias)」という認知バイアスが関係しています。
正常性バイアスとは、自分にとって都合の悪い情報は無視したり、過小評価したりする傾向のことです。津波や洪水の危険が差し迫っているのに「自分は大丈夫だから」と勝手に安心してしまう人は必ずいるそうです。
多くの人々は第2波までの感染流行を乗り越えてきており、11月以降の感染再拡大のニュースをみても「自分は大丈夫だろう」という認知バイアスが生まれたのだと思います。
心理的リアクタンス「他人から指図されたくない」
もう一つ、感染再拡大で自粛を呼びかけても反応しなくなった要因として「心理的リアクタンス(Psychological reactance)」という認知バイアスがあります。
心理的リアクタンスとは、「自分の選択は自分で決めたい」「他人から指図されたくない」という認知バイアスのことです。人として当然の心理のように思えますが、この認知バイアスが強すぎると正しい行動がとれなくなる危険性があります。
気持ちはよくわかります。春先の緊急事態宣言でカゴの中に閉じ込められ、自粛解除とGoToでカゴの外に出てよいと言われ、そしてまたカゴの中に入れと言われるわけです。我慢して解放されてまた我慢。反発心が生まれてくるのも理解できます。
心理的リアクタンスの状態にある人にリスクを強調することは逆効果になります。脅されるほど反発心が強まるからです。このバイアスを取り除くには「自分で選択している」という感覚を持たせる必要があります。
沿道応援で炎上「サッカー効果」
正常性バイアスと心理的リアクタンスが人々の行動に影響を及ぼしていることを示したのが、冒頭の箱根駅伝の沿道応援の姿です。「自分は大丈夫だろう」「今さら行くなと言われても」という気持ちが一部の人を沿道応援に向かわせました。
その姿をテレビでみた視聴者は怒りを示します。「自分は我慢して家で応援しているのに馬鹿みたい」「選手の家族も応援に行っていないのに」とたいへんなSNS炎上となりました。
人は皆が我慢して規律を守っていれば自分も我慢しようと思いますが、一部の人が規律を破ると怒りが増幅し、自分も利己的に行動するようになります。これを社会心理学では「サッカー効果(Sucker effect)」と呼びます。
箱根駅伝の沿道応援と炎上はサッカー効果そのものでした。「自分は大丈夫だろう」とカゴの中から飛び出す人がいる一方、我慢してカゴの中に居続ける人がいる。感染拡大を巡って人々が二分し軋轢を生んでいるのが今の状況と言えます。
認知バイアスは簡単には消えない
ここまでみたように感染再拡大で人々は以下の2つの層に分断されつつあります。
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そうした中、2度目の緊急事態宣言が1月8日から始まりました。人々の意識が二分化した状態で今回の緊急事態宣言はうまく機能するのでしょうか。
SNSでは早くも「#名ばかり緊急事態宣言」といったハッシュタグが生まれています。効果に対する疑問と、言う通り自粛する人がどれだけいるの?という嘲笑が込められたタグです。
私はこのハッシュタグはいい線をついていると感じました。正常性バイアスや心理的リアクタンスという認知バイアスは簡単には抜けません。せっかくカゴの外に出られたのにまたカゴの中に閉じ込められるというのはかなりの心理的抵抗感があるはずです。
もう一つの層も黙ってはいないでしょう。沿道応援への怒りの反応のような現象はあちこちでみられるようになるかもしれません。
2つの層の軋轢で社会が不安定化する可能性は強まっていると感じます。
人々のストレスを軽減する感染対策はないのか
ナッジ理論で「そっと後押しする」
2回目の緊急事態宣言は2月7日までの1か月間とされていますが、それで感染拡大が収束に向かうとは誰も思っていないでしょう。
コロナ禍はまだしばらく継続する。だとすると、緊急事態宣言のような方法で脅されても人々の反発心は強まるばかりです。それをみた我慢する層も「自分だけ我慢するなんて馬鹿らしい」と我慢するのをやめてしまうかもしれません。つまり、
人々のストレスが増すような政策は長続きしないのです。
ではストレスのかからない感染対策などあるのでしょうか。正直、今の私には有効な解決策は思いつきません。
ただ「自発性」「能動的」がキーワードになることは確かなように思います。政府や他人から言われて行動させられるのではなく、自分の意思で選択・行動するということです。
社会心理学や行動経済学の分野では、人々が好んで特定の行動するよう促す政策に関する研究が進んでいます。代表的な考え方の一つとして行動経済学者のセイラ-が提唱する「ナッジ理論(nudge theory)」があります。
ナッジとは「そっと後押しする」という意味です。人々が強制ではなく自発的な行動をするための仕掛けや手法があれば、その行動の継続性も担保できます。
好例は「0密遊び」
残念ながら感染対策に対するナッジの研究はまだ進んでいないようですが、知恵を絞れば必ず見つかるはずです。1匹のハエがとまっている絵を小便器の中に描くことで便器の汚れを防ぐなど、人々の心理や行動を観察すればアイデアは出てきます。
マスクの装着、小声の会話、ソーシャルディスタンスといった感染対策が楽しくなるような仕組みを開発できれば、声高にルールを叫んだり罰則を設けずに効果的な感染対策ができます。
若者の間では最近「0密遊び」というものが流行っているそうです。夜の公園など暗い場所でシャボン玉を飛ばし、その様子をSNSなどで発信するというもの。Dazzカメラというアプリで撮影すれば暗闇でも綺麗に撮影できるそうです。ソーシャルディスタンスを保ちながらストレス発散できます。
企業にはこうした感染対策もかねた遊びの開発にぜひとも知恵を絞って頂きたいと思います。